第22話 恋人なら、一緒に勉強する約束くらいしますよね?
朝のホームルーム。
担任の先生が黒板に『期末テスト』と大きく書いた瞬間、二組の教室から一斉に悲鳴が上がった。
「えぇぇぇぇ!?」
「文化祭終わったばっかりなのに! 鬼! 悪魔!」
「まだ体力が回復してないのにぃぃ!」
特に西園寺さんの絶叫が凄まじい。
「終わったからテストなんでしょ。現実を見なよ」
朝比奈さんが隣で冷静にツッコミを入れるが、男子たちの間でも「終わった」「俺の夏休みが補習で消える」「数学マジでやばい」と、阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れている。
俺はため息をつきながら、黒板の日程をノートに書き写した。
……今回は、少し真面目にやるか。
文化祭で実行委員として動き回り、喫茶店の準備と本番でかなり時間を使った。その分、今回は順位を少し上げたいという気持ちがあった。
特別な理由があるわけじゃない。ただ、なんとなく。文化祭で少しだけ前向きになれた自分が、テストにもちゃんと向き合ってみようと思っただけだ。
「結弦くん」
不意に、真横から声がした。
見ると、白鷺さんが俺の机に手をつき、覗き込むようにしてこちらを見ている。
「今回は、順位どれくらいを狙うんですか?」
「え、あー……とりあえず平均80点以上、できれば10位くらいには入りたいかな」
「いいですね。結弦くんなら絶対にいけますよ」
ふわりと微笑み、俺のノートの端っこを指でなぞる。
その距離が、あまりにも自然だった。
……あれ?
ふと、俺は小さな違和感を覚えた。
文化祭は、終わったのだ。そもそも俺たちが「恋人のフリ」を始めたのは、御堂筋先輩の猛アタックを躱すためだった。そしてその先輩は、文化祭で「もう言うことはない」とバトンを渡して去っていった。
つまり、俺たちが恋人のフリを続ける大義名分は、もうどこにもないはずなのだ。
なのに。
白鷺さんは、ごく普通に俺の隣に来て、普通に話しかけ、普通に距離を詰めてくる。
そして俺も、それを全く嫌だと感じていない。
「……白鷺さんは、どうせまた学年トップだろ」
「ふふっ、油断は禁物ですよ」
俺は結局、その違和感を口にすることはできなかった。
「よーし! みんなで勉強会しよう!」
昼休みになり、西園寺さんがお弁当を食べながら高らかに宣言した。
「嫌だ! 俺はまだ文化祭の余韻に浸っていたい!」
クラスのお調子者、田中が机に突っ伏して叫ぶ。
「じゃあ赤点どうぞ。夏休み中ずっと補習室で余韻に浸れるよ」
「朝比奈の正論が痛い!!」
田中の嘆きに、クラス全体からどっと笑いが起きる。
「あ、そうだ。高坂、俺に数学教えてください!」
田中が突然、俺に向かって手を合わせた。
「ちょっと待ってくれ。なんで俺なんだよ。俺も数学は苦手な方だけど良いのか?」
「なんかさ、文化祭の前と後でちょっと違くない? 高坂のこと、前より頼りたくなる感じがして」
「……へぇ〜。そんな変わったかな、俺って」
「すっごい変わったぞ!!」
田中が至って真顔で頷く。
「マジで恋ってすごいのな!恋すれば俺も覚醒するはず。俺も恋してぇ〜〜っ!!」
西園寺さんがすかさず乗っかってくる。
「恋だけじゃないわ!」
「えー?」
「えー、じゃないわ」
「あ、俺も勉強会参加する!」
田中が手を挙げた。
「ちょっと待って、それは話が違う」
「えー、いいじゃん! みんなでやろうよ!」
「空気読め!」
「読め。」
西園寺さんと朝比奈さんが一拍もずらさず揃えた。
「二人の息が合う場面そこじゃないだろ!!」
田中の絶叫に、教室全体がまた沸く。
俺が苦笑いしながらその様子を眺めていると。
「では、一緒に勉強しましょう」
隣にいた白鷺さんが、すっと手を挙げて言った。
「え?」
「私が結弦くんに教えて、結弦くんが田中くんに教えればいいんです。みんなでやった方が、はかどりますよ」
「マジで!? 白鷺様! 一生ついていきます!」
「おー! じゃあ週末はファミレスに集合ね!」
トントン拍子で勉強会の予定が決まっていく。
「あれ?」
俺は気づいた。
「行くって一言も言ってないんだが?」
「だって結弦くん、「おう」って言いましたよ?」
白鷺さんが悪戯っぽく首を傾ける。
「……言った覚えがない」
「言いました。ちゃんと聞こえましたよ、ね、西園寺さん」
「聞こえた聞こえた! むしろ一番乗り気だったよ高坂くん!」
「そういう話じゃなくて!」
「よかったねー、田中くん」
「白鷺様が神すぎるぜ……」
田中が感涙にむせている横で、俺はひとつため息をついた。
……なんか、全員でまとめて転がされた気がするな。
とはいえ不思議と、嫌じゃなかった。
放課後。
いつもの帰り道。
俺の制服の袖を、白鷺さんが小さく掴んだまま歩いている。
これも今や、すっかり日常の風景になっていた。
「今日は、勉強会決まったな」
「はい」
白鷺さんが、少しだけ足取りを軽くして笑う。
「楽しみです」
「……勉強だけどな」
俺が呆れたようにツッコミを入れると。
彼女は一瞬、困ったように俯いた。
少し間があって。
「……はい」
彼女は少しだけ空を見た。
「勉強、だけです」
自分で言ってから、少しだけ黙った。
「……」
白鷺さんの耳先が、じわりと赤くなる。
俺はその横顔を見て、何も言えなくなった。
……それ、自分で言って照れてどうするんだ。
ツッコミたいのに、なぜか口が動かない。
夕日に照らされた通学路を、二人並んで歩く。
頭の中で、ぼんやりと言葉が浮かんだ。
恋人のフリ。
心の中で呟いてみる。
でも、その言葉だけが、どこか少し浮いて聞こえた。
気づけば今日も、当たり前のように俺の隣を、彼女が歩いていた。
第22話をお読みいただきありがとうございます!
新章・期末テスト編がスタートしました!
文化祭は終わったのに、二人は以前よりも自然に隣にいるようになりました。
「恋人のフリ」は、本当なら終わっているはずなのに――。
そんな少しだけ変わった二人の日常を、これからもゆっくり描いていけたらと思います。
「このクラスの空気好き!」
「もう付き合ってるじゃん(笑)」
「白鷺さんの『勉強、だけです』が可愛い!」
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次回はいよいよ、約束した勉強会です!




