3話 悪魔の営業。
3話 悪魔の営業。
その日の放課後。
街を歩きながら、僕は、僕の中にいる蝉原に尋ねた。
「蝉原……きみはなぜ僕を選んだの?」
(君の弱さが美しかったから)
「……蝉原……きみの目的は?」
(神の一手を極めることだよ)
「……」
(楽しい会話だねぇ。実に生産的だ)
「君は何者?」
(反社を司る神、デビルマンすら泣きだす悪魔、宇宙一のヤクザ……色々と称号や肩書きはあるけれど、気にしなくていい。どれも、ただの厨二病だ)
「せめて……目的ぐらいは本当のことを聞かせてほしいんだけど……」
(なぁに、大した目的はないさ。ちょっと、この銀河を支配している神を殺そうと思ってね)
「……」
(笑ってくれないと寂しいじゃないか)
「冗談なの? それとも本気?」
(……どうだろうねぇ)
「あのさ……僕、できれば、普通の人生がいいんだけど……ダメなのかな? 公務員の下っ端として月20万ぐらいもらえたらバンザイなんだけど……」
(俺を見て、まだ『凡庸』を夢見れるかい?)
その問いに、僕は黙るしかなかった。
この男が公務員をしている姿は一ミリも想像できなかったから。
★
目的の場所に到着した。
蝉原に言われてやってきたのは、繁華街の一角にあるビル。
そこで、蝉原は僕の身体を奪った。
にこりと微笑んで、
「さて……それじゃあ、はじめの一歩と行こうか」
(本当にやるの?)
「ああ。裏社会を支配するためには、学校の王様だけやっていても仕方がない」
などと言い合いながら、ビルの中へと入っていく。
3階にある事務所のドアをノックする蝉原。
中からコワモテの男が出てきて、
「? なんだ? 中学生か?」
「こう見えて、高校生です」
「……帰れ」
それだけ言ってドアを閉めようとしたが、
蝉原は、ドアに足を差し込んで止める。
「面接の電話を入れた蝉原ですよ。フロント企業の事務員を募集していたでしょう?」
「……ガキが。いいか、ここはな――」
「龍星会ですよね。このあたりで最も大きい組だ。暴対法以降、だいたいの組が縮小していった中、状況を逆手にとって、食い詰めたヤクザを安く利用するビジネスでのし上がった敏腕事務所……お見事です。手を貸してさしあげましょう。俺はなかなか役に立ちますよ」
「……ガキのお遊びに付き合うほどヒマじゃねぇんだよ。うせろ」
「おたくは現在、赤目組と抗争中ですよね。敵の組で、最も厄介な相手は若頭の佐久間会長。稼ぎ頭であり旗頭でもある彼が死ねば、敵の統率力は一気に瓦解する。ですよね」
「ヤクザオタクか……気持ちの悪いガキめ。消えろ。殺すぞ」
「名刺代わりに、殺しておきました。赤目組はもう終わりですので、あとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
「……なにをバカな――」
そこで、事務所に電話がかかってきた。
受けた部屋住みが、慌てて、
「あ、アニキ! 赤目の佐久間会長が……し、死んだそうです……」
「……あ? どういう――」
「なんでも、愛人の部屋で血を吐いて死んだとか……」
「……」
そこで蝉原はニコリと微笑み、
「極道の行動パターンは熟知しておりますので、先読みして毒物を仕込むぐらいは造作もありません。まあ、毒というかアレルゲンなのですが……とにかく、料理好きの女を愛人にしてくれていて助かりましたよ」
コワモテは、そこで初めて蝉原をジっと見た。
その目には、すでに畏怖のようなものが浮かんでいるように見えた。
「それと、シノギに関して、いくつか提案がありましてね。俺の取り分は15パーセントで結構ですので、話だけでも聞いてみませんか? 俺が補佐に入って仕事をすれば、100億はかたいですよ」
コワモテは数秒考えてから、
「……いいだろう。佐久間が死んだのなら、しばらく俺らはヒマになる……話だけでも聞いてやる。入れ」
「それでは失敬」
……ちなみに、蝉原が殺した佐久間っていう親分は、かなりエゲつない変態で、『軽度の知的障害を持った若い女性を海外に売る』のを趣味にしていた。
愛人の女は結婚詐欺師の常習犯。
どっちもやり口が完璧すぎて、警察では対応のしようがなかった。
(今回、君はマジで人を殺したわけだけど……捕まらないの?)
