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「恋人のフリだけですから♡」と言った学校一のお嬢様が、毎日俺を本気で落としにくる。  作者: リディア


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第6話 恋人なら、あーんくらい普通ですよね?

「……意外と、いい人でしたね」

「……だから、困るんです」


 そんな御堂筋先輩とのやり取りを経て、俺たちは教室へと戻ってきた。

 ガラリ、とドアを開ける。


「帰ってきた……」

「きたきた!」


 教室の中は、相変わらずざわついていた。

 男子たちの目は血走り、女子たちは目を輝かせて俺たちの一挙手一投足を観察している。


 ……また始まるのか、これ。


 俺は深いため息をつき、極力目立たないように自分の席へ向かった。

 早く弁当を食って、この針のむしろをやり過ごそう。

 そう思って鞄から弁当箱を取り出した、その時だった。


「結弦くん」


 背後から、甘い声が聞こえた。

 振り返ると、お嬢様スマイルを浮かべた白鷺さんが、小さなピンク色のお弁当箱を持って立っていた。


「今日は、一緒に食べましょう」


 シン……。


 教室が、三度目の静寂に包まれた。


「ま、またかよ!! 高坂お前、調子乗んなよ!!」

「きゃー! かわいい〜! 初々しい〜!」


 男子の悲鳴と女子の歓声が、見事なステレオで俺の両耳を攻撃してくる。


「いやいやいや」


 俺は慌てて両手を振った。


「ここ教室だから。みんな見てるから。お前は自分の席で優雅に食べてくれ」

「えー?」


 白鷺さんは少しだけ首を傾げ、小悪魔のような笑みを浮かべる。


「でも、私たち恋人ですよ?」


 そして、少しだけ距離を詰める。


「恋人同士が一緒にお弁当を食べるなんて、普通のことじゃないですか」

「それはそうかもしれないけど、状況が……!」

「結弦くんは、私と一緒に食べるの、嫌ですか?」


 上目遣いのまま、きゅるんとした瞳で見つめてくる。

 よく見ると、彼女の小さな耳の先が、ほんのりと赤くなっている。


 ……ズルい。

 そんな顔を向けられたら、どうしろってんだ。


 俺ががっくりと肩を落とすと、白鷺さんは「やったぁ」と小さくガッツポーズをして、俺の向かいの席に座った。


 すると。


「いいなー! 青春だ!」

「私もここで食べよーっと!」

「白鷺さん、高坂くんのどこが好きになったの!?」


 わらわらと、女子たちが周りに集まってきた。

 先陣を切ったのは、クラスのムードメーカーで情報通の西園寺さいおんじ 陽菜ひなさんだ。

 椅子を持ってきて俺たちの隣に陣取り、眼鏡をくいっと持ち上げながら宣言した。


「はい注目! 今から『高坂結弦・白鷺澪カップル成立記念・公開審問』を始めます!」

「何が始まるんだよ!」


 すかさず横に座ったもう一人の女子——朝比奈葵あさひな あおいさんが、呆れ顔で言った。


「陽菜、テンション上げすぎ。高坂くんが引いてるよ」

「もう、細かいこと言わない! あたしは今、この教室で最も重要な歴史的瞬間を目撃してるんだから!」

「歴史的は言い過ぎでしょ」


 西園寺さんが暴走し、朝比奈さんがすかさず刈り取る。

 この二人、妙にテンポが合っている。


「で、高坂くん。一応聞くけど」


 朝比奈さんが、さらりと俺を見た。


「本当に付き合ってるの?」

「……まあ、そういうことになってる」

「なってる、って言い方が引っかかるけど、まあいいか」


 鋭い。

 こいつ、ちょっとこわい。


「白鷺さんは?」


 朝比奈さんが今度は白鷺さんに向く。


「はい。付き合っています」

「即答だ!! さすが白鷺さん!!」


 西園寺さんが身を乗り出した。


「じゃあ次の質問! いつから!?」

「陽菜、矢継ぎ早すぎ(やつぎばやすぎ)」

「いいから!」


 男子たちは遠巻きに、半分嫉妬・半分好奇心の目でこちらを見ている。

 完全に公開処刑の図だった。


「いただきますっ」


 白鷺さんが綺麗に手を合わせ、お弁当箱を開けた。

 中には、彩り豊かなおかずが綺麗に並んでいる。さすがはお嬢様、弁当も隙がない。


 俺も諦めて弁当を開け、卵焼きを口に運んだ。

 うん、母さんの卵焼きは今日も美味い。


 ふと顔を上げると。

 白鷺さんが、箸を止めてじっとこちらを見ていた。


「……どうしました?」

「いえ」


 意味深な笑みを浮かべ、彼女は自分の弁当箱から、綺麗に巻かれた卵焼きを箸でつまみ上げた。


 そして——それを俺の口元へと近づけてくる。


「あーん♡」


 教室の空気が、沸騰した。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺の口から、情けない裏返った声が出た。


