第9話 恋人なら、手作り弁当くらい当然ですよね?
夕暮れの通学路。
俺の制服の裾を小さく握りしめたまま、白鷺さんは無言で歩いていた。
別れ道が近づいてきた、その時だった。
「……結弦くん」
「ん?」
「明日のお昼……一緒に食べませんか?」
「あ、いいけど」
俺が即答すると、彼女は少しだけ迷うように視線を泳がせ。
そして、小さな声でこう言った。
「お弁当……作ってきます」
「……え?」
俺が驚いて振り返ると、白鷺さん本人も「あれ?」という顔をして自分の口元を押さえていた。
どうやら、自分でも言うつもりのなかった言葉がポロリと出てしまったらしい。
だが、すぐに彼女はあの小悪魔なお嬢様スマイルを作り直し。
「こ、恋人ですから♡」
そう言い残し、白鷺さんは逃げるように駆けていった。
……反則だろ。
夕日に染まる道に取り残された俺は、しばらく呆然とその背中を見送るしかなかった。
翌朝。
教室のドアが開き、白鷺さんが登校してきた。
手には、小さな紙袋。
それから——指先に、小さな絆創膏が一枚貼ってあった。
いつものように優雅な足取りだが、目の下に少しだけ眠そうな翳りがある。
俺の席の横まで来ると、彼女はふわりと立ち止まった。
「おはようございます、結弦くん」
「お、おはよう」
「はい、これ」
持っていた紙袋をすっと俺の机に置く。
「……本当に作ってきたのか」
「当たり前です。恋人なんですから」
少し照れたように微笑む彼女の耳の先は、ほんのりと赤かった。
そのやり取りを、クラスの連中が見逃すはずがない。
「え!? 白鷺さん、それって手作り弁当!?」
「うそだろ!?」
「高坂ァァァァァァ!!!」
教室が一瞬にして騒然となった。
「ねえねえ、どこで食べるの!? 教室で食べなよ!」
西園寺さんが目を輝かせて俺の机にやってきた。
「今日は、空き教室で食べます」
珍しく、白鷺さんが即答した。
「えー、なんでー?」
「……二人で、食べたいので」
少しだけ視線を逸らしながら、耳を赤くして、そう言ってのけた。
「キャーーーーーーーッ!!!」
「尊いぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「高坂お前今日こそ絶対に沈めるからな!!」
俺は完全に逃げ場を失った。
昼休み。
旧校舎の使われていない空き教室にパイプ椅子を二つ並べ、向かい合わせに座る。
「……開けますね」
白鷺さんが、少し緊張した面持ちで紙袋からお弁当箱を取り出した。
そっと、蓋を開ける。
そこに並んでいたのは。
少しだけ焦げた卵焼き。
足が三本しかないタコさんウインナー。
少し茹ですぎて色がくすんだブロッコリー。
そして、丸められた大きめのおにぎりが二つ。
白鷺さんは、両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、視線を泳がせている。
その耳は、茹で上がったように真っ赤だった。
「は、初めてなので……」
消え入りそうな声で呟く彼女の指先に、朝気になった絆創膏が見えた。
俺は、何も言わずに箸を取った。
少し焦げた卵焼きを、口に運ぶ。
白鷺さんが、固唾を飲んで俺を見守っている。
その瞳は不安に揺れていて、今にも泣き出しそうだった。
俺はしっかりと噛み締め、飲み込んでから。
「美味しい」
短く、そう言った。
「えっ?……本当ですか?」
「うん。本当に。」
少し考えてから、付け加えた。
「この卵焼き、俺好きだ。あまじょっぱい感じが、すごい良い!!」
「えっ……」
白鷺さんの動きが、ピタリと止まり俺を見つめてくる。
「いや、卵焼きが」
大きく見開かれた瞳が俺を見つめ、みるみるうちに顔全体が赤く染まっていく。
両手で顔を覆い、「ふにゅう」と情けない声を出した。
俺はそんな彼女を見ながら、タコさんウインナーとおにぎりを頬張った。
見た目は少し不格好だけど、味は本当に美味しかった。
気付けば、おにぎりもタコさんウインナーも、箸が止まらなかった。
「すっごく美味しい。おにぎりもタコさんウインナーも何もかも……でも、なんで急に、弁当作ろうと思ったんだ?」
俺が尋ねると、白鷺さんは指の隙間からこちらを覗き込み、少し考えてから。
「……なんとなくです」
「なんとなく?」
彼女は一度視線を落とした。
「恋人ですから」
「それ昨日も聞いた」
「……」
「それ以外の理由、あるのか?」
白鷺さんは少しだけ俯いた。
「……本当は」
俺の顔を見つめながらぽつり、と。
「結弦くんだけのお弁当、作ってみたかったので」
……心臓に悪い。
「……ごちそうさま。本当に美味しかった。ありがとう。」
「……はい。お粗末さまでした」
「その絆創膏」
「え?」
「作る時?」
白鷺さんは慌てて手を隠した。
「……ちょっとだけです」
「痛くないのか?」
「……結弦くんがおいしいって言ってくれたので」
空になった弁当箱を見つめながら、白鷺さんは嬉しそうに微笑んだ。
放課後。
いつもの帰り道。
「今日はありがとう」
「ふふっ。どういたしまして」
少し前を歩く白鷺さんは、ご機嫌な様子で足取りも軽い。
「また今度、作ってもいいですか?」
振り返りながら、そう言った。
「毎日は勘弁」
「え……」
「朝早いだろ。無理すんな」
俺が苦笑すると、白鷺さんはくるりと前に向き直り、あの小悪魔なお嬢様スマイルを浮かべた。
「……じゃあ、また今度」
白鷺さんは笑った。
ぎゅっ。
裾が軽く引かれる。
見なくても分かった。
また掴んでる。
……もう、何も言えなかった。
夕焼けの帰り道を、俺たちは並んで歩き続けた。
第9話、お読みいただきありがとうございます!
白鷺さんの初めての手作り弁当、いかがでしたでしょうか。
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