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2話 女王の失墜。


 2話 女王の失墜。


 ――その日の夜。

 蝉原はスマホの画面を伏せたまま、ワイヤレスイヤホンを片耳に差し込んでいた。

 アプリが音声をリアルタイムで拾っている。


 ――気室宅に訪問した際に仕込んだ盗聴器は十分に機能している模様。


(政治家の家なのに、盗聴への警戒が甘いんだね)


「あの家は、定期的に業者を入れてスイープしているよ。明後日には撤去されているだろう……が、どうでもいい。今回の結果を知っておきたかっただけだから」


 イヤホンから、『気室父』と『気室』の会話が聞こえる。


『……うーむ……』

『お父さん……あいつを一番やばい少年院にぶちこんで。絶対に許さない……』

『……』

『お父さん、聞いているの?』

『ダメだ。この件は表には出さない。事故ということで処理する』

『なにを……言って……』

『ここまでするとは思っていなかった……最悪の一手だ……まともなガキじゃないと思ったが、まさか、ここまでイカれているとは』


 僕は普通に驚いた。

 なぜ、事故にするんだろう……

 子供の指が切られたっていうのに……


 不思議に思っていると、そこで、蝉原がボソっと、


「こうなれば、ただのイジメ問題じゃ済まないからさ。報道されれば、見出しは自然と派手になる。『政治家の息子による凄惨ないじめ。身を守るためナイフを振るった被害生徒――結果、加害生徒の指が事故で切断』。このキャッチーなシナリオが流れれば、世間は君に同情するだろう」


 同情されるかなぁ……仮に同情されても、逮捕は免れないんじゃ……


「世間を味方につけた情状酌量の余地がある高校生の傷害事件……そんなもの、少年院に半年~1年が精々。保護観察処分で少年院に入らない可能性も十分ある。君を突き出しても、気室父が得られるものは何もない。無意味に俺を敵に回すだけ」


 つづけて、イヤホンが気室父の声を拾う。


『……秘書にはもう連絡した。指の記録は残らないよう医者にも金を握らせてある。学校側にも今夜中に話をつける。幸い、指は綺麗にくっついたし、目撃者も、あのガキがうまく抑え込んだようだから、問題はないだろう』


(ねぇ、蝉原……指切断って隠せるものなの?)


「気室が懇意にしている外科医のところで内々に処置させたんだろう。あそこは彼の後援会長が理事長を務めている個人病院。カルテは『不慮の切創による裂傷』にでも書き換えているはずだ。手術記録そのものは消せなくても、傷病名を変えることは難しくない」


『……本気で……何もなかったことにする気?』

『そのケガは自業自得だ。絡む相手は見極めろ、バカが』

『いや、あの……俺の指が……切られたんだよ……? もっと……怒ってよ……』

『お前の指なんかよりも、総裁選の方が大事にきまっているだろう。政治家ナメるな!!』

『……お父……さん……?』

『あの手の狂人は裏社会で何人も見てきた! いや、今まで見た中で最悪だ! 指の傷一つとっても、あいつの異常性が分かる! ここまで綺麗にくっついたということは、それだけ切断が完璧だったということ!』

『……』

『このクソバカ息子が。なんで、わざわざ、あんな本物のサイコを……ただのゴミをイジメておけばいいものを』

『……ただの……ゴミだったんだ……ほんとに……ただの……』


 そこで蝉原はイヤホンを外した。


「くくく……」


 と、一度邪悪に笑ってから、


「これが『悪意』ってものだよ、気室くん。指を切られるよりも、親に切られる方が、よっぽど辛いだろう?」


 ボソっと、そうつぶやいた。


 ここで、僕は改めて、自分がえげつない悪魔に憑りつかれたのだと理解した。


(ぁ、あのさ、蝉原……今回はたまたま通報されなかったけど、捕まっていた可能性もあるよね? その場合はどうしていたの?)


「もちろん、そのパターンのシミュレーションもしていたよ。『政治家のガキを刻んで少年院に入った狂人』という称号は、これから裏社会を渡っていく上でのはくになる」


(……)


「――『自分を刑務所にぶちこんだ政治家を笑顔で許す少年』というポジションで圧力をかけていくプランも考えていた。相手がどう動いても利益を得られる計画じゃないと欠陥品。俺はサイコロを振らない。ヤクザは胴元。サイコロを振らせるのが仕事」



