第8話 恋人なら、嫉妬くらいしますよね?
昼休み。
四時限目のチャイムが鳴り終わると同時に、俺の机の前に女子が二人、西園寺 陽菜と朝比奈 葵が立ち塞がった。
「高坂くん、ちょっと来て!」
「は? 何か用事?」
「いいからいいから! 勉強をちょっと教えてほしいんだよね。」
「私にやらせるなよ……ほら高坂、行くぞ」
「ちょ、引っ張るな!」
引っ張られながら、ふと白鷺さんの方を見た。
目が合った。
「白鷺さん、ちょっと彼氏借りていい?」
朝比奈さんが、なんでもない顔で言った。
白鷺さんは一瞬だけ止まって、それからいつもの完璧な微笑みを浮かべた。
「どうぞ」
たった一言。
笑顔は完璧だった。
俺は西園寺さんに引っ張られて、そのまま女子グループの机へ連行された。
「で、何の話だ?」
「陽菜が英語の小テストで赤点取った。教えてやってくれ」
「なんで俺?」
「私じゃ陽菜のバカを教えきれない」
「ひどいっ! 葵ひどい!」
ギャーギャーと騒ぐ西園寺さんを無視して、俺は昨日の小テストを開いた。
「問三の構文、どこで間違えた?」
「ここ」
「ほら、この節が動詞にかかるから――」
説明しながらノートへ丸を付けていく。
「なるほど」
「だからここは――」
「……高坂」
「ん?」
「お前、自分の答案に丸付けしてどうすんの」
「…………」
しまった。
俺は説明に夢中になって、自分の答案へ赤丸を書き込んでいた。
「あははっ!」
朝比奈さんが吹き出した。
「高坂そこ間違えるか普通?」
「うるせー!」
「先生でもそんなミスしないよ」
「説明してたら分かんなくなったんだよ!」
「言い訳!」
気づくと、普通に笑いながら話していた。
白鷺さんのそばにいる時とは違う、緊張も気遣いもない、ただのクラスメイトとの会話。
長文問題を一通り解説し終えると、朝比奈さんが言った。
「高坂、教えるの上手いな。わかりやすい」
「そうか?」
「うん。今度また教えて。次の小テスト前」
「まあ、別にいいけど。教えるくらいなら別に大したことじゃないし」
朝比奈さんが、さらっと言う。
俺も、さらっと答えた。
それだけだった。
ふと顔を上げると。
白鷺さんと目が合った。
……ん?
すぐにぷいっと逸らされる。
気のせいかと思い、俺はまた朝比奈さんたちへ向き直った。
「高坂、聞いてる?」
「ん? あっ、悪い悪い」
再び問題を説明する。
「あー、それで分かった」
「だからここは――」
また笑い声が漏れた。
何気なく顔を上げる。
また、目が合った。
今度も、すぐ逸らされた。
……なんだ?
「次、この問題な」
「はいはい」
「返事は一回」
「はーい」
西園寺さんのやりとりに笑いが起きる。
その拍子に、俺は自分のシャーペンの芯が切れていることに気づいた。
「あ、芯切れた。誰か貸して」
「ほら」
朝比奈さんが自分のシャーペンを無造作に放ってよこす。
受け取って、そのまま解説を続けた。
特に何も思わなかった。ただのシャーペンだった。
白鷺さんの箸が、少しだけ止まっていた。
「……あれ?」
西園寺さんが、小さく首を傾げた。
「何?」
「いや」
西園寺さんは、ちらっと白鷺さんを見る。
「ねぇ」
「はい?」
「今日のお弁当、美味しい?」
「……え?」
「いや、なんか箸止まってるから」
「……あ」
白鷺さんは慌てて卵焼きを口に運んだ。
「美味しいですよ」
「ふーん」
西園寺さんはそれ以上突っ込まず、また俺たちの方に向き直った。
「高坂、この問題もう一回説明して」
「さっきやっただろ」
「忘れた」
「お前……」
仕方なく、もう一度同じ説明を繰り返す。
朝比奈さんが横で頷きながら聞いていた。
「あ、それなら分かる」
「だから最初からそう言えよ」
「言ったもん」
「言ってない」
軽口の応酬に、また笑いが起きた。
視線を感じて顔を上げると、白鷺さんがこっちを見ていた。
