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「恋人のフリだけですから♡」と言った学校一のお嬢様が、毎日俺を本気で落としにくる。  作者: リディア


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18/39

第18話 恋人なら、隣に立つくらい当然ですよね?

「オープンまであと十分! メニュー表の最終確認してー!」

「お湯沸いた!? クッキーのお皿足りない!」

「男子、看板ちゃんと固定した!?」


 文化祭当日。

 二組の教室『喫茶・白鷺(西園寺命名)』は、オープン直前の喧騒に包まれていた。

 西園寺さんが大声で指示という名の暴走を飛ばし、朝比奈さんがそれを冷静に修正していく。クラス全員がバタバタと走り回る中、俺と白鷺さんはカウンターの裏で最後の備品チェックをしていた。


「ガムテープ」

「はい」

「予備のメニュー」

「こっちに」


 俺が手を伸ばすより早く、白鷺さんが必要なものを差し出してくれる。言葉は最小限。視線を交わす必要すらない。


「……もう夫婦じゃん」

「以心伝心すぎるだろ……」


 近くのクラスメイトが呆れたように呟いた。俺たちには構っている余裕がなかった。


「よし、これで備品は——っと」


 段ボールを持ち上げた瞬間、上に積まれていた紙コップの箱がバランスを崩した。

 俺は反射的に段ボールを放り出して、白鷺さんの肩を抱き寄せた。


 ドサッ。


 箱が床に落ちる。

 一瞬だけ、二人とも動かなかった。

 腕の中に、白鷺さんがすっぽりと収まっている。


 彼女の顔が、俺の胸元すれすれにある。ふわりと漂う甘い匂い。

 近い。近すぎる……。


 目が合った。

 至近距離で見る彼女の瞳は潤んでいて、俺の顔をじっと見つめている。


 ……やばい。

 思考が止まる。

 心臓だけが、やたらとうるさい。 


「……た、立てるか?」


 どうにか絞り出した声は、自分でもわかるくらい上ずっていた。


「っ……は、はい」


 白鷺さんもハッとしたように慌てて俺の腕から離れると、耳まで真っ赤にして、落ちた箱を拾い集め始めた。

 いつもなら「恋人ですから♡」とからかってくるはずなのに、今はただ目を泳がせている。


「……ならいい。」


 俺は必死に心拍数を整えながら、彼女と視線を合わせないように、手早く箱を片付けた。

 お互いに無言のまま動く手が、少しだけぎこちなかった。



「いらっしゃいませ!」

「ホットティーお二つですね!」


 予想以上の大盛況だった。白鷺さん目当ての男子生徒はもちろん、他校の生徒や保護者まで押し寄せ、店内は常に満席状態。俺は裏方として、ひたすらお湯を沸かし、クッキーを並べ続けた。


 そんな中。


「あっ」


 ホールの方で、小さな声がした。

 小学生くらいの男の子が、テーブルのジュースをこぼしていた。


「ごめんなさい、すぐ拭きますから」


 母親が慌ててハンカチを出す。


「そのままで大丈夫ですよ」


 俺は濡れ布巾を持ってテーブルへ向かい、素早く拭き取った。それからしゃがんで、男の子と目線を合わせる。


「服、濡れてないか?」

「う、うん……」

「よかった。新しいの、すぐ持ってくるからな」


 頭を軽く撫でると、男の子の顔に少しだけ安堵が浮かんだ。母親に一礼して、裏方へ戻る。




 ……気づけば、また目で追っていました。

 困っている人に、自然と手を差し伸べるその背中を。

 ……どうして、なんでしょう。



 ピークを過ぎた昼下がり。

 客足が落ち着いた隙に、俺はカウンターの裏で息をついた。隣には、同じく疲れた顔の白鷺さんが立っている。

 俺は鞄からいつもの水筒を取り出して、コップにほうじ茶を注いだ。


「飲むか?」


 差し出すと、白鷺さんが両手で大切そうに受け取った。


「ありがとうございます……」


 一口飲んで、ほう、と小さく息を吐く。


「無理すんなよ」

「はい」


 それだけだった。気の利いた言葉も、甘いやり取りもない。でも、この静かな時間が、今の俺たちには一番心地よかった。


「よーし! 午前の営業終了! 乗り切ったー!」


 西園寺さんが両手を上げて歓声を上げる。


「午後が本番だけどね」


 朝比奈さんのツッコミに、クラスが笑った。

 喧騒から少しだけ離れた廊下の隅。

 俺と白鷺さんは、二人並んで窓の外を眺めていた。


「午後も、頑張るか」

「はい」


 少しの沈黙。風が吹き抜けて、彼女の黒髪がふわりと揺れた。


「恋人ですから♡」


 白鷺さんが、いたずらっぽく小首を傾けた。


「またその台詞か。本当、便利だな」


 俺が苦笑いすると。

 ほんの一瞬だけ、白鷺さんの笑顔が止まった。


「……今は」

 少しだけ俯いて、自分の足元を見つめる。


「それしか、言えないので」

「……え?」


 俺が聞き返す前に、白鷺さんはすっと顔を上げた。

 そして、歩き出した。

 俺も、一拍遅れてついていく。

 数歩歩いたところで。


「……よかった」


 前を向いたまま、白鷺さんが小さく呟いた。


「何か言ったか?」

「ん?なにも言ってないですよ」


 振り返らないまま、少しだけ早足になった。

 その耳が、赤かった。





第18話を読んでいただきありがとうございます!

文化祭当日。

忙しさの中でも、少しずつ変わっていく二人を描きました。


何気ない一言。

何気ない時間。

そして、まだ言葉にならない気持ち。


そんな二人を楽しんでいただけたら嬉しいです。

次回は午後の営業。

あの人も、喫茶店を訪れます。お楽しみに!!

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