 ★



 ――翌日、僕は、普通に学校に向かうことができた。


 教室に入った僕を見て、クラスメイトたちは、一斉にビクっと体を震わせた。


「え……なんで?」


 と、誰かがボソっとそうつぶやく。

 どうして警察に捕まっていないのか……という意味の問いだろう。


 それを受けて、蝉原がまた僕の身体の主導権を奪って、


「交渉というのは、いかにクールでイカれているか、相手に理解させるのがコツなんだよ」


 その言葉に教室の空気が凍る。

 蝉原は、ニコリと微笑んで、


「知らない? 有名な漫画のセリフなんだけど」


 などと言いながら、自分の席につく蝉原。


 蝉原が動くたび、教室の面々はビクビクと肩を跳ねさせる。

 反射的に距離をとる者もいる。


 その中で、美人ギャルの滝本が、


「どういう……こと? 同級生の指を切っておいて……な、なんで普通に登校してんの……」


「さあ、なんでだろうねぇ。今日は休んでいる気室くんに、今度聞いてみるといい」


「……」


 そこで、教師が入ってきた。

 蝉原を見るなり、


「……っ」


 と顔をひきつらせた。


 蝉原はニコリと微笑んで、

 教師のもとに近づき、


「先生。一つ質問です」


「……は、はひ?」


「そんなに怯えなくていい。心配ないさ。まだ大丈夫だから」


「……」


「質問に答えればいい。簡単なことさ」


「……な、なにを……聞きたい……んですか……」


「俺を助ける気がありますか?」


「……」


 蝉原は、ぶるぶると震えだした教師の頬をなでながら、


「いい目だ。怖いよね。分かるよ」


「……あ、あ、あの……」


「まだ質問の答えを聞いていない」


「……ど、どうすれば……」


「これまでと同じさ。ただ対象が変わるだけ。気室ではなく、俺がすることに目をつむればいい」


「……」


「理解できたか?」


「わ、わかりました……」


「いい返事だ。愛らしいね」


 そこで振り返り、クラスメイト全員の顔を確認する。

 全員が、化け物を見る目で蝉原を見ていた。


 蝉原はニコリと微笑んで、黒板にカツカツと文字をかく。


「蝉原勇吾。俺の渡世名とせいめい。中二病らしく真名まなと言ってもいいけれど。……とにかく、今後は、こっちの名前で呼んでもらえるとありがたいね」


 クラスメイトは黙って聞いている。

 下手な反応をして怒らせたくない、という気持ちが透けて見えた。


「そんなに怖がらなくていい。カタギには手を出さないさ……なるべくね」


 そこで、滝本の元まで歩く。

 音を殺すような歩み。

 彼女の目の前までくると、

 一切の躊躇なく、


 ――ナイフを取り出して、ヒュンと横に薙いだ。


 滝本の頬に真一文字の薄い傷が出来る。

 一週間もすれば消えてしまいそうなほど薄い、

 目の下を走る、細い赤線。


「ひっ」


 と恐怖して硬直する滝本に、


「すまない、お嬢ちゃん。手が滑ってしまった。カタギには手を出さないと言った直後なのに、申し訳ない。……同じ空気を吸うのも嫌な相手から、命である顔を傷つけられて、ひどくお辛いことだろうね。……けど、許してくれるだろう?」


「ひ……ひっ」


「許してくれるか、と聞いている。もう二度と聞かない」


「……っっ……は……は、はい……っ」


「いい子だ、クイーンビー……いや、もう違うか」


 そう言いながら、蝉原は、滝本の頬に浮かぶ血を指ですくい、


「君の血も、俺の血と同じ色をしている。理不尽だと思わないか?」


 そう言って、蝉原は狂おしいほど穏やかな笑みを浮かべた。


(蝉原……今のセリフ、どういう意味?)


(特に意味はない)


(……えぇ)


(嘘だけどね)


(……嘘……ねぇ……うーむ……)


 そこで、僕は少しだけ考えて、


(あのさ……蝉原)


(なにかな?)


(……いや、あのぉ、なんていうか……あれだけ?)


(あれだけ、とは?)


(いや、あの……顔にピュって傷つけただけ……あんな爪でひっかいたみたいなかすり傷……バンソーコー貼ってれば、1週間ぐらいで消えちゃうんじゃない?)


(だから?)


(だから……その……)


(あの程度じゃ物足りない? 爪でもはがせば満足?)


(いや、そこまで言う気は……)


(彼女はこれからだよ。今のは挨拶だ)


(……そう……なんだ。ふぅん)

次回から、昼は学校編、夜は任侠編でいきます。

次回の3話は夜で、その次の4話は学校編です。

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― 新着の感想 ―
第2話も面白すぎて震えました……! 「俺はサイコロを振らない。ヤクザは胴元」という 蝉原のセリフが格好よすぎて痺れます!
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