目が合うと、少し遅れて、いつもの微笑みが浮かぶ。
でも、その笑顔が一瞬だけ、貼り付けたみたいに固まって見えた。
気のせいだろうか。
俺はすぐに問題集へ視線を戻した。
朝比奈さんが、水筒を取りに行くふりをしながら西園寺さんの肩を軽くつついた。
「ねぇ。」
「ん?」
「いくらなんでも、高坂くんと距離近くない?」
「え?」
西園寺さんは俺の方を見て、それから首を傾げた。
「そう?」
「勉強教えてもらってるだけだけど」
「……そうなんだけどさ」
朝比奈さんは、ちらっと白鷺さんを見る。
「なんか」
「さっきからあんたのこと、めっちゃ見てない?」
「えっ?」
西園寺さんも何気なく白鷺さんを見る。
目が合った。
白鷺さんは、にこっと微笑んだ。
「……」
朝比奈さんは首を傾げた。
「気のせいじゃない?」
「かなぁ……」
二人の声は小さく、俺のところまでは届かなかった。
「高坂、続き」
「あ、ごめん」
俺は何も気付かないまま、また問題集へ目を落とした。
「高坂くん、次のページも教えて」
「はいはい」
「返事は一回って言ったばっかりじゃん」
「うるせー」
また笑いが起きる。
一通り解き終わって、朝比奈さんが伸びをした。
「助かった。ありがとう」
「別に大したことしてないし」
「今度またお礼するわ」
「いらないって、そんなの」
その時。
「――次の小テスト前も教えてくれる?」
「まあ、別にいいけど」
俺は特に深く考えず、そう答えた。
勉強を教えるくらい、大したことじゃない。それだけのことだった。
白鷺さんの箸が、また止まった。
「はい、今日の勉強会はここまで!」
西園寺さんが勝手に締めくくった。
「勉強したの十分くらいじゃね?」
「細かいことは気にしない!」
みんなが立ち上がりながら笑う。
朝比奈さんが自分の机を戻しがてら、白鷺さんの方へ軽く頭を下げた。
「白鷺さん、彼氏借りちゃった」
「……お返しください」
朝比奈さんは少しだけ目を丸くした。
「あ、ごめん。はい、お返しします」
白鷺さんは、小さく頷いた。
白鷺さんは、いつものように微笑んだ。
でも。
耳だけが、ほんの少し赤かった。
「お待たせ」
「……遅いです」
「え?」
「……なんでもありません」
放課後。
一緒に帰る道すがら、白鷺さんはずっと無言だった。
いつもならからかってくる小悪魔スイッチが、今日は一度も入らない。
俺は横目でちらっと見た。白鷺さんの視線は、俺の制服の袖のあたりをさまよっていた。
「白鷺さん、今日ずっと静かだね。体調悪い?」
「悪くないです」
「じゃあ機嫌――」
「悪くないです」
食い気味だった。
俺は少し考えて、思いつく限りの角度から原因を探ってみることにした。
「もしかして、昨日の掃除当番の件?」
「違います」
「じゃあ弁当のおかずが気に入らなかった――」
「違います」
「なら、体育のドッジボールで俺が的にされて痛かったこと同情してくれてる?」
「……どんだけ鈍いんですか、結弦くんは」
俺は思わず首をかしげた。
「え?」
白鷺さんが足を止めた。
振り返った俺の目の前で、白鷺さんの指先が、俺の制服の裾をきゅっと掴んだ。
「今日は、こっちがいいんです」
それだけ言って、白鷺さんは俺の裾を掴んだまま、さっさと歩き出した。
俺は引っ張られる形で、隣を歩くしかなかった。
白鷺さんの耳は、夕焼けのせいだけじゃないくらい赤かった。
俺はまだ、何が「こっち」なのか分からなかった。
分からないまま、裾を掴まれた感触だけが、やけに熱く残っていた。
第8話、お読みいただきありがとうございます!
白鷺さんが無自覚に「嫉妬」するお話でした。読者の皆様だけが「あー、嫉妬してるな(笑)」とニヤニヤしていただけたなら大成功です!
「白鷺さん可愛い!」「西園寺いい仕事する!」「結弦、鈍感すぎる!」と思っていただけましたら、ぜひ星(評価)やフォローをお願いいたします!