「キャーーーーーーーッ!!」

「死ねぇぇぇぇぇぇ高坂ァァァァァァ!!」


「な、ななな何やってんだお前!」

「何って、『あーん』ですけど?」


 白鷺さんは悪びれる様子もなく、ニコニコと笑っている。


「恋人ですよ? これくらい、普通ですよね?」

「普通じゃない! ここ学校! クラスの連中が全員見てるんだぞ!」

「じゃあ」


 白鷺さんは、少しだけ首を傾げて。


「誰も見てなかったら、してくれますか?」

「そ、それは……っ」

「答えて高坂くん! ここ重要!!」


 西園寺さんが、どこから取り出したかわからないメモ帳を開いた。


「陽菜、それ何の準備よ」

「審問記録!」

「裁判続けてたの!?」


 朝比奈さんのツッコミが決まった瞬間、教室が笑いに包まれる。

 俺の顔は、間違いなく茹でダコのように真っ赤だろう。


「もう……結弦くんの、意地悪」


 ふと。


 白鷺さんが、少しだけしゅんとした顔をして、箸を下ろした。


「せっかく勇気、出したのになぁ……」


 ぼそっと。


 俯いた彼女の耳が、先ほどよりも深く赤く染まっていた。


 ……まずい。


 断った俺が悪者みたいな空気になっているのも、なんだかすごく居心地が悪い。


「……あー、もう!」


 俺は頭を掻きむしった。

 そして、無意識のうちに。


 白鷺さんが箸で持ったままの卵焼きへ、少しだけ身を乗り出した——。


 その瞬間。


「あっ」


 白鷺さんの手が少しだけ滑り、卵焼きが箸からこぼれ落ちそうになった。


 俺の体は、思考よりも先に動いていた。


 パクッ。


「…………え?」


 白鷺さんが、ぽかんと口を開けた。

 俺も、ぽかんとした。

 口の中に、甘くて出汁の効いた、上品な卵焼きの味が広がっている。


 教室内が、四度目の静寂に包まれた。


「…………食べた」


 西園寺さんが、震える声で呟いた。


「食べたぁぁぁぁぁ!?」

「キャーーーーーーーーッ!!!」

「高坂、今日の放課後体育館裏な!!!」


「ち、ちがっ! これは落ちそうになったから反射的に!」


 俺が必死に弁明しようとするが、誰の耳にも届いていない。

 ふと、向かいの白鷺さんを見る。

 彼女は、箸を持ったまま固まっていた。


 そして。

 みるみるうちに、顔が、耳が、首筋までもが、茹で上がったように赤く染まっていく。


「……食べて、くれた」


 両手で顔を覆い、机に突っ伏した。

 指の隙間から見える瞳は、潤んでいる。


「……えへへ」

 ——その声が聞こえた瞬間、俺の心臓は完全にノックアウトされた。



 予鈴が鳴り、嵐のような昼休みがようやく終わった。


「尊い……最高だった……」


 西園寺さんたち女子グループが、満足そうな顔で自分の席へ戻っていく。


「陽菜、審問記録どうするの」

「永久保存に決まってんじゃん」

「やめなよ」


 男子たちは、半分くらいが魂の抜けたような顔で虚空を見つめている。

 俺は机に突っ伏し、HPがゼロになったことを自覚した。


「結弦くん」


 前を向いたままの白鷺さんが、小さく声をかけてきた。


「……なんだよ」

「お弁当、一緒に食べてくれて、ありがとうございました」


 俺が顔を上げると、白鷺さんは少しだけ振り返って、微笑んだ。


 いつもの完璧なお嬢様スマイルでも、小悪魔なからかいの笑みでもない。

 照れくさそうな、でも本当に嬉しそうな、年相応の女の子の笑顔。


 その耳は、まだほんの少しだけ赤い。


 まったく、耳まで真っ赤なくせに、それでも平然と笑うんだよな。

 ……もう反則だろ。


 ただ一つだけわかるのは——彼女の卵焼きが、信じられないくらい甘くて、美味しかったということだ。


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