結 戻る財、戻らぬ時間
八件を並べ終えて、箱を閉じる前に、数えておく。
麦の代二千枚。支度金と立替えの千四百二枚。銀の指輪と襟布。植え替えの六十枚。三つの村の水。婚約の印三百枚と船荷の取り分四百八十枚。樽十の代六十枚。
これらは、法廷が命じ、戻った。私が受取書を見たものと、当時の検分人の控えで確かめたものとがあるが、戻ったことに違いはない。二度払い、三度払い、猶予の二十日、そういう遅れはあっても、八件のうち、戻るべきものが戻らずに終わった案件はひとつもない。首飾りの三百二十枚は、この列に入れない。法廷は命じておらず、娘が二年の賃金で請け出した。だが、戻ったことに違いはない。法廷が命じたものが戻る、というのは、当たり前のようで、当たり前ではない。私はそれを確かめて歩く仕事をしているので、それがどれほど当たり前でないかを、少しは知っている。
戻らなかったものも、数えておく。
揺り籠の約から承け書までの十二年。船主の家と香辛料商の家が、どちらが解いたと言われるかを恐れて動かなかった二年。葡萄園の娘と樽工房の息子が、別々の家で暮らした八年。ケル川の水門が閉じられてから開くまでの日数。王太子が短い言葉を口にしてから、麦が全部戻るまでの、ひと夏。
時間は、受取書に載らない。私の控えにも、載せる欄がない。検分人は、返された銀貨を数え、返された樽の焼き印を確かめるが、そのあいだに過ぎた年月を数える者は、どこにもいない。裁定書は、たいてい、それを裁かない、と書く。私はそれで正しいと思う。法廷は、時間を戻す秤を持っていない。持っていないものを持っているふりをしないことが、法廷の誠実さだと、師の書庫で教わった。
それでも、時間が過ぎたあとに、何かが残る。
ダールク領には、令嬢の橋と呼ばれる石の橋がある。令嬢はいま別の町に嫁いでいるが、橋は毎日、荷車を渡している。秤場には、首飾りを質に入れた娘が、いまは帳を付けている。三つの村の畑には、誰の嫁でもない水が流れている。オルメの船は三度目の航海に出て、香辛料を積んでいる。丘の小屋では、父の焼き印とは別の焼き印が、新しい樽に押されている。
これらは、裁定の結果ではない。裁定は橋を架けず、帳付けの職を与えず、樽を作らない。裁定が定めたのは、誰が誰に何を返すか、それだけである。その先の暮らしは、それぞれの者が、それぞれの帳面に、自分の字で書き足したものだ。私はそれを読むことができるが、それを裁定の手柄にすることはできない。私は、そこを混ぜないように、履行の記録と編者考とを分けて書いた。
八件を通して読んだ者は、何かひとつの筋を探すかもしれない。王家から樽工房まで、これだけの家が同じ本に並ぶのだから、裏に何かあるのではないか、と。ない。私は八つの綴りを集め、照らし、日付を合わせたが、八件を結ぶ糸は、どこにも見つからなかった。あるのは、同じ秤である。均の律、名の律、座の律、契の律、縛の律。裁定者は八人とも違い、裁定書の文の癖も違うが、秤は同じものを使っている。王太子の家の麦も、樽職人の道具も、同じ秤に載った。それが、この本で示せる唯一のことで、それ以上のことを、私は示さない。
本書を、真実の愛の代金は誰が支払うのか、という副題で読み始めた者に、いまなら答えられる。代金は、支払われた。支払ったのは、王家の内庫であり、男爵家であり、母であり、上流の地主であり、二つの家のそれぞれであり、樽職人の息子であった。誰が払ったかは、八件のどれにも、名を挙げて書いてある。愛がそのとき真実であったかどうかは、八件のどこでも量られていない。量られていないものを、私が結びで量ることはしない。ただ、代金は払われた、とだけ書いておく。
そして、払われた代金は、初めの相手に戻る代金ではない。八件のうち、初めの相手に戻った者はいない。第8件の二人も、戻ったのではなく、初めて自分の名を書いたのだと、私は考えている。婚約が解かれたあとに残るのは、戻る財と、戻らぬ時間と、その先の暮らしであって、初めの相手ではない。それを言うために、第8件を最後に置いた。
最後に、師のことを、少しだけ書く。
書庫にいた六年、師は私に、婚姻の綴りを、ほかのどの綴りよりも多く写させた。理由を聞いたことがある。師は、この綴りは人がいちばん短い言葉を使う場所と、いちばん長い記録が残る場所とが、隣り合っているからだ、と答えた。短い言葉を信じるな、とは言わなかった。長い記録だけを信じろ、とも言わなかった。両方を並べて、合うところと合わぬところを見よ、とだけ言った。私はこの本で、それをやった。うまくやれたかどうかは、読んだ者が決めることで、私が決めることではない。
箱を閉じる。八つの綴りは、来たときと同じ箱に入る。戻った財の受取書は、その箱に入る。戻らなかった時間は、入らない。その先の暮らしは、次の帳面の一行に載る。私はそれを読みに行く。詰所には、もう次の箱が届いている。
王国歴1664年 青葉の月 4の日
神前法廷 履行検分人詰所にて
法学士 アデル・ロ・ハーゲン




