第125章 ログインしない日
月曜日。
悠真は学校から帰ると、いつものように宿題を始めた。
国語の問題を解き、算数の計算を済ませる。
途中で一度、机の横に置いた端末へ目を向けた。
《クロスギア》のことが気になっていた。
昨日の対戦で負けた相手の動きを、もう一度確認したいと思っていたのだ。
けれど、宿題はまだ終わっていない。
悠真は端末から目を離し、残りの問題を解いた。
最後の一問を終えたところで、時計を確認する。
普段なら、この時間からログインすることが多い。
しかし、今日は少し疲れていた。
学校では体育の授業があり、帰り道もいつもより暑かった。
「……どうしようかな」
端末を手に取る。
ログインするだけなら、すぐにできる。
一戦だけ対戦をすることも、短い任務を一つ受けることもできるだろう。
それでも、悠真はしばらく考えたあと、端末を机に戻した。
「今日は休もう」
⸻
夕食の時間。
母親は、悠真がいつもより早くリビングに来たことに気づいた。
「今日はゲームをしないの?」
「うん。ちょっと疲れたから」
「そう。宿題は終わったのね?」
「終わったよ」
「じゃあ、ゆっくり休みなさい」
母親はそれ以上、何も言わなかった。
悠真は夕食を食べながら、学校であったことを話した。
体育の授業で走ったこと。
友達が計算問題を間違えて、休み時間に一緒に考えたこと。
給食の献立が、先週とは少し変わっていたこと。
どれも、特別な出来事ではなかった。
ただ、話しているうちに、ゲームのことを考える時間が自然と減っていった。
夕食のあと、悠真は本棚から一冊の本を取り出した。
以前から読みかけだった冒険小説だ。
しばらく読んでいると、気づかないうちに時間が過ぎていた。
⸻
同じ頃、《クロスギア》のロビーでは、プレイヤーたちがそれぞれの任務を受けていた。
【オンラインプレイヤー:198,742】
平日の夜としては、特別に多くも少なくもない人数だった。
『今日は対戦の調子が悪い』
『俺は普通の任務をやってる』
『昨日の共同作戦、次もあるのかな』
『公式告知を待つしかないだろ』
チャットは流れ続ける。
新しい任務を探すプレイヤーもいれば、装備を調整するプレイヤーもいる。
しばらくログインしなかったプレイヤーが戻ってくることもあれば、毎日遊んでいたプレイヤーが数日休むこともあった。
ロビーの表示だけでは、その理由までは分からない。
ゲームを楽しんでいるのか。
忙しいのか。
疲れているのか。
別のことに興味を持ったのか。
接続記録に残るのは、ログインした時刻と、実際に行った行動だった。
⸻
開発施設。
運営担当者が、週末のプレイデータを確認していた。
「共同作戦の参加者は、想定範囲内です」
別の担当者が画面を切り替える。
「個人任務への参加率も、大きな変化はありません。対戦イベントでは、一部のプレイヤーに連続参加が見られました」
「接続時間の偏りは?」
「あります。ただし、週末と平日では違いが出ています。連続して遊ぶ人もいれば、短時間でログアウトする人もいます」
担当者は、いくつかの記録を比較した。
「一回のログイン時間だけで、プレイヤーの継続性を判断するのは難しいですね」
「ええ。短時間でも毎日戻ってくる人がいますし、長時間遊んだあとに数日休む人もいます」
画面には、複数のプレイヤーの接続履歴が並んでいた。
その中には、悠真の記録も含まれていた。
週末には複数の任務と対戦をこなし、月曜日にはログインしていない。
それだけだった。
「今日の未接続について、追加の確認は必要ですか?」
若い担当者が尋ねた。
責任者は首を横に振った。
「現時点では必要ない。通常の範囲内だ」
「分かりました」
記録は保存され、担当者は次の画面へ移った。
悠真が休んでいる理由は、データだけでは分からない。
そして、その理由を特定する必要もなかった。
⸻
翌朝。
悠真はいつもどおり起き、学校へ行く準備をした。
昨夜は早めに眠ったため、目覚めは悪くなかった。
朝食を食べながら、母親が尋ねる。
「昨日はゆっくりできた?」
「うん。本も読めたし、よく眠れたよ」
「それならよかった」
悠真は食事を終え、鞄を持った。
玄関を出る前、机の上に置いてある端末が目に入った。
昨日、確認しようと思っていた対戦記録は、まだそのままだ。
学校から帰ったら、時間があれば見ればいい。
見なくても、困るわけではない。
悠真は端末を置いたまま、家を出た。
⸻
火曜日の夕方。
学校から帰った悠真は、宿題を済ませたあと、《クロスギア》にログインした。
【オンラインプレイヤー:207,316】
ロビーには、昨日と同じように任務募集が並んでいる。
悠真はまず、前回の対戦記録を開いた。
負けた試合を再生し、敵が動きを変えた場面を確認する。
以前は、相手が後退した時点で、次の行動をある程度予測していた。
しかし、実際には敵は後退を続けず、途中で方向を変えていた。
その変化に気づいたときには、悠真はすでに味方から離れすぎていた。
「やっぱり、ここだな」
悠真は記録を閉じた。
もう一度対戦すれば、同じような状況が起きるとは限らない。
それでも、あのとき自分が何を見落としていたのかは分かった。
悠真はKAIに連絡した。
【YUMA:今日、少し対戦しない?】
【KAI:いいぞ。何戦くらい?】
【YUMA:二戦くらいでいいかな】
【KAI:分かった】
二人は対戦募集へ参加した。
最初の試合では、悠真は敵を追う前に味方の位置を確認した。
相手が後退しても、すぐには追撃しない。
味方が動ける範囲を見ながら、必要なときだけ前へ出る。
試合は勝利に終わった。
二戦目は敗北だった。
しかし、悠真は前回のように味方から大きく離れることはなかった。
敵の動きが変わったときも、いったん距離を取り、状況を見直した。
結果は違っても、前回とは別の行動を選べていた。
「今のは、悪くなかったと思う」
悠真が言った。
KAIは記録を確認した。
「少なくとも、前みたいに一人で突っ込んではいなかったな」
「うん。勝つことだけを考えると、また同じことをしそうだから」
「次も試してみればいい」
「そうする」
悠真は二戦分の記録を保存した。
⸻
その夜。
悠真はログアウトする前に、ランキングを確認した。
【総合ランキング】
【1位:KAI】
【2位:RION】
【3位:YUMA】
順位は変わっていない。
悠真は画面を閉じた。
昨日はログインしなかった。
その前の日には、長い時間遊んだ。
今日は二戦だけ対戦した。
それぞれの日で、過ごし方は違っている。
けれど、昨日休んだからといって、今日まで休む必要はない。
反対に、今日遊べたからといって、明日も同じ時間だけ遊ばなければならないわけでもない。
悠真はログアウトし、端末を片づけた。
ゲームは明日もある。
だからこそ、今日はここで終わりにできた。




