第113章 予定にない仕事
木曜日の放課後。
悠真は宿題を終えると、《クロスギア》に接続した。
ロビーには、通常任務の募集がいくつも表示されていた。装備の調整をするプレイヤーもいれば、仲間を募集して高難度任務に挑もうとするプレイヤーもいる。
悠真は新着任務を確認していたが、特に気になるものは見つからなかった。
「今日は何をしようかな」
そこへKAIからメッセージが届いた。
【KAI:北部旧市街で輸送任務が出ている。行くか?】
【YUMA:どんな任務?】
【KAI:倉庫から修理拠点まで部品を運ぶ。戦闘は少なそうだ】
【YUMA:じゃあ、それにしよう】
RIONは別の任務に参加する予定だったため、今日は二人で行くことになった。
任務の説明には、輸送する部品の種類と数量、目的地が記載されていた。
【任務名:北部旧市街・修理部品輸送】
【主目標:指定部品の納入】
【追加条件:輸送品の破損防止】
【推奨人数:2~3人】
二人は必要な装備を整え、任務を開始した。
⸻
輸送用の作業車は、北部旧市街の倉庫前に停車していた。
荷物はすでに積み込まれていたが、出発前の確認が残っていた。
現場の管理担当NPCが、二人に積荷の一覧を見せる。
「こちらが今回の輸送品です。修理拠点では、設備の点検と交換作業が予定されています。到着後、指定の担当者に引き渡してください」
悠真は一覧と積荷の表示を照合した。
固定部品、接続部品、交換用の小型ユニット。
数量は一致している。
ただ、一つだけ気になる点があった。
「この箱、表示されている保管番号が一覧と違います」
悠真が指摘すると、管理担当NPCは箱の側面を確認した。
「……確かに、こちらの表示は旧番号ですね」
箱の中身と部品番号は一致していたが、保管番号だけが以前の配置を示していた。
「輸送先で困らないかな?」
KAIが尋ねた。
「部品そのものは合っているけど、受け取る人が別の箱だと思うかもしれない」
管理担当NPCは確認記録を開いた。
どうやら、倉庫内で保管場所を変更した際、箱の表示を更新し忘れていたらしい。
「このままでは、納入後の確認に時間がかかる可能性があります。修正してから出発しましょう」
NPCが新しい表示を作成し、箱に貼り直した。
悠真は修正後の番号を一覧と照合した。
今度は一致している。
「これで大丈夫そうだね」
「ええ。確認していただいて助かりました」
作業車は、ようやく出発した。
⸻
北部旧市街の道路は、建物の間を縫うように続いていた。
車両が交差できるほど広くない場所もあり、交差点ではNPCの作業車が順番に通行していた。
途中、前方の道路で作業員が路面を調べているのが見えた。
作業車は停止し、運転担当のNPCが無線で状況を確認した。
「この先は路面の確認中です。作業が終わるまで、こちらで待機します」
KAIが周囲を見回した。
「昨日みたいに、別の道へ回るのかと思った」
「今回は待つみたいだね」
悠真は道路の先を見た。
前方には別の輸送車両も停車している。作業員たちは路面の一部を測定し、通行できる範囲を確認していた。
しばらくすると、運転担当NPCが戻ってきた。
「大型車両は通行できます。ただし、路面の端には近づかないでください。前の車両が通過したあと、順番に進みます」
先行車両がゆっくりと通り抜ける。
作業車も、その後ろを慎重に進んだ。
特別な事件は起きなかった。
ただ、道路の状態を確かめる人がいて、通行順を調整する人がいて、それぞれの作業が終わるのを待つ必要があった。
悠真は、以前の輸送任務で経験したことを思い出した。
道が使えるかどうかは、地図に表示されている情報だけでは決まらない。
現地の状態によって、進み方が変わることもある。
⸻
修理拠点に到着すると、納入担当のNPCが二人を迎えた。
ところが、部品を受け取る前に、担当者は作業記録を確認し始めた。
「申し訳ありません。交換作業の予定が少し変更になりました。こちらの部品はすぐに使用しますが、残りは保管場所を確認してから受け取る必要があります」
悠真は輸送品の一覧を見た。
箱はすべて正しく積まれている。
問題は、納入先の作業予定が変わったことらしい。
「じゃあ、今すぐ全部は渡せないんですか?」
「はい。必要な分は受領できますが、残りは保管場所の確認後になります」
KAIは運転担当NPCに確認した。
