16話 偉大なる父よ。
16話 偉大なる父よ。
――次に、一人の青年が前へ出た。
顔色が悪い。
声も震えている。
「そ、総長……前に漁船へ飛ばされた連中の中に、俺のダチがいます」
「ほう」
「どうか勘弁してやってくれませんか」
「ダメだ」
一切の迷いがない即答。
蝉原は何でもかんでも願いを叶えてやるわけじゃない。
ちなみに僕も反対だ。
あんなクソどもは死ぬまで船の上にいればいい。
青年の顔が絶望に染まる。
「あ、あいつ根は悪い奴じゃないんです! サイコどもに騙されて……手伝わないと、あいつが実家で飼っている犬も殺すって脅されて、それで――」
その時だった。
「にゃ」
アベルが鳴いた。
まるで『いいよ』とでも言っているみたいに。
猫の言葉なんか知らないから、本音は分からない……けど、
蝉原は、うなずいて、
「……いいだろう」
そう言った。
青年が泣きそうな顔でパっと顔を上げる。
「ただし無罪とはしない。二カ月は海に出てもらう」
「は、はい! ありがとうございます!」
青年は何度も頭を下げた。
正直、許す必要はないと思うけど……被害者本人(猫)であるアベルが言うなら仕方ない。
★
さらに数人の願いを処理したあと。
最後に一人の男が前へ出た。
「話してみろ」
男は拳を握りしめ、
「ウチの姉貴が地下アイドルみたいなことをやっているんですが……どうやら、プロデューサーに枕を強制されたみたいで……それで、断り切れず、やっちまったらしいんですが、その相手が最低の野郎で……子供を孕まされた上、腹を蹴られて堕胎しちまって……」
話し終えた時には会場全体が静まり返っていた。
えっぐい話だ……たまにこういうのが来るから、この懇談会、いやなんだよねぇ……
「今日来た依頼の中では一番重いねぇ」
蝉原は静かに言った。
愛羅が、気分の悪そうな顔をしている。
レディースチームの面々から殺気のようなものを感じた。
「総長……どうか……」
「……いいよ。どうしてほしい」
「プロデューサーを殺してください」
鬼気迫る願い。
「それはダメだ」
蝉原は首を横に振った。
「総長!」
「生殖機能は奪おう。仕事も奪う。社会的に殺してやる。しかし命は奪ってはいけない」
「……どうして……」
蝉原は少しだけ笑った。
「その先が楽しめない。死ねば終わりだ。苦痛も、絶望も、後悔も、何も残らない」
蝉原はアベルを撫でながら、
「殺すことにメリットがあるなら別だ。だが復讐心だけの殺人は惰性の罪しか残らない」
実際、蝉原は必要と判断したら躊躇なく殺すからね。
ウチの蝉原さんは怖い男だよ、本当に。
「お前の家族を苦しめた男に、産まれたことを後悔するほどの絶望と苦痛と後悔を与えよう。死を望んでも許さない。それを罰とする」
「……感謝します」
「その代わり、お前は俺に何を誓う?」
「……絶対の忠誠を」
直立不動の彼を見て、蝉原は、
「映画は好きかい?」
そう言いながら、右手を差し出す。
男は一瞬だけ目を見開いた。
そして何かを理解したように、
ゆっくりと片膝をつき、
差し出された右手を取る。
そして、
その手の甲に口づけして、
「……友となってください、ゴッドファーザー」
会場が静まり返る。
蝉原は満足そうに笑った。
「いいね」
そう言って立ち上がる。
そして配下たちを見回した。
「彼は教養がある。だから俺は気分よく働ける」
配下たちはぽかんとしていた。
「教養は利益につながる。わかったかな?」
すると愛羅が、
「わからないんだけど。今のなに? なんで、一構成員から『友になってほしい』って言われて気分がいいの? 全然わからない」
ちなみに、僕も分からなかった。
蝉原はため息交じりに、
「そこまでいくと、映画を知らないというレベルではなく、文脈や空気を読む力がないという別の話になってくるね。……中学生の国語からやり直すことをおすすめするよ」
「公開説教は不愉快なんだけど」
一瞬の沈黙。
その後、会場中に笑いが広がった。
蝉原も珍しく声を上げて笑った。
蝉原の頭の上に乗ったアベルが、
「にゃ」
と楽し気に鳴いた。
結局よく分かんなかったけど、みんな楽しそうだから、まあ、いいんじゃないかな。




