第101章 週末の選択
土曜日の朝。
悠真が《クロスギア》に接続すると、ロビーのオンライン人数は平日より増えていた。
週末になり、しばらくログインしていなかったプレイヤーも戻ってきているらしい。掲示板には、ランキング戦の募集だけでなく、探索任務や装備研究の参加者を募る書き込みも並んでいた。
悠真は昨日の試合記録をもう一度確認した。
中央の目標地点を離れ、KAIを援護した場面。
あのときの選択が間違いだったと、今でも断定はできない。だが、援護したあとに中央を取り返す手順まで考えていなかったことは、次に改善できる部分だった。
悠真は記録を閉じた。
今日は同じ失敗を避けるために、別の動きも試してみよう。
【YUMA:今日はランキング戦をもう一度やろう。その前に、少し探索任務をしたい】
【KAI:昨日の続きか】
【RION:いいね。まずは普通の任務で調子を確認しよう】
三人は探索任務の一覧を開いた。
⸻
今回の任務は、北側の旧市街にある倉庫群の調査だった。
長い間使われていなかった倉庫の一部で、保管設備が正常に動作していないという。プレイヤーの目的は、指定された倉庫を巡回し、異常のある設備を記録することだった。
「また古い設備か」
KAIが任務説明を読みながら言った。
「でも、こっちは別の地域だよ。前に調べた通信設備や管理路とは関係ないみたい」
悠真は地図を確認した。
任務には、設備の修理も復旧も含まれていない。異常を見つけて記録することが主な目的だった。
三人は倉庫群へ向かった。
建物の内部には、古い搬送装置や保管棚が残されていた。動いている装置もあれば、停止したままのものもある。
最初の倉庫では、搬送装置の警告灯が点滅していた。
悠真が近づくと、端末に情報が表示された。
【設備状態:動作不安定】
【異常内容:搬送位置のずれ】
【対応:記録を保存し、管理班へ報告】
「これ、直せそうじゃない?」
KAIが装置を見た。
「動いてはいるけど、位置がずれているんだよね。ここで勝手に調整すると、ほかの部分まで変わるかもしれない」
悠真は任務内容を確認した。
今回求められているのは、設備の修理ではなく異常の記録だ。
三人は表示された情報を保存し、次の倉庫へ進んだ。
二つ目の倉庫では、保管棚の一部が空になっていた。
【保管記録:一部欠損】
【現物確認:可能】
【移動履歴:未確認】
「何かがなくなっているみたいだね」
RIONが棚を調べた。
しかし、現物がないことだけでは、盗難なのか、別の場所へ移されたのか、それとも記録が更新されていないだけなのかは分からない。
悠真は、確認できた内容だけを記録した。
【確認事項:指定棚に物品なし】
【原因:不明】
「これなら、少なくとも分かっていることと、分かっていないことは分けられるね」
「そうだな」
KAIが答えた。
三人は残りの倉庫も巡回し、すべての記録を管理班へ送信した。
【探索任務:完了】
【記録項目:達成】
【任務評価:A】
大きな発見はなかった。
それでも、設備の異常と物品の欠落を、原因まで決めつけずに報告することはできた。
⸻
ロビーへ戻った悠真たちは、ランキング戦に参加した。
今回の対戦相手は、前回とは異なるチームだった。
試合開始後、相手は三人で一気に中央へ進まず、一人が目標地点を狙い、残り二人が左右から味方の動きを制限してきた。
悠真は昨日の試合を思い出した。
目標地点を守ることと、味方を援護すること。
どちらか一方だけを考えていては、相手の動きに対応できない。
「KAI、中央を維持して。RIONは右側の敵を見てくれ。俺は左の動きを確認する」
三人は役割を分けた。
悠真は左側の敵が前へ出た瞬間に攻撃を仕掛けたが、相手はすぐに後退した。
昨日なら、そのまま追いかけていたかもしれない。
しかし、悠真は敵の後方を確認した。
もう一人が遮蔽物の向こうに待機している。
追撃すれば、二人に挟まれる可能性があった。
悠真は追わず、中央へ戻った。
その間に、KAIが目標地点を守り、RIONが右側の敵を牽制した。
相手は攻めるタイミングを失い、いったん後方へ下がった。