「残りを積んだまま、次の輸送に向かうことはできる?」
「次の輸送先と積荷の確認が必要です。現在の任務では、指定された部品をすべて納入することが条件になっています」
二人は顔を見合わせた。
そのまま帰れば、任務は完了しない。
かといって、確認されていない部品を勝手に別の場所へ移すわけにもいかない。
悠真は納入担当NPCに尋ねた。
「受け取るまで、どのくらいかかりそうですか?」
「現在、別の作業車両も到着しているため、保管場所の確認に少し時間がかかります」
「分かりました。じゃあ、確認が終わるまで待ちます」
KAIも頷いた。
二人は作業の邪魔にならない場所で待機することにした。
⸻
待っている間、悠真は修理拠点の様子を眺めていた。
作業員たちは交換用の部品を運び、別のNPCは使用済みの部品を分類している。
新しく運ばれてきた箱を開ける者もいれば、作業が終わった設備の記録を更新している者もいた。
KAIが、積荷の一覧を見ながら言った。
「こういう任務って、運んだら終わりだと思っていたけど、受け取る側の都合もあるんだな」
「うん。届ける側だけで予定を決められるわけじゃないんだね」
悠真は、倉庫で保管番号を修正したことを思い出した。
もし、あのとき番号の違いを確認せずに出発していたら、今ごろ納入先で別の確認作業が発生していたかもしれない。
ただし、今回の待ち時間が長くなっている理由は、それとは別だった。
納入先では、別の輸送車両が持ち込んだ部品の確認が続いていた。
原因を一つにまとめる必要はない。
やがて、担当NPCが戻ってきた。
「お待たせしました。残りの部品も受け取り可能になりました。数量と部品番号を確認します」
悠真とKAIは一覧を見ながら、担当者と一緒に積荷を確認した。
数量は一致している。
部品番号も正しい。
すべての部品が受領されると、任務完了の通知が表示された。
【任務完了】
【納入品:全数確認】
【輸送品の破損:なし】
【最終評価:A】
「よし、終わった」
KAIが言った。
悠真も小さく息をついた。
戦闘はなかった。
しかし、荷物を運ぶだけで終わる任務でもなかった。
⸻
ロビーに戻った悠真は、次の任務を探す前に、しばらく休憩した。
KAIは装備の調整を始め、悠真は任務記録を確認した。
倉庫での表示修正。
道路の通行待ち。
納入先での受け取り待ち。
どれも大きな問題ではなかったが、途中で確認を省けば、余計な手間が発生する可能性はあった。
一方、待っている間に別の作業を無理に引き受ける必要もなかった。
今回の二人は、積荷の確認に必要な範囲だけ対応し、あとは状況が整うのを待った。
悠真は記録を保存した。
「次はどうする?」
KAIが尋ねた。
悠真は任務一覧を眺めた。
高難度任務もあれば、探索任務もある。短時間で終わるものもあった。
「今日は、もう少しだけ遊ぼうかな。次は戦闘がある任務がいい」
「分かった。短めのものを探そう」
二人は、森林地帯の通常討伐任務を選んだ。
今度は、作業車両も納入先の都合も関係ない。
敵の動きを見ながら、二人で戦う任務だった。
⸻
夜、母親は悠真が夕食を食べているときに尋ねた。
「今日はどんなゲームをしたの?」
「部品を運ぶ任務。倉庫で箱の表示が間違っていたり、届けた先で受け取りを待ったりしたよ」
「それは、ゲームとして楽しかったの?」
悠真は少し考えた。
「派手な戦闘はなかったけど、別に嫌じゃなかったよ。ちゃんと確認して届けられたし、そのあと戦闘任務もできたから」
「待っている間は、退屈しなかった?」
「少しはね。でも、無理に何かをする必要もなかったよ。相手の作業が終わるのを待てば、ちゃんと次に進めたから」
母親は頷いた。
「自分だけで進められないこともあるものね」
「うん。自分が急いでも、相手の準備が終わっていなければ進めないこともある」
悠真は食事を終え、明日の学校の準備を始めた。
ゲームの中では、今日もいろいろなことが起きていた。
大きな敵を倒すことだけが、任務ではない。
荷物を確かめる人も、道路を調べる人も、部品を受け取る人もいる。
それぞれが自分の作業を終えなければ、次の工程には進めない。
悠真は明日の時間割を確認してから、端末を充電器につないだ。
明日は、また別の場所へ行ってみよう。
そう考えながら、彼は部屋の明かりを消した。




