23話 僕だけが何者でもない。
23話 僕だけが何者でもない。
そんな自己卑下に沈みかけていたとき、スタジオ入り口がにわかに騒がしくなった。
「彗星くん、入られます!」
スタッフの声が弾んでいる。
現れたのは、誰が見ても整っているとわかる男だった。
背も高く、体も出来上がっている。
売れっ子のイケメンモデル、彗星。
現場の空気が、瞬時に華やぐ。
スタッフ全員が、彼を中心に動き出す。
女性も男性も関係なく、誰もが彼の機嫌を窺うような目をしていた。
彗星は滝本のもとへ歩み寄ると、自然な調子で談笑を始める。
滝本も、いつもとは違う、外交用の笑顔を返していた。
そのままカメラの前に並ぶ二人。
フラッシュが弾けるたび、二人の輪郭がより鮮明に切り取られていく。
女性スタッフが、僕と彗星を見比べながら、
「同じ男とは思えないわね」
鼻で笑いながら、そう呟いた。
反論できなかった。
事実、その通りだったから。
滝本と彗星が、完璧な構図の中で笑い合っている。
その光景を見ていたら、胸の奥がずしりと重くなった。
僕以外、全員が頑張っていて、全員が華やいでいる。
そんな風に思えた。
……僕も……何者かになりたいな……
分不相応だと分かっていても、その願望は消えなかった。
ふと視線を壁際にむけると、あいもかわらず、セフィアさんがこっちを見ている。
もし、彼女の視線が、蝉原ではなく僕に向いていたら……僕はどう思ったのだろうか……
★
撮影がそろそろ終わりかけたタイミングで、現場の空気が一段と張り詰めた。
恰幅のいい中年男が、ゆっくりとスタジオに入ってくる。
明らかに、それまでとは格の違う佇まい。
スタッフたちが一斉に頭を下げた。
先ほどまで誰よりも華やいでいた、このスタジオの王子様である彗星ですら、
「千堂さん、お疲れ様です!!」
血相を変えて駆け寄る。
この場で一番上に立っていたはずの男が、これでもかというくらいペコペコしている。
近くにいた女性スタッフが、小声で教えてくれた。
「あの人は、大手芸能事務所の取締役。業界の大重鎮。あの人に睨まれたら、この世界ではやっていけないのよ。……あなたには関係ない話だけど」
確かに、びっくりするぐらい関係ない。
僕があなた方の世界に入る可能性はゼロだから。
僕は黙ってその様子を眺めていた。
その時、ふと、大重鎮の目が、僕のところで止まった。
表情が、目に見えて変わり、
「げぇ!」
声が裏返っていた。
すぐに取り繕うように、しかし完全には隠しきれない動揺を滲ませながら、
「せ、蝉原……さんっ……!!」
さっきまで彗星を相手に浮かべていた『業界人らしい余裕のある笑み』が、跡形もなく消えている。
その顔色は、見ているこちらが心配になるくらい悪い。
額には、すでに汗が浮いていた。
千堂は、靴音を鳴らしながら早足でこちらへ向かってくる。
途中で誰かにぶつかりそうになって、よろけながらも止まらない。
「ど、どうなさったのですか、こんなところに……」
声には、媚びと焦りが混ざり合っていた。
普段、この現場で誰よりも上の立場にいるはずの男が、僕の前では、ただの一人の小さな人間に見えた。
これは予想だけど……たぶん、この人は、龍星会とかかわりのある人だろう。
その手の人間はたくさんいるから、一々覚えてはいないけど……たぶん、そう。
「あ、えっと……僕のことは……無視していただいて」
「そんなことできるはずがありません。君、椅子を用意して。この方を立たせておくなんて何を考えているんだ」
スタッフが慌てて椅子を運んでくる。
さっきまで僕を鼻で笑っていた女性スタッフが、ぽかんとした顔でこちらを見ていた。
彗星でさえ、状況が読めずに固まっている。
「いやぁ、蝉原さん……相変わらず凛々しい御顔で……」
指紋が焼けるぐらい揉み手しながらそう言ってくる千堂。
「どこが凛々しいんだよ、くそが」
「……ぇ」
「あ……すいません。なんでもないです」
僕は渋い顔をすることしか出来なかった。




