11話 ワースト2位。
11話 ワースト2位。
「ひっ」
喉の奥から、情けない声が漏れる。
男は一瞬だけ目を丸くし、それから周囲の仲間たちと顔を見合わせた。
「なんだ、こいつ……本当に蝉原勇吾か? ただのモヤシじゃねぇか」
次の瞬間、拳が飛んできた。
「ぎゃっ」
頬に衝撃が走り、僕の身体はあっさりと地面に転がった。
周囲から爆笑が起きる。
男たちは腹を抱えるようにして笑いながら、倒れた僕を見下ろしていた。
「なんだよ、こいつ!」
「弱いにもほどがあるだろ!」
そこからは一方的だった。
蹴られ、殴られ、転がされる。
「ちょっと! なにやってんの、蝉原! こいつら、殺してよ!」
少し離れたところから滝本が叫んだ。
その声に反応した男の一人が、滝本へ近づく。
「うるせぇんだよ、女」
乾いた音が響いた。
滝本の顔が横に弾かれる。
(……ちょっと、蝉原……助けて!)
心の中で叫ぶ。
しかし、返事はない。
(蝉原!)
何も返ってこない。
(蝉原……なんで……)
男たちは、怯えた滝本を見て、下品に笑っている。
「この女、よく見たら、とんでもなく質が高いじゃねぇか」
「蝉原の女か?」
「だったら、ちょうどいい。蝉原の前でマワしてやろう。俺たちが受けた屈辱、少しは返さねぇと」
やばい状況。
僕じゃどうしようもない。
こんな状況、蝉原じゃないとおさめられない。
そう思ったのに、蝉原は出てこない。
何考えてんだ、あのヤクザ……
仕方なく、僕は、
「……ぁ、あの……」
男たちの視線が、僕に戻る。
僕は地面に額をこすりつけるようにして、頭を下げた。
「すいません……ゆるしてください……」
一瞬だけ、静かになった。
けれど、すぐに笑い声が爆発した。
「ぶはっ! なんだ、こいつ!」
「ヤクザのバックがないと、ただのヘタレじゃねぇか!」
「あーあ、とうとうバレちまったなぁ、お前の秘密」
リーダー格の男がしゃがみ込み、僕の髪を掴んで顔を上げさせた。
「で、どう落とし前つける? 土下座ですむと思ってねぇよなぁ?」
男は笑っている。
カモを見つけた悪人の目。
「とりあえず金出せよ。大金持ってんだろ?」
「コミュニティの地位ももらう」
「それと、お前は一生、俺らの奴隷な」
僕から何もかも奪うつもりなのだと分かった。
その時、不意にイジメられていた時のことを思い出した。
(お前らヤンキーは、みんなそう……弱い相手には何をしてもいいと思ってる……)
相手が反撃できないと知った途端、遠慮がなくなる。
尊厳を踏みにじり、奪えるものを全部奪い、それでもまだ足りないという顔をする。
僕は、滝本を見た。
助けを求めるような目で、こちらを見ている。
その顔を見た瞬間、胸の奥から黒い感情が湧き上がってきた。
(……僕が受けた苦しみを、お前も味わえばいい……)
「こいつ、土下座して震えてるだけなんだけど」
「ここまで弱いゴミが、なんでヤクザと交渉できたんだよ」
「こいつの持っているものは、全部奪ってぶっ壊してやる」
そう言いながら、男の一人が滝本の腕を掴んだ。
「さわんな、ゴミ!」
滝本が必死に振り払おうとする。
だが、男は面白そうに笑うだけだった。
「この女、口悪ぃ」
周囲から下品な笑い声が上がる。
滝本は悔しそうに歯を食いしばりながら、こちらを見た。
「蝉原! 助けて!」
その叫びが耳に刺さる。
僕は拳を握りしめた。
(うるさい……僕だって怖いんだ……)
喉の奥が締めつけられる。
(というか、何もできないんだよ、僕じゃあ……)
震えが止まらない。
立ち向かえない。
助けられない。
そんなことは、自分が一番よく分かっている。
(僕は……僕は……)
歯ぎしりする。
胸が苦しい。
心が潰れそうになる。
「……」
――けれど、僕はゆっくりと立ち上がった。
膝が震える。
涙も止まらない。
それでも立ち上がる。
男たちの視線が集まった。
僕は奥歯を強く噛みしめる。
「……」
何かが嫌だったんだ。
何が嫌なのか分からない。
自分の心。
正義感とかじゃない。
絶対に違う。
そうじゃなくて……これは……
「……」
僕は、これまで見てきた蝉原勇吾という男を思い出す。
あの圧倒的な自信。
誰にも屈しない態度。
ヤクザすら従える狂気。
僕は、必死に口角を吊り上げる。
「ぼ……おれは……蝉原勇吾だ」
男たちが怪訝そうな顔をする。
いまさら自己紹介をされても、という顔。
僕は笑う。
必死に。
本当に必死に。
「死にたくないなら消えろ」
声の震えを止める。
体の震えを抑えつける。
「ゴミの相手をするほどヒマじゃないんだ」
必死になって蝉原のフリをする。
自分の弱さを全力で殺す。
――俺は蝉原勇吾。
――宇宙一のヤクザ。
「聞こえなかったか? 消えろと言っている」
すると、一瞬だけ、
本当に一瞬だけ、
男たちの表情が固まった。
空気が止まる。
「な……なあ大ちゃん……やっぱりやめた方がよくないか? 蝉原に逆らうのは……やっぱ、怖ぇよ。……すげぇ殺気だ……睨まれただけで震えてくる」
手下の一人がそう言って後退りをした。
僕は、心の中で『そのままビビって引いてくれ』と願った。
……けど、
リーダー格の男が、
「な、なるほど……確かに怖いな。妙な圧を感じる。覇気だけは見事なもんだ」
ゆっくりと僕へ近づいてくる。
「そうやってコケオドシでどうにかやりくりしてきたのか。度胸だけはすげぇよ。大したもんだ」
男は僕の目の前で立ち止まった。
そして、
「だが、もう通じねぇんだよ。お前が弱いのはバレてっから」
拳を振り抜く。
鈍い衝撃。
視界が回転する。
僕の身体はあっさりと吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられる。
肺の中の空気が一気に吐き出された。
「がっ……」
痛い。
何もできない。
やっぱり僕は僕だった。
蝉原みたいに強くなんてなれない。
(僕は……弱いなぁ……)
涙が滲む。
ふと、蝉原に言われた言葉を思い出した。
――僕を選んだ理由……僕が世界一弱いから。
(本当に……世界一弱いなぁ……)
泣きながら、無力感に溺れた。
――その時だった。
「……『世界で二番目に弱い男』くらいにはなれたんじゃないかな」
聞き慣れた声が、僕の口から響く。
僕の体から恐怖が消える。
震えが止まる。
痛みすら遠ざかる。
地面に伏していた顔がゆっくりと上がる。
口角が吊り上がる。
にたり、と鋭く。
「よく頑張ったね……偉いよ。あとは俺がやろう」