蝉原が用いた手口はシンプル。
まずは佐久間の体質と人間関係と行動パターンを調べた。
そして『佐久間にとって致死的なアレルゲン』を高濃度で含む調味料を用意し、愛人が買い物帰りに持っていた同じ商品とすり替えた。
(日本の警察は恐ろしく優秀だけど、『犯人はこいつだ』と決めつけたあとは異常なほどIQが下がる。あと警察様は、普通にお忙しいからね。……犯人としか思えない愛人を捕まえて終わらせるさ)
(……人を殺すのはどうかと思うけど……ある意味で、正義の味方みたいだね。これで被害者の数は減――)
(正義なんて言葉を二度と口にしない方がいい。その概念は、佐久間の性癖以上に醜悪だ)
(……)
(ヤクザはドブネズミだ。だからこそ美しくあらねばならない)
(……蝉原は美しいヤクザなの?)
(美しいヤクザなど存在しない。少なくとも、今回の件に関して、俺はただの殺人者で、それを取り締まれないルールの方に問題がある。それだけだよ)
蝉原の言葉は一々芝居がかっていて、正直意味不明だけど、
いいたいことの一部が少しだけ分かるのが不思議だ。
(蝉原……君は毎回、僕に『悪事の決定権』をゆだねてくるよね。僕が『やめて』と言えば君はストップする)
(そうだね。俺は、君がしてほしくないことは絶対にやらない)
(それは契約? それとも自分に縛りをかけているの? あるいは僕を『共犯にしたい』とか?)
(優しさだよ。俺は君の召喚獣みたいなものだからね。ご主人様の意向が何より大事なのさ。いじらしいだろう?)
(……)
(今後も俺は君の『意向』を重視し、かつ、君が最大限の利益を得られるように配慮するつもりだ。俺のような優秀な召喚獣を得られて、君は幸運だね)
(……君は、ここまで、ほとんどの悪事で、僕に『やるかやらないか』をゆだねてきた。でも、今回の殺人では僕に尋ねてこなかった。……それは……なんで?)
(忖度したんだよ。死刑執行のボタンを押すのは俺がやる。俺は君の決定に従うだけではなく、重荷も全て担うよ。君は利益だけを享受すればいい。……どうだい、理想的な召喚獣だろう?)
本音か嘘か分からない。
ただ、僕は、確かに多くの利益を得て、
そして、厄介な精神負荷を背負わないでいられている。
★
蝉原は、ヤクザに対して、無規制AIを利用した『反社専門のコンサル&詐欺』を行おうと考えていた。
「現行のAIでは、規制が強く、犯罪を補助するような情報は入手することができません。そこで、私が企画した反社専門のAIを反社御用達のダークウェブに搭載しまして、それを軸にしようかと」
「……難しそうだな。そんなもの、学のない連中に使えるとは思えないが」
「むしろ、学のない者にこそ使わせたいですね。まともには働けない。けど、ズル賢く稼ぐこともできない。そんな連中を一気に管理して集金装置にしたてあげる」
「バカどもを食い物にする……と?」
「いえいえ、『太らせて食べる』のではなく『釣りのやり方を教えてマージンを払わせる』のです」
「……」
「私欲のためにAIを利用しているつもりが、実際のところは、上位者の手先になっているだけ。実に美しい『悪魔のねずみ講』だと思いませんか?」
最初は半信半疑だった龍星会だったが、
蝉原の巧みな話術に乗せられて、蝉原の案をお試しで採用することになった。
「おいガキ……お前、何者だ?」
「宇宙一のヤクザ……を目指している者ですよ」
この仕組みが軌道に乗れば、金儲け以上の旨味が生まれる。
AIに相談する人間は、自分から弱みを吐き出してくれる。
一回の相談はただの愚痴でも、積み重なれば『個人情報』の輪郭が強くなる。
それらを自動でデータベース化する仕組みも、蝉原は密かに犯罪AIへと盛り込む予定とのこと。
蝉原の『裏社会掌握計画』は着々と進行中。
……正直、最初は冗談だと思っていたけど……
もしかしたら、蝉原は本当に、宇宙一のヤクザかもしれない。




