第十一章 記録される戦い
特別イベントが終わった翌日。
悠真が学校から帰ると、母親が玄関まで来た。
「今日は早かったね」
「うん」
「ゲーム?」
「そう」
「最近、本当にそればっかりだね」
母親は笑った。
「でも、宿題は?」
「終わってる」
「じゃあ、ご飯までね」
「分かった」
悠真は部屋に戻った。
パソコンを起動する。
いつものログイン画面が表示された。
だが、今日は一つだけ違っていた。
【新機能を追加しました】
【プレイヤー戦闘記録システム】
悠真はそれを開いた。
画面には、自分の最近の戦闘記録が並んでいた。
普通任務。
世界Boss。
プレイヤー対戦。
MVP回数。
勝率。
そして、ゲーム内キャラクターとの共同戦闘記録。
「こんなの、前からあったっけ?」
新機能らしい。
説明には短い文章だけが表示されていた。
【より公平で高度なマッチングおよびランキングシステムのため、プレイヤーの戦闘データを記録します】
「へえ……」
悠真は特に気にしなかった。
ゲームをする以上、戦った記録が残ることくらい普通だと思った。
ランキングを開く。
現在の総合ランキング。
1 YUMA
その下には、以前見た名前が並んでいる。
しかし、ログインしていないプレイヤーの名前には、小さな表示が付いていた。
【最終ログイン:○日前】
悠真は少し眺めた。
以前は気にしなかった。
でも今は、その数字が目につく。
十日。
三十日。
九十日。
百日。
名前は残っている。
けれど、その本人はもうここにいない。
悠真はランキングを閉じた。
「……今日は何しようかな」
新しい任務を探す。
その中に、一つ見慣れないものがあった。
【高難度任務】
【推奨戦闘力:S】
【ソロ攻略:極めて困難】
「これ、やってみよう」
悠真は迷わず選択した。
転送される。
荒れた都市だった。
敵の数は多くない。
しかし、一体一体が強い。
最初の敵に攻撃する。
避けられた。
「速い」
次の攻撃。
また避けられる。
敵の動きを観察する。
三回目。
攻撃を少し遅らせた。
敵が先に動く。
その瞬間に反撃する。
敵の装甲が破壊された。
「よし」
そこからは早かった。
一体ずつ動きを覚える。
敵が何をするときに隙が生まれるのか。
どの距離なら攻撃してくるのか。
どの攻撃のあとに回避するのか。
悠真は戦いながら覚えていった。
三十分後。
最後の敵が倒れた。
【任務完了】
【評価:S+】
【戦闘分析を更新しました】
悠真は少し笑った。
「やった」
そのときだった。
画面の端に、見慣れない表示が出た。
【プレイヤー戦闘データを保存しました】
悠真は一瞬だけ見る。
そして、そのまま閉じた。
同じ頃。
運営会社のデータセンター。
大量の画面が並んでいた。
そこには、世界中のプレイヤーの戦闘記録が流れている。
一人の研究員が画面を確認する。
「YUMAのデータ、更新されました」
「今回の任務は?」
「S+です」
「戦闘時間は?」
「三十一分四十二秒」
「以前より短いな」
「はい」
別の研究員がデータを比較する。
「回避行動が変わっています」
「どう変わった?」
「過去のパターンより、少し遅い」
「意図的に?」
「本人は意識していないと思います」
研究員は画面を見る。
悠真の戦闘記録が、何度も重なっていく。
攻撃。
回避。
失敗。
修正。
成功。
また失敗。
また修正。
「面白いですね」
「何が?」
「この子は、同じ失敗をあまり繰り返さない」
別の研究員が笑った。
「それなら優秀なプレイヤーなんでしょう」
「そうですね」
会話はそこで終わった。
特別なことではなかった。
優秀なプレイヤーのデータを分析する。
ゲーム会社としては普通の作業だった。
その夜。
悠真はログアウトする前に、もう一度ランキングを見た。
総合ランキング。
1 YUMA
排位挑戦榜。
1 YUMA
世界Boss貢献ランキング。
1 YUMA
高難度任務達成率。
1 YUMA
以前なら、ただ嬉しかった。
今も嬉しい。
けれど、少しだけ不思議だった。
「僕、こんなに強かったっけ」
最初から強かったわけではない。
何度も負けた。
勝てない敵もいた。
PVPで負けたこともある。
世界Bossで何もできなかったこともある。
それでも続けた。
そして、少しずつ勝てるようになった。
悠真はランキングを閉じた。
画面には、いつものロビーが映っている。
そこには以前ほど多くのプレイヤーはいなかった。
それでも、まだ何万人もの人がいる。
悠真はログアウトした。
その直後。
運営会社の別の画面に、新しい表示が出た。
【戦闘データ統合率:12.8%】
【予測モデル更新完了】
【高性能プレイヤー行動パターンを追加】
研究員は確認すると、保存ボタンを押した。
その中に、悠真の名前があった。
まだ誰も知らない。
今日の一戦も。
これまでの何千、何万という戦いも。
やがて一つの大きなデータとして積み重なり、別の何かを作る材料になることを。
悠真にとっては、ただのゲームだった。
けれどゲームの側では。
一人の少年が積み重ねてきた時間そのものが、少しずつ記録され続けていた。




