7話 キャットファイト。
7話 キャットファイト。
放課後の校門前は、夕焼けに染まっていた。
一日の授業を終えた生徒たちが、友人同士でだらだらと喋りながら帰っていく。
部活へ向かう者もいれば、スマホを見ながら昇降口のあたりで時間を潰している者もいる。
……現在、僕の身体を動かしているのは、蝉原勇吾。
授業中は僕で、学校が終わると蝉原にスイッチというのが日課になっている。
「総長! お疲れ様です!」
そう言って頭を下げてきた誰かさん。
クラスメイトではない。
正直、名前も知らないモブ。
……最近は、学校の人間全員が、僕に対して平伏している。
『僕が怖いから』というのもあるけど、それだけじゃない。
近隣のヤンキー連中は、『蝉原総長が通っている学校の人間には手を出さない』というルールを徹底しており、一般生徒が前よりも気楽に生きられるようになったから。
この周辺は、もともと、ヤンキーや反グレやヤクザが多く、
ゲーセンなどで遊んでいると頻繁に絡まれたものだけど……
最近では、そういうことがかなり減っている。
(すごいね、蝉原は……)
(君ほどじゃないさ)
(僕なんもしてないんだけど……)
★
蝉原は、校門脇に停めてある黒いバイクの方へ、のんびりと歩いていく。
「ねえ」
声をかけてきたのは、滝本だった。
振り返ると、滝本は当然のように蝉原の隣へ並び、バイクを指差した。
「乗せてよ」
「悪いけど、抱いた女以外は乗せない主義でね」
「だったら、抱いてよ」
滝本は妖艶に微笑みながら、さらに距離を詰めてきた。
以前の彼女なら、僕に近づくことすら嫌がっていたのに……
よく、それだけ態度を変えられるものだ。
――その時、校門前の空気がざわついた。
男子生徒たちの視線が、一斉に同じ方向へ吸い寄せられる。
女子たちも思わず振り返っていた。
何事かと思ってそちらを見ると、すぐに理由が分かった。
ひとりの女が、こちらへ歩いてきていた。
黒髪のロングヘア。
背が高く、手足が長い。
スポーティな服装なのに、全身のバランスが異様に整っていて、遠目にもただ者ではないと分かる。
東龍会総裁の娘、黒崎愛羅。
愛羅は周囲の視線など完全に無視して、真っ直ぐ蝉原の前までやってきた。
そして、滝本を見下ろすようにして言った。
「この男はあたしの獲物だ。乳臭いガキが近づくな。身分をわきまえろ」
その瞬間、滝本の眉がぴくりと動いた。
「は? だれ、あんた」
校門前の空気が凍りついた。
愛羅は能面みたいな顔で滝本を見ている。
滝本は小悪魔の笑みで愛羅を挑発。
二人の間に、見えない火花が散っていた。
周囲の生徒たちは、誰も口を挟めない。
ただ、綺麗な女同士が睨み合っている異常な光景に、息をひそめて見入っている。
ちなみに、みんな二人の美女に見入っているが、
人ごみに紛れている彼女……褐色ハーフ留学生の『セフィア』さんだけは僕を……蝉原をずっと見ている。
学校にいる間、彼女の視線が僕から離れたことがない。
これだけ毎秒見られると流石に普通に怖い……
などと僕がセフィアさんにビビっていると、
愛羅が、滝本のことを途中で切り捨てるように無視して、
「蝉原」
「なにかな?」
「今度こそ真剣に手合わせだ。あんたの覚悟が決まっているのは理解した。パパが折れたのも認める。けど、あたしの旦那になるなら、相応の武力も見せてもらう」
その言葉を聞いた滝本が、すぐさま蝉原の腕に絡みついた。
そして、愛羅を睨み、
「そこの頭おかしい人、邪魔だから消えてくれる? ここ、学校。あんたどうみても二十歳超えてるでしょ。通っていた時期が懐かしいのは分かるけど、もう、あんたのブランドは終わってっから」
前から知っていたことだけど……滝本は性格が悪すぎるな。
そういう意味では、蝉原と相性がいいかもしれない。
愛羅のこめかみに青筋が浮かぶ。
「ガキは家で、ママのおっぱいでも吸ってろ」
「言い回しが古いんだけど。もしかして昭和生まれ? 若く見えているだけで実は50代とか?」
また空気が張り詰める。
そこで、愛羅は、ヒュっと跳ねるように、滝本に蹴りを繰り出した。
当てる気はない寸止め。
滝本の鼻先一センチのところで足を止める。
「次、なめた口きいたら当てるぞ。鼻をへし折る」
そこで、滝本は、蝉原の腕に強く抱き着き、
「は……はっ! こ、こっちは、蝉原のクラスメイトをやっているんだ! あんたなんかまったく怖くないから!」
愛羅も滝本も、お互い、バチバチに睨みあっている。
周囲の学生たちは、完全に見世物を見る顔になっていた。
近づきたいのに近づけない。
そんな空気。
その中心にいる蝉原だけが、心底どうでもよさそうに肩をすくめた。
「仲良さそうで何より。それじゃあ」
そう言って、蝉原は何事もなかったかのようにバイクの方へ歩き出した。
けれど、愛羅は、当然のようにそれを許さなかった。
すばやく手を伸ばし、蝉原の腕をがしっと掴む。
「あんたがただ者じゃないのはよく分かった。『殺さずにナイフを首に刺す』なんて芸当ができる男は、他にいないだろう」
「探せばいると思うよ。それだけならね」
「ただ、あたしはステゴロが弱い男は無理」
愛羅は、にやりと笑った。
「というわけで、あんたの武力を見せて」
愛羅はそう言い切ると、蝉原の腕を掴んだまま、ずんずんと運動場の方へ歩き出した。
滝本も当然のようについてくる。
さらに、異変を察したヤジウマ根性の生徒たちがぞろぞろと後ろからついてきた。
明確に面倒くさい状況。
蝉原、お気の毒様……と思っていると、
運動場へ向かう途中、蝉原がふっと笑った。
その瞬間、僕の中に、最悪の気配が走る。
(もう疲れたよ。なんだかとっても眠いんだ。というわけで、あとはよろしく)
蝉原の声が、頭の奥で軽く響いた。
次の瞬間、身体の感覚が変わった。
蝉原のやつ、この状況を僕におしつけて、逃げやがった。
信じられない悪党だ。
(え、え、うそでしょ、蝉原……)
僕は、心の中にいる蝉原に助けを叫ぶ。
蝉原からの返事はなかった。
いつもそうだけど、蝉原は都合が悪くなると僕を無視する。
僕の召喚獣とか言っておきながら、全然忠実じゃない。




