第27話 恋人なら、連絡先くらい知ってますよね?
期末テストが終わり、学校はいよいよ終業式を目前に控えていた。
二組の教室には、テストの重圧から解放され、目前に迫った夏休みに向けて浮き足立った空気が充満している。
「夏休みだーーっ! 海だ! 祭りだ! 花火だぜ!」
田中が机の上に乗り出さんばかりの勢いで叫ぶ。
「はいはい。その前に大量の夏休みの宿題があるの忘れないでね」
朝比奈さんが冷水をぶっかけるが、今日の田中はダメージを受けない。
「そんなの最終日に徹夜すればなんとかなる! それより予定だよ、予定!」
「そうだね! 夏休み、みんなでどっか遊びに行こーよ!」
西園寺さんが目を輝かせて乗っかってきた。
「ねえねえ、遊びの予定立てるのに、いつものメンバーでグループLAIN作ろ!」
西園寺さんがスマホを取り出しながら提案した。
「お、いいね。葵もね」
「しょうがないな……」
わらわらと集まったメンバーで、QRコードを見せ合いながら連絡先の交換が始まる。
「高坂ー、お前も入れとくぞ」
「お、おう」
俺はスマホを取り出し、田中の画面を読み込んだ。
「よし、これで全員……あ、そうだ高坂。白鷺さんも招待しといてくれない? 俺たち誰も連絡先知らないんだわ。彼氏のお前から頼んでよ」
「高坂くん、よろしく!」
西園寺さんも完全に俺を頼りにしている。
「——あ」
俺の動きが、ピタリと止まった。
……そういえば。
俺、白鷺さんの連絡先知らない。
学校では毎日会う。文化祭もテスト勉強も、全部学校だった。必要になったことが、一度もなかった。
どうやって誤魔化す?
ここで「俺も知らない」なんて言ったら、絶対に怪しまれる。
俺が冷や汗を流していると。
斜め前の席に座っていた白鷺さんが、ふっと俺の方を振り返った。
ほんの一瞬だけ、目が合う。白鷺さんは、小さく目を瞬かせた。
だが。
「結弦くん」
次の瞬間には、いつもの完璧な笑顔で俺に声をかけていた。
「あとで、結弦くんのほうからグループへ招待してくださいね♡」
「あ、ああ……そうだな」
「よろしくー!」
田中も西園寺さんもあっさり引き下がった。
しかし、俺と白鷺さんの間には、ほんの少しだけ気まずいような、くすぐったいような沈黙が流れていた。
放課後。
いつものように、二人並んで帰る通学路。クラスメイトの姿がまばらになった場所で、俺は切り出した。
「……そういえば。連絡先」
「あ……」
白鷺さんが、少しだけ足を止める。
「……そうですね」
白鷺さんが、ふっと小さく笑う。そして小首を傾げて、いたずらっぽく言った。
「恋人なら……連絡先くらい、知ってますよね♡」
「……確かに」
俺も、思わず苦笑してしまった。
俺たちは同時にスマホを取り出した。画面に表示されたQRコードを読み込む。
『白鷺 澪』
俺の画面に、新しい名前が追加された。
連絡先を交換しただけ。それだけのはずなのに、妙に落ち着かなかった。
ちらりと前を見ると、白鷺さんは自分のスマホを見つめたまま、小さく笑った。
「よし。これでいつでも連絡できるな」
「はいっ」
スマホを鞄にしまい、再び歩き出す。
「そういえば」
帰り際、白鷺さんが思い出したように言った。
「……勝負の『お願い』、決まりました?」
「あー……まだ全然」
「そうですか。……ゆっくり考えてくださいね」
「おう」
「期限は……ありませんから♡」
急かすのではなく、この関係がずっと続くことを前提にしているような、そんな響きだった。
「……わかったよ」
俺は短く答え、彼女と別れた。
家に帰り、ベッドに寝転がった時だった。
ピコン♪
スマホが、短い通知音を鳴らした。画面には、さっき追加したばかりの名前。
『白鷺 澪』
『今日はありがとうございました♡』
俺はしばらく画面を見つめてから、返信を打った。
『こちらこそ』
すぐに既読がついた。
『はい♡』
俺はスマホを伏せた。
「……さて」
「お願い、どうするかな」
夏休み前の、なんでもない一日を書いてみました。
恋人なのに今さら……?という、偽装ならではの二人らしい一幕です。
何気ないメッセージのやり取りですが、私はこういう日常が結構好きだったりします。




