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18話 極道の遠足。


 18話 極道の遠足。


 翌日の午後。

 助手席に乗せてもらった車は、見たことのないような高級車だった。

 黒いランボルギーニ・ウルス。

 お値段は3000万円とのこと。

 僕の家より高い。


 後部座席には滝本と凪。

 運転席には愛羅。

 そして助手席に、蝉原モードの僕。


「愛羅……よく、滝本の同行を許したね」


 蝉原の言葉に、愛羅が、


「愛人を許容する度量もない女に、極妻になる資格はない」


 前を向いたまま、静かにそう言った。


 ……ちなみに、凪は荷物持ち。

 愛羅が勝手に連れてきた。

 総会の時も、彼女たちはセットでいることが多い。

 小間使いとお姫様って感じ。


 愛羅の挑発的なセリフに、後部座席の滝本がピキって、


「愛人はそっちでしょ」


「立場を考えろ、ションベンくさい小娘」


「死ね、くそばばぁ!」


 滝本は本当に性格と口が悪い。

 この前、彼女は、『僕を気室から逃がすために、あえてワルモノに徹していた』みたいなことを言っていたけど……たぶん、嘘だと思う。

 普通に、彼女はゴミなんだと思う。


 凪が、滝本に、


「アネゴにふざけた口をきくな、愛人1号。……殺すぞ」


「黙れ、チビ。ただの荷物持ちが調子に乗るな」


 そこで、愛羅が、滝本に、


「てめぇこそ調子に乗るな」


 ずっと、ぎゃーぎゃーケンカしている3人の横で、

 蝉原は窓の外を見ながら、


「3人とも仲がいいね」


「「「よくない(よくありません)!」」」


 3人の声が揃った。

 直後、凪は、おずおずと、


「総長……このアバズレを愛人にするのは辞めた方がよろしいかと……顔以外は全部クズですよ。偉大なゴッドファーザーであるあなた様にはふさわしくありません」


「俺にふさわしい女なんているのかな?」


「うぐっ……それは……」


 そのリアクションを見て、蝉原は楽しそうに微笑んだ。


 僕もちょっと考えてみたけど、

 蝉原と釣り合う女の子とか……いるのかな……

 相当イカれた変態じゃないと、蝉原の隣に立つのはふさわしくない気がする……


 ★


 山道を一時間ほど走ると、目的の施設が見えてきた。

 龍星会が所有している山奥の複合施設。

 温泉、射撃場、道場もろもろ。

 ビリヤードや麻雀などの遊戯施設も完備。

 どうやら、地下には拳銃とかも隠されているらしい。

 やだねぇ、ヤクザ屋さんは。


 ……車を降りた瞬間、山の空気が肺に入ってきた。

 静かで、澄んでいて、どこか非現実的な場所だった。


「まず道場ね。あたし、だいぶ強くなったから。今度こそ本気でやってもらう」


 愛羅が蝉原の腕を引いて、迷いなく歩き出した。

 と、その時、僕は気づく。


(うぉ!!)


(どうしたのかな?)


 僕の脳内叫び声にびっくりしたのか、蝉原が脳内で声をかけてきた。


(あ、あそこ……木の影に……せ……セフィアさんがいる)


(ん? ああ、いるね)


(あれ? 蝉原にもセフィアさんは見えているんだね。もう、なんか、ここまできたら、僕にしか見えない幽霊かなぁ、とかも思ってたんだけど)


(彼女の視線にはずっと気づいていたよ。慣れているから無視していたけど)


(慣れている? ああいう視線に?)


(ヤクザやっていると無駄にモテるからね、ご存じの通り)


