第33話 恋人なら、料理対決くらい息ぴったりですよね?
「よーし! みんな集まったね!」
夏休み中盤、雲一つない青空の下。
市外の川辺にある広々としたバーベキュー場に、西園寺の元気な声が響き渡った。
「今日はただ肉を焼いて食べるだけじゃないよ! 題して、『第一回・ペア対抗オリジナル焼きそば対決』を開催しまーす!」
「はぁ?」
「なんだそれ」
俺と田中が同時にツッコミを入れるが、西園寺は全く意に介さない。
「ルールは簡単! 男女ペアになって、用意された食材で一番美味しい焼きそばを作ったチームの勝ち! 優勝ペアには、高級和牛の特上カルビ一皿を贈呈します!」
「うおおおぉぉ! やる! 絶対勝つ!」
さっきまで面倒くさそうにしていた田中が、特上カルビと聞いた瞬間に目の色を変えた。
「ペアはくじ引きで決めるけど……高坂くんと白鷺さんは、もちろん固定ね♡」
「おい、なんで俺たちだけ……」
「恋人同士を引き離すなんて、そんな無粋なことできないでしょ!」
西園寺がニヤニヤしながら俺たちを指差す。周囲のクラスメイトたちも「当然だろ」「見せつけてくれよ」と囃し立てる。
以前の俺なら「めんどくさい」とため息をついていたところだ。
だが、今は違う。
「……仕方ないな」
俺は小さく息を吐き、隣に立つ澪を見た。
「頑張りましょうね、結弦くん」
澪が、麦わら帽子の下でふわりと微笑む。
その自然な笑顔に、俺の口元も自然と緩んでいた。
「よーい、スタート!」
西園寺の合図と共に、各ペアが食材置き場へ走る。
俺と澪も鉄板の前に立った。
「結弦くん、私、野菜を切りますね。火起こしをお願いしてもいいですか?」
「もちろん、任せてほしい」
澪が包丁を手にキャベツと人参を切り始め、俺は手際よく炭に火を点けていく。
鉄板が十分に熱せられたところで、俺が油を引く。
澪が、切った野菜と豚肉を絶妙なタイミングで鉄板へ投入した。
ジューーーッ!
香ばしい音が弾ける。
「油が跳ねる。危ないから少し下がってて」
俺はヘラを握りながら、澪の前にサッと腕を出して庇った。
「ありがとうございます」
澪は自然に一歩下がり、俺の背後からソースのボトルを手渡してくれる。
「塩胡椒はこれくらいでいいかな?」
「はい。あと、隠し味にこれを少しだけ……」
澪が、持参したらしい小瓶から透明な液体を数滴垂らす。
「……なんだそれ?」
「ごま油に少しだけ鶏ガラスープを混ぜたものです。香りが引き立ちますよ」
「へぇ。さすがだな」
言葉は最小限。
お互いの動きが、まるで一つの歯車のように噛み合っていく。俺が肉を炒める間に彼女が麺をほぐし、俺がヘラで混ぜ合わせる間に彼女が味を調える。
何も相談していないのに、不思議なほど息が合っていた。
「……なぁ、あいつらヤバくないか?」
少し離れた鉄板で作業していた田中が、目を丸くしてこちらを見ていた。
「なんつーか、長年連れ添った定食屋の夫婦みたいな手際なんだけど」
「ホントだ……。無駄な動きが一切ない」
ペアを組んでいる朝比奈も、キャベツを焦がしながら呆れたように呟く。
「いやー、さすがカップル! 愛の力ってすごいねー!」
審査員気取りの西園寺が、メガホンを持って冷やかしてくる。
「うるさい。よそ見してると焦げるぞ」
俺はヘラを動かしながら適当に返し、澪が最後に紅生姜を添えて完成させた。
「できましたね、結弦くん」
「ああ、完璧だ」
俺たちがハイタッチを交わそうとした、その時だった。
「——ずいぶんと楽しそうだね」
ふいに、背後から落ち着いた声がした。
バーベキュー場の入り口付近。そこには、サングラスをかけ、カジュアルな私服を着こなした大人の男性が立っていた。
クラスメイトたちが「誰だ?」とざわつく中、澪の顔から一瞬にして笑顔が消え去った。
「……お兄様」
澪が、少しだけ震える声でその人を呼んだ。
お兄様?
俺はヘラを持ったまま、その男性と澪を交互に見た。
「澪。こんなところで、何をしているんだい?」
男性が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その視線は、澪の隣に立つ俺を、氷のように冷たく射抜いていた。