「今なら前へ出られる!」
悠真たちは三人で進み、目標地点を確保した。
しかし、相手も簡単には崩れなかった。
終盤には中央を奪い返され、ポイント差が縮まった。
悠真は焦って敵を追わず、KAIとRIONの位置を確認した。三人が合流してから攻撃を仕掛け、相手の防御を崩した。
制限時間終了。
【試合結果:勝利】
【目標地点の確保:成功】
【チーム連携:良好】
「勝てたね」
RIONが言った。
悠真はリザルト画面を見た。
昨日と今日では、相手の動きも試合の状況も違っていた。
だから、昨日の失敗をそのまま当てはめることはできない。
ただ、敵を追うかどうかを決める前に、味方の位置と目標地点の状態を確認する。その習慣は、今日の試合でも役に立った。
「昨日よりは、少し考えられた気がする」
悠真が言うと、KAIは笑った。
「なら、次はまた別の問題が出てくるな」
「うん。たぶんね」
悠真は勝利記録を保存した。
一度勝ったからといって、すべての状況に対応できるようになったわけではない。
それでも、昨日と同じところで迷うだけではなくなっていた。
⸻
昼過ぎ、悠真は旧設備管理路の情報を確認した。
表示には、昨日までと異なる通知が追加されていた。
【旧設備管理路・東側区画】
【補強範囲:算定完了】
【必要資材:確認済み】
【資材手配:一部確保】
【搬入予定:調整中】
【作業開始:未定】
「一部だけ、確保できたんだ」
悠真はKAIとRIONに連絡し、現地へ向かった。
入口では、補修班の作業員が新しい搬入計画を確認していた。
「資材が少し集まったんですね」
悠真が尋ねると、責任者は頷いた。
「補強に使う資材の一部は確保できた。ただし、残りがそろうまで、どこから作業を始めるかはまだ決められない」
「先に確保できた資材は、どうするんですか?」
「保管場所へ移す。必要なときにすぐ使えるよう、種類ごとに分けておく」
作業員たちは、搬入済みの資材を保管区画へ運び始めていた。
悠真たちは、資材を置くための区画が整理されていることを確認した。
だが、通路の奥へ続く封鎖線は、そのままだった。
「少しずつ進んではいるんだね」
RIONが言った。
「でも、まだ作業を始められるとは限らない」
悠真は頷いた。
資材が一部届いたことは、確かな進展だった。
しかし、残りの資材がいつそろうのか、補修をどこから始めるのか、作業が何日かかるのかは、まだ決まっていない。
三人は、搬入作業の邪魔にならないように現地を離れた。
⸻
運営側では、旧設備管理路の資材確保状況が更新されていた。
【補修資材:一部確保】
【保管処理:開始】
【不足資材:調整中】
【通路開放:未定】
別の記録では、倉庫群の探索任務で報告された設備異常と保管記録の欠落が、管理班へ引き継がれていた。
いずれも、それぞれの任務で発生した記録として処理されている。
旧設備管理路の調査については、通信設備との関連を示す新しい情報は確認されなかった。
⸻
夕方、悠真はゲームからログアウトした。
母親は、夕食の準備をしながら尋ねた。
「今日はどうだった?」
「ランキング戦で勝ったよ。昨日と似た状況もあったけど、今日は敵を追いかける前に、味方の位置を確認したんだ」
「昨日のことが役に立ったのね」
「うん。でも、相手が違えば、同じやり方で勝てるとは限らないと思う」
母親は微笑んだ。
「一度うまくいったことを、どこでもそのまま使えるわけじゃないものね」
悠真は頷いた。
「だから、前に覚えたことを使いながら、今の状況も見るんだと思う」
夕食のあと、悠真は少しだけ明日の予定を確認した。
旧設備管理路では、補修資材の一部が確保された。
倉庫群では、異常の記録が管理班へ引き継がれた。
ランキング戦では、昨日とは違う選択が結果につながった。
それぞれの出来事に、すぐに大きな答えが出たわけではない。
それでも、世界のあちこちで、誰かが次の作業を進めていた。
悠真は端末を片づけた。
明日もログインするかどうかは、朝になってから決めればいい。
今日は、今日できることをやった。
それで十分だった。




