第5話 生徒会長は、爽やかに宣戦布告する
ガラッ。
昼休みのチャイムが鳴り終わった直後の教室。
開け放たれたドアの枠に寄りかかるようにして、その人は立っていた。
「——白鷺さん。少しいいかな?」
声だけで、教室の空気が変わった。
さっきまで俺と白鷺さんの「交際発言」で蜂の巣をつついたような騒ぎだったのに、今は誰一人として言葉を発しない。
生徒会長・御堂筋先輩が、爽やかな笑顔を浮かべて教室の中を覗き込んでいた。
……来た。
俺の背筋に、嫌な汗が伝った。
御堂筋先輩の視線が、教室の奥に座る白鷺さんを真っ直ぐに捉えている。
白鷺さんは小さく息を呑み、「はい」と短く返事をして席を立った。
だが。
教室の前へ向かおうとした彼女の足が、俺の席の横でピタリと止まる。
「……」
白鷺さんが、すがるような視線を俺に向けてきた。
いつもの小悪魔な余裕は、微塵もなかった。
俺がどうするべきか迷っていると……。
「高坂くんも、来てもらえるかな」
御堂筋先輩が、柔らかな笑顔のまま俺の名前を呼んだ。
「……俺、も?」
「うん。君にも少し、話しておきたいことがあってね」
教室中が「おぉ……」と低くざわめく。
修羅場だ。誰がどう見ても修羅場の構図だ。
俺はごくりと唾を飲み込み、腹を括って席を立った。
教室から少し離れた、人気のない廊下の角。
窓から差し込む昼の光の中に、御堂筋先輩は立っていた。
背は俺より高く、姿勢は真っ直ぐ。
どこから見ても、隙がない。
俺と白鷺さんは、その人と向かい合う形で立った。
「昨日から、少し噂になっているね」
静寂を破ったのは、御堂筋先輩の穏やかな声だった。
責めるような響きは一切ない。
「白鷺さんと高坂くんが、付き合っているそうだね」
「はい」
俺はまっすぐ答えた。
「……そうか」
先輩は、小さく息を吐いた。
沈黙が落ちた。
廊下の向こうから、遠く昼休みの喧騒が聞こえてくる。
その静けさの中で、先輩はただ俺を見ていた。
笑顔のまま。一切ぶれずに。
なんだ、この圧は。
「残念だ」
先輩は、少しだけ困ったように——でも、どこか晴れやかな顔でそう言った。
「でも、安心したよ」
「……安心、ですか?」
俺が聞き返すと、先輩はゆっくりと頷いた。
「白鷺さんは、誰に対しても優しくて、いつでも完璧だった。僕がどれだけ言葉を尽くしても、彼女はずっと壁の向こう側にいるような気がしていたんだ」
白鷺さんの肩が、ぴくりと揺れる。
「でも、今朝の二人を見てわかったよ。白鷺さんが君を見る時の目は、僕に向けるものとは全然違っていた」
……たぶん、あのだらけた素顔を知っているからだ。
俺は黙って、先輩の言葉を聞いていた。
「君が相手なら、彼女も心から笑えるんだなって。そう思えたんだ」
「え?」
「え?」
俺と白鷺さんの声が、綺麗にハモった。
あまりにも潔すぎる。
俺は正直、拍子抜けしてしまった。
「ただ、一つだけ」
先輩が、スッと表情を引き締めた。
その瞬間——空気が、変わった。
爽やかさはそのままに、さっきまでとは全く違う何かが、廊下に満ちた。
「本当に、彼女を幸せにしてあげてほしい」
真っ直ぐな瞳が、俺を射抜く。
「……はい」
俺は先輩から目を逸らさなかった。
逸らしたら、負けだと思った。
「ありがとう。それじゃあ、僕はこれで」
御堂筋先輩はいつもの爽やかな笑顔に戻り、踵を返した。
——終わった。
俺が息を吐きかけた、その時。
ぴたりと。
先輩の足が止まった。
ゆっくりと首だけを巡らせ、肩越しにこちらを振り返る。
逆光で表情はよく見えない。
ただ、口元だけが、綺麗な弧を描いているのがわかった。
「——もし泣かせたら」
一拍、沈黙。
「その時は、遠慮なく迎えに行くよ」
笑顔だった。
最初から最後まで、ずっと笑顔だった。
なのに。
俺の背筋が、ゾクッと粟立った。
先輩はそれだけ言い残すと、今度こそ振り返ることなく廊下の奥へと消えていった。
「…………こわっ」
俺は溜め込んでいた息を、一気に吐き出した。
腕を摩ると、見事に鳥肌が立っている。
「なんだあのプレッシャー……。完璧超人ってレベルじゃないだろ。主人公かよ」
先輩が廊下の角を曲がり、完全に見えなくなった。
しばらく、二人とも何も言えなかった。
「……意外と、いい人でしたね」
「ああ」
俺は無愛想に返しつつ、その言葉の意味をかみしめていた。
「……だから、困るんです」
「え?」
「御堂筋先輩が、もっと悪い人だったらよかったのに。自分勝手で、嫌な人だったら、私も『完璧なお嬢様』の仮面を被ったまま、冷たく突き放せたのに」
ぽつり、ぽつりとこぼれ落ちる言葉。
俺は何も言えなかった。
白鷺さんがずっと抱えていたものの重さが、初めてわかった気がした。
「でも、結弦くんがいてくれてよかった」
不意に、白鷺さんが顔を上げた。
いつもの小悪魔な笑みではなく、どこかほっとしたような、柔らかい表情。
「一人じゃ、きっと押し切られてました。結弦くんが隣にいてくれたから……私、すごく安心できたんです」
「……そうか」
それだけ返した。
でも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを、止められなかった。
「よし。じゃあ、教室に帰ろう。弁当の時間がなくなる」
「ふふっ。結弦くんは色気より食い気ですね。はい、帰りましょう」
並んで廊下を歩き出す。
さっきまでの緊張が、嘘のように消えていた。
と、その時。
「——ん?」
俺の右腕の袖が、きゅっと軽く引かれた。
見下ろすと、白鷺さんが俺の制服の袖口を、小さな指先でつまんでいる。
顔は真っ直ぐ前を向いたまま。
「どうした?」
「今日は、袖だけで我慢します」
「……は?」
「腕を組んだら、また結弦くんが赤くなっちゃうので」
「赤くなってない。あと、袖だけでも十分近い」
「そうですか? 恋人ですから、これくらい普通ですよ♡」
くすくすと笑う彼女の耳の先が、またほんの少しだけ赤く染まっていた。
演じてるのか、素なのか。
どっちなんだよ、まったく。
「ほら、結弦くん。早くしないと昼休みが終わっちゃいますよ」
「……誰のせいだと思ってんだ、誰の」
袖をつままれたまま、俺は小さく息を吐いた。
……これ、本当にフリなんだよな。
第5話、お読みいただきありがとうございます!
爽やかだけど圧倒的な強敵・御堂筋先輩の登場、そして二人の絆が少しだけ深まるお話でした。
「先輩かっこいい!」「でも白鷺さんは結弦のもの!」「最後ニヤニヤした!」と思っていただけましたら、ぜひ星(評価)やフォローで応援よろしくお願いいたします!
次回、第6話。
「恋人なら、あーんくらい普通ですよね?」
波乱の昼休み後半戦! 初めての「あーん」イベント発生!? お楽しみに!