 などと脳内で話していると、

 セフィアさんが、こっちに歩いてきた。

 いつも無口で、瞳孔開いたままこっちを見ているだけの彼女が、


「……わたしも……一緒に行って……いいですか?」


 と声をかけてきた。


 愛羅は、びっくりしたのか、


「え、だれ?!」


 と不気味がっていた。

 彼女にも見えているから、いよいよ、本格的に幽霊説は消えてしまったかな……


 そこで、滝本が、


「あれ……えっと、確か……セフィア・ローズさん……だっけ?」


「……はい」


「え、なんでいるの?」


「……たまたま」


「……あ、そう」


 妙な空気になった。


 『この状況は本当にどうしたものか』と、だいぶ変な雰囲気になったものの、

 蝉原が、


「まあ、一緒に行けばいいんじゃないかな?」


 と、潤滑油の役目をしてくれたので、『じゃあ、まあ、そういうことで』ということになった。

 ……ほんと、なんだ、この状況。

 幽霊ではないにしても、彼女はストーカーということで認定していいのかな……まだダメなのかな……流石にもうダメってことはないよね……


 荷物を抱えた凪が、蝉原の近くまでやってきて、


「あのヤバそうな女……たまに総会にもいますけど……なんなんですか?」


「気にしなくていいよ」


「は、はぁ……総長がそう言うなら……」


 ★


 着替えて、道場の畳の上に立った愛羅は、蝉原と向かい合いながら、静かに構えを作った。

 入り口近くで、滝本が腕を組んで壁にもたれている。

 その横には、瞬きを忘れたセフィアさんと、正座をしている凪。


 蝉原は愛羅の構えをしばらく眺めた。


「……前より強くなっているね。なかなかの高資質で、努力の跡もうかがえる」


 愛羅の目が、わずかに揺れた。

 彼女の感情や想いを汲んだ上で、蝉原は、


「いいよ。今回はちょっとだけ本気で相手をしてあげる」


 そう言って、蝉原も構えをとった。

 また僕に押し付けるんじゃないかとひやひやしたよ。


「スキのないいい構えね、蝉原。……ここまでは合格」


「査定するのは俺の仕事さ。君はただ値踏みされていればいい」


 そこで、愛羅が踏み込んだ。

 凄まじい速度の突き。

 正面から、真っ直ぐに。


 蝉原は避けなかった。

 正面から受け止めた。


 鈍い音が道場に響く。


「いいね」


 蝉原は微笑んだまま、


「あばらが何本か折れた」


「……本当に? ずいぶん涼しい顔をしているけれど」


「骨が折れたぐらいでアタフタするような男が旦那でいいのかい?」


「……」


 愛羅は黙った。

 言葉を探している。

 その間に、蝉原はニっと笑い、


「それでは、今度はこちらの番だね。やられたら極倍返しにするのが俺の流儀……というわけで、君の全身の骨を折らせてもらおう」


「ちょっ――」


「冗談だよ」


 次の瞬間だった。

 蝉原の手が愛羅の道着を掴む。

 重心が動く。

 愛羅の身体がふわりと宙に浮いた。


 完璧な、一本背負い。


 一回転。

 バタン、と愛羅の背中が畳に落ちる。

 執拗なほどやさしく。


 蝉原は、無意味に女性や子供を傷つけたりしない。

 やる時はやるんだろうけど、無差別な暴君ではない。

 その辺も、彼なりの美学があるのだろう……と僕は勝手に思っている。

 知らんけど。


 しばらく、愛羅は動かなかった。

 天井を見上げたまま、静かに息を整えている。


 その光景をバキバキの目で見ていた凪が、


「ブラボォオオ!」


 立ち上がって盛大な拍手をする。

 スーパースターのライブでも見ているかのような、キラキラの目。


 凪の止まらない賞賛の中、愛羅は、


「……どう訓練したら、そこまでの技のキレが出るの」


 呟くような声だった。


「あなた、オリンピックで金メダルとれるんじゃ……」


「メダルは別に欲しくないかな」


「じゃあ、何が欲しいの?」


 蝉原は少し考えてから、


「今一番欲しいのは人の魂だね。できれば60億人ほど殺して、魂を回収したいところ」


 一瞬だけ、愛羅の目がギョっとしたが、

 流石に、冗談だと認識したようで、


「……ヤクザっていうか、魔王ね」


「ふふ」


 イタズラな笑みを浮かべながら、蝉原は片膝をついた。

 そのまま、愛羅をお姫様抱っこで抱え上げる。


「……っ」


 愛羅の頬がわずかに赤くなった。

 気づいていないふりをしながら、視線を逸らしている。


 蝉原はそっと彼女を立たせた。


 その瞬間。


「ずるい」


 滝本が走ってきた。

 そのまま蝉原に抱き着く。


「私もお姫様抱っこして」


「俺のアバラを折ることができたら考えてあげなくもないよ」


「むっ」


 そこで滝本は、蝉原に殴り掛かった。

 そんな彼女の攻撃をさっと避けて、そのまま、流れるように、彼女を抱え上げる。


 ふいのお姫様抱っこで、滝本の顔も赤らむ。


「これで満足かい?」


「……どうせならキスまでしてよ」


「申し訳ないが、そこまでサービスする義理はないね。ドンペリを入れてくれるなら考えてあげなくもないけど」


 そう言って、滝本をおろすと、

 蝉原は、


「仲間外れはよくないよね」


 そういいながら、凪の方に歩き、彼女の体をスっと抱きかかえる。


「そそそ、総長!」


「嫌だったかい?」


「めめめめ、めっそうもない! これほどのサービスを賜った対価は、いくら払えばよろしいでしょうか!」


 そこで、愛羅が呆れ交じりに、


「あなたがホストになったら、すぐに夜の帝王になりそうね」


 ボソっとそう言って笑った。


 ちなみに、その間、セフィアさんが、ずっと、微動だにせず蝉原を見つめていた。

 蝉原……もう、いっそ、彼女もお姫様抱っこしてあげたらどうかな。


(いやぁ、やめておくよ。望まれていないのに、そんなことをしたら、痴漢になってしまうからね)


 彼女が一番望んでいると思うけどなぁ……


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