第118章 使われなくなった設備
月曜日。
学校から帰った悠真は、宿題を終えてから《クロスギア》にログインした。
【オンラインプレイヤー:207,693】
週末よりも、ロビーにいるプレイヤーは少なくなっていた。
悠真はランキングを確認したあと、任務一覧を開いた。
高難度任務も、通常の討伐任務も、いつもどおり募集されている。
その中に、北部旧市街の新しい調査任務があった。
【任務名:北部旧市街・旧設備確認】
【主目標:指定設備の現状確認】
【追加条件:管理記録との照合】
【推奨人数:1~2人】
昨日、公共設備を点検したばかりだった。
ただし、今回の対象は現在使われている設備ではなく、旧市街の外れに残された設備らしい。
悠真は詳細を開いた。
設備の用途は一部不明。
稼働状況と管理記録を照合し、現在の状態を報告する。
それ以上の説明はなかった。
「これ、ちょっと気になるな」
悠真はKAIに連絡した。
【YUMA:旧市街の設備確認任務、行かない?】
【KAI:今日は少し遅くなる。先にやっていていいぞ】
【YUMA:分かった】
悠真は一人で任務を開始した。
⸻
指定された場所は、北部旧市街の北端に近い区画だった。
周囲には古い倉庫が並んでいる。
建物の一部は現在も使われていたが、奥の区画には人影が少なかった。
悠真は案内表示に従い、最初の設備へ向かった。
そこには、低い金属製の装置が設置されていた。
本体の外側には古い塗装が残っている。
電源表示は消えていたが、外観に大きな破損は見られなかった。
悠真は設備の管理番号を確認した。
【設備番号:N-214】
【登録用途:旧式搬送補助装置】
【稼働状態:停止】
【最終点検記録:一部欠損】
「搬送補助装置か……」
名前だけでは、具体的に何をする設備なのか分からない。
悠真は周囲を調べた。
装置の前には、かつて何かを運んでいたような幅の広い通路が続いていた。
ただし、現在は荷物も車両も通っていない。
設備の操作画面を確認しても、起動するための指示は表示されなかった。
今回の任務は現状確認であり、設備の起動は求められていない。
悠真は外観と管理番号を記録した。
【外観:大きな損傷なし】
【電源:停止】
【起動確認:未実施】
原因については、何も書かなかった。
⸻
二つ目の設備は、隣接する倉庫の内部にあった。
こちらは壁に固定された小型の制御装置だった。
表示画面は暗く、電源も入っていない。
管理記録によれば、以前は倉庫内の搬送設備と連動していたらしい。
しかし、搬送設備そのものは撤去済みとなっていた。
悠真は倉庫の中を見回した。
棚の一部は残っているが、床には撤去作業の跡がある。
壁際には、古い固定具がいくつか残されていた。
「もう使っていないんだな」
悠真は管理記録と現地の状態を照合した。
制御装置は停止している。
接続先として登録されていた搬送設備は撤去されている。
記録と現地の状況に、明確な食い違いは見つからなかった。
ただし、制御装置がいつ停止したのか、なぜ撤去されたのかまでは分からない。
悠真はそのまま記録を提出した。
⸻
三つ目の確認地点は、倉庫の裏側にある小さな建物だった。
入口には管理番号が表示されていたが、扉は閉じられていた。
悠真が端末を操作すると、管理情報が表示された。
【設備番号:N-219】
【登録用途:不明】
【管理区分:旧設備】
【現在の管理担当:未登録】
「管理担当がいないの?」
悠真は詳細を確認した。
過去の記録には、設備の点検や部品交換を行った履歴が残っている。
しかし、管理担当者の欄は途中から空白になっていた。
最後の記録には、設備の状態を確認するよう指示する短い記載がある。
その後の記録は残っていなかった。
悠真は建物の外側を調べた。
窓はなく、外部から内部の様子を確認することはできない。
扉を開けるための操作も、任務の範囲には含まれていなかった。
悠真は管理番号と記録の状態を保存した。
【設備状態:未確認】
【管理担当:未登録】
【内部確認:未実施】
今回の任務で分かったのは、管理記録が途中で途切れているということだけだった。
設備が故障しているのか。
単に使われなくなったのか。
