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「恋人のフリだけですから♡」と言った学校一のお嬢様が、毎日俺を本気で落としにくる。  作者: リディア


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第7話 恋人なら、名前で呼びますよね?

「それじゃ、また明日ー! 今日は帰り道で名前呼びの練習でもしなよー!」


 帰りのホームルームが終わり、西園寺さんが教室を出ていく間際にそんな爆弾を落としていった。


「陽菜、余計なこと言わないの」

「いいじゃん。応援してるんだから」


 朝比奈さんが呆れ顔で追いかけていく。

 クラスの連中が「ヒュー!」と囃し立てる中、俺は机に突っ伏して白旗を振った。


 嵐のような一日だった。


 朝の校門待ち伏せから始まり、教室での交際宣言、そして昼休みの……「事故あーん」。


 致死量のラブコメイベントが詰め込まれた一日だった。


「……今日は、疲れた」


 夕暮れの通学路。

 二人きりになった帰り道で、俺は心底げっそりとした声を出した。


「ふふっ、私は楽しかったですけどね」

「俺だけHPゼロなんだけど。というか、もうマイナス振り切ってる」


 隣を歩く白鷺さんは、どこ吹く風といった様子で楽しそうに笑っている。


 二人の足音だけが、並んで道に落ちていた。


 ピタリ。


 隣の足音が、止まった。


「……結弦くん」

「ん?」


 少し前で振り返ると、白鷺さんが立ち止まっていた。


「一つだけ、問題があります」

「問題?」

「はい」


 小さくこくりと頷いて、口を開く。


「私たち、恋人なのに……まだ結弦くんが名字呼びです」


「……は?」


 名字呼び。

 白鷺さんと、結弦くん。


「……いやいやいや!」


 俺は慌てて両手を振った。


「無理だろ! 名前呼びなんてハードル高すぎるよ!」

「そうですか? 西園寺さんも言ってたじゃないですか。恋人なら、普通のことですよ」

「あいつの言うことを真に受けるな!」

「でも、偽装とはいえ恋人です。いつまでも名字で呼んでいたら、周りに怪しまれちゃいますよ?」


 正論だった。


「外だから! 誰か聞いてるかもしれない!」

「誰もいませんよ」

「そういう問題じゃない!」


 俺が必死に抵抗していると、白鷺さんがすっと一歩、距離を詰めてきた。

 上目遣いで、俺の目を見る。


「……呼んでください」

「だから……」

「一回だけ」

「……」

「お願いします」


 夕日を背にした白鷺さんの顔に、いつものからかうような笑みはなかった。


 少しだけ潤んだ瞳。

 小さな耳の先が、ほんのりと赤い。


 俺はごくりと唾を飲み込んだ。


「……み」


 一度、息を吸う。


「……澪」


 風が、ふわりと吹き抜けた。


 白鷺さんは、完全に停止した。

 ぱちり、と一度だけ瞬きをして、そのまま固まっている。


「…………もう一回」


 蚊の鳴くような声だった。


「は?」

「今の……もう一回、言ってください」


 顔を真っ赤にしたまま、両手で頬を押さえてこちらを見上げてくる。


 ……なんだよ、それ。


 俺はたまらず視線を逸らした。


「もう言わない。一回だけって約束だろ」

「む〜。けち」

「けちで結構。というか、お前だって俺のこと『結弦くん』って呼んでるけど、本当は『くん』付けもおかしいだろ」

「っ……!」


 びくっと肩を揺らした白鷺さんに、俺はたたみかけた。


「ほら、言ってみろよ。呼び捨てで」

「そ、それは……」


 視線を泳がせ、もじもじと指先を絡ませる。


「……ゆ」

「……」

「……結弦……くん」

「お前も言えてないじゃん!」


 俺がツッコミを入れると、白鷺さんは「あぅ」と情けない声を出して俯いた。


「……だって、恥ずかしいじゃないですか」

「自分から言い出したくせに」


 俺たちは顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出した。


「今日は、引き分けですね」

「ああ。また今度、練習だな」


 笑い合いながら、再び歩き出す。


 ふと。

 右腕に、かすかな重みを感じた。


 見下ろすと、白鷺さんがいつものように、俺の制服の袖をきゅっと掴んでいる。


「また掴んでる」

「……え?」


 白鷺さんはハッとしたように顔を上げ、慌てて手を離した。

 そして、少しだけ迷うように手を彷徨わせた後。


 袖ではなく、制服の裾を、親指と人差し指でちょこんと摘んだ。


「そこならいいのか?」

「少しだけです♡」


 顔を赤くしたまま、強がるように小悪魔スマイルを作ってみせる。


 昨日より、帰り道が短く感じた。


「……結弦くん」

「ん?」

「今日は、一回だけで我慢します」

「?」

「次は二回、呼んでもらいますから」


 そう言って笑う彼女の耳は、まだ真っ赤だった。


第7話、お読みいただきありがとうございます!

「名前呼び」という小さな一歩、そして最後に見せた白鷺さんの素の行動、いかがでしたでしょうか。

「ニヤニヤした!」「二人とも可愛い!」「このまま付き合っちゃえ!」と思っていただけましたら、ぜひ星(評価)やフォローをお願いいたします! 応援が何よりの執筆の原動力です!

次回、第8話。

「恋人なら、嫉妬くらいしますよね?」

お楽しみに!


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