第25話 恋人なら、結果発表は一緒に見ますよね?
「終わった……俺の夏休みが、まだ始まってもないのに終わった……」
期末テスト初日の朝。
教室の空気を一番体現しているのは、机に顔を伏せてうわ言を繰り返す田中だった。
「数学、この世からなくならないかな!」
西園寺さんが教科書をパタパタと振り回しながら叫ぶ。
「なくならないよ」
朝比奈さんが即答した。
……俺も、人のことは言えないけどな。
俺はため息をつきながら、開いたノートの公式に目を落とした。
だが、俺の意識の大部分は、今から始まるテストそのものよりも、別のことに向いていた。
『一教科だけでも私より点数が高ければ。結弦くんの勝ちです。』
学年一位の白鷺さんに勝つ。
数学や理科は絶望的だ。でも、得意な『英語』なら。英語だけなら、あるいは。
「結弦くん」
不意に、小さな声が降ってきた。
顔を上げると、自分の席へ向かう途中の白鷺さんが、俺の机の横で立ち止まっていた。
「ん?」
「頑張ってくださいね♡」
周りには聞こえない、内緒話のトーン。
でも、その瞳はしっかりと俺を見ていた。
……この小悪魔め。
俺は少しだけ口角を上げてみせた。
「白鷺さんも足元すくわれないように気をつけろよ」
「ふふっ。期待していますよ、彼氏さん」
彼女は俺の強気な返しに満足したように目を細め、自分の席へと戻っていった。
「はい、席着けー。テスト配るぞ」
先生の号令と共に、教室の空気が一気に張り詰めた。
そして、三日間に及ぶ期末テストの戦いが始まった。
数学。
……やばい。時間が足りない。
俺は脂汗を流しながら、最後の大問までなんとか回答して提出した。
国語。
……普通。まあ、赤点はないだろ。
理科。
……微妙。ヤマが外れたかもしれない。
そして、最終日の『英語』。
俺は、ペンを握る手に力を込めた。問題用紙を開き、一問一問、丁寧に解いていく。
不思議と頭が冴えていた。英文がスラスラと頭に入ってくる。
見直しの時間もたっぷり余った。解答欄に埋まったアルファベットを、何度も、何度も確認する。
……これは、ワンちゃん?
終了を告げるチャイムが鳴り響く直前。
俺は、小さく息を吐いた。
……今までで一番、できたかもしれない。
「終わったーーーーーっ!!」
「夏休みだーーーーっ!!」
最後のテストが回収された瞬間、二組の教室は解放感の坩堝と化した。
田中が椅子から立ち上がって両手を突き上げ、西園寺さんがプリントの切れ端を紙吹雪のように撒き散らす。
「まだテストの返却があるけどね」
朝比奈さんが呆れたように言い放つ。
「やめて! 今だけは現実見せんな!」
田中の絶叫に、クラスがどっと沸く。
そんな喧騒の中。
俺と白鷺さんは、少し離れた席からお互いを見つめ合った。
「……」
「……」
誰も知らない、二人だけの勝負。
彼女の余裕そうな微笑みを見ると、少しだけ胃が痛くなる。だが、不思議と心地よい緊張感だった。
数日後。
テストが次々と返却されていく。
数学、国語、理科。
俺の点数は、まあ平均点より少し上といったところで、当然ながら学年トップの白鷺さんには遠く及ばなかった。
そして、英語のテストが返却され。
「学年順位の張り出しは、今日の昼休みに一階の掲示板に出すからなー。悲鳴上げないように」
ホームルームでの先生の言葉に、教室が再びざわつき始めた。
「見るの怖ぇぇぇ! 俺絶対補習だ……」
「行こ行こ! 早く見に行こ!」
「逃げても順位は変わらないよ、田中」
昼休みのチャイムが鳴るや否や、クラスの連中がどっと廊下へ飛び出していく。
……英語の順位。
俺は、手元にある英語の答案用紙を鞄にしまい、立ち上がった。
ちらり、と斜め前の席を見る。
白鷺さんも、静かに立ち上がっていた。
一階の掲示板前は、すでに黒山の人だかりができていた。
「どけどけ!」
「見えねぇって!」
「俺何位!? 赤点回避してる!?」
悲喜こもごもの声が飛び交う中、俺は少し離れた場所からその様子を眺めていた。
「……結弦くん」
隣に、白鷺さんがやってきた。
いつものように、俺の袖を少しだけ摘んでいる。
「一緒に、見にいきましょう」
「……ああ」
俺たちは並んで歩き出し、少しずつ人混みの中へと入っていく。
周りの生徒たちが、「あ、高坂たちだ」「白鷺さん、また一位かな」と道を譲ってくれる。
俺と白鷺さんは、同時に掲示板の前に立った。
学年上位五十名の名前が、上から順に張り出されている。
俺は、静かに息を飲んで。
その順位表を、見上げた。
英語。
上から順に、名前を目で追っていく。
一位、二位、三位——。
白鷺 澪。
やっぱり、一位だった。
そりゃそうだ。学年一位が、たかが期末テスト一回で崩れるわけがない。
俺は小さく苦笑して、自分の名前を探した。
……あった。
思わず、もう一度見た。
見間違いじゃないか確認した。
間違いなかった。
隣で、白鷺さんが小さく息を呑む気配がした。
「……結弦くん」
俺は何も言わなかった。
ただ、掲示板から目を離さないまま、少しだけ口角が上がるのを止められなかった。
第25話をお読みいただきありがとうございます!
テスト期間の高校生らしい空気と、二人だけの秘密の勝負を書いてみました。
そして、ついに結果発表。
掲示板の前で息を呑んだ結弦が見つけたものとは――。
続きも楽しみにしていただけたら嬉しいです!
「早く結果を教えて!」
「白鷺さんとの勝負どうなった!?」
「お願いの内容が気になる!」
と思っていただけましたら、★やフォローで応援していただけると励みになります!
次回、二人の約束が少しだけ動き始めます。