それとも、別の場所へ管理が引き継がれたのか。
今ある情報だけでは判断できない。
⸻
三つの設備を確認した悠真は、指定された報告地点へ向かった。
管理担当のNPCが、提出された記録を確認する。
「ありがとうございます。現地の状態と登録情報を照合しました」
「何か分かりましたか?」
悠真が尋ねると、NPCは少し考えてから答えた。
「二つの設備については、現在の登録内容と現地の状態に大きな食い違いはありません。ただし、三つ目の設備については、管理記録が不完全なため、追加の確認が必要です」
「じゃあ、もう一度調べるんですか?」
「今後の管理計画によります。現時点では、追加調査を行うかどうか決まっていません」
悠真は頷いた。
任務の結果は、設備の謎を解くことではなかった。
登録情報と現地の状態を確かめ、分からない部分を明確にすることだった。
【任務完了】
【設備確認:3件】
【記録照合:完了】
【追加確認候補:1件】
【最終評価:A】
報酬を受け取ると、悠真はロビーへ戻った。
⸻
ロビーでは、KAIがログインしていた。
【KAI:任務はどうだった?】
【YUMA:古い設備を三つ確認したよ。二つは記録と現地の状態が合っていたけど、一つは管理記録が途中で切れていた】
【KAI:故障していたのか?】
【YUMA:それは分からない。内部も確認していないし、電源が入っているかどうかも不明だった】
【KAI:なるほど。記録がないだけでは、状態までは判断できないな】
悠真は今回の記録を開き直した。
古い設備が残っていること自体は、珍しいことではない。
使われなくなった設備でも、撤去するより残しておく方が都合のよい場合はある。
一方で、管理する人がいなくなれば、状態を確認する機会も減っていく。
今回の三つ目の設備についても、何が起きたのかは分からなかった。
悠真は記録を保存し、画面を閉じた。
「次は、普通の任務にしようかな」
KAIが答えた。
「いいぞ。短い討伐任務なら付き合える」
二人は森林地帯の通常討伐任務を選んだ。
⸻
森林地帯では、小型の機械獣が複数確認されていた。
任務自体は難しくなかった。
KAIが前方で敵を引きつけ、悠真は側面から攻撃する。
一体を倒すと、残る敵が少し離れた場所へ移動した。
悠真はすぐに追いかけず、周囲を確認した。
近くには、別のNPC作業員が資材を運んでいる。
敵を追いかけて作業員の近くまで移動すれば、戦闘が別の場所へ広がる可能性があった。
「少し待とう。こっちへ来るのを見てから対応する」
KAIは敵の動きを確認し、位置を維持した。
やがて機械獣がこちらへ向かってきた。
二人はその場で迎え撃ち、残る敵も倒した。
【任務完了】
【最終評価:A】
「今日は、あまり移動しなかったな」
KAIが言った。
「必要なところだけ動けばよかったからね」
悠真は答えた。
設備調査でも、戦闘でも、何かを見つけたからといって、すぐに先へ進む必要はない。
今いる場所で確認できることを確認し、必要な範囲で行動する。
それで十分な場合もある。
⸻
夜。
悠真は母親に、今日の任務について話した。
「古い設備を調べたんだけど、一つだけ管理記録が途中で切れていたんだ」
「それは、壊れていたの?」
「分からない。建物の中も確認していないし、設備の状態も確かめられなかった。今ある情報だけだと、何とも言えないんだ」
母親は頷いた。
「記録が残っていないことと、何か問題が起きたことは、同じではないものね」
「うん。前は、分からないところがあると、すぐに調べたくなったけど……今は、どこまで分かっているのかを先に確認するようになった気がする」
「それも大切なことね」
悠真は明日の準備を終え、机の上を片づけた。
ゲームの中には、古い設備も、使われなくなった道も、途中で途切れた記録も残っている。
それらが何を意味するのか、すぐに分かるとは限らない。
いつか追加の情報が見つかるかもしれない。
あるいは、最後まで分からないままかもしれない。
今の悠真にできるのは、分かったことと分からないことを区別し、必要な記録を残すことだった。
彼は端末を充電器につなぎ、明日の学校の準備をもう一度確認した。
それから、部屋の明かりを消した。




