第18話 恋人なら、隣に立つくらい当然ですよね?
「オープンまであと十分! メニュー表の最終確認してー!」
「お湯沸いた!? クッキーのお皿足りない!」
「男子、看板ちゃんと固定した!?」
文化祭当日。
二組の教室『喫茶・白鷺(西園寺命名)』は、オープン直前の喧騒に包まれていた。
西園寺さんが大声で指示という名の暴走を飛ばし、朝比奈さんがそれを冷静に修正していく。クラス全員がバタバタと走り回る中、俺と白鷺さんはカウンターの裏で最後の備品チェックをしていた。
「ガムテープ」
「はい」
「予備のメニュー」
「こっちに」
俺が手を伸ばすより早く、白鷺さんが必要なものを差し出してくれる。言葉は最小限。視線を交わす必要すらない。
「……もう夫婦じゃん」
「以心伝心すぎるだろ……」
近くのクラスメイトが呆れたように呟いた。俺たちには構っている余裕がなかった。
「よし、これで備品は——っと」
段ボールを持ち上げた瞬間、上に積まれていた紙コップの箱がバランスを崩した。
俺は反射的に段ボールを放り出して、白鷺さんの肩を抱き寄せた。
ドサッ。
箱が床に落ちる。
一瞬だけ、二人とも動かなかった。
腕の中に、白鷺さんがすっぽりと収まっている。
彼女の顔が、俺の胸元すれすれにある。ふわりと漂う甘い匂い。
近い。近すぎる……。
目が合った。
至近距離で見る彼女の瞳は潤んでいて、俺の顔をじっと見つめている。
……やばい。
思考が止まる。
心臓だけが、やたらとうるさい。
「……た、立てるか?」
どうにか絞り出した声は、自分でもわかるくらい上ずっていた。
「っ……は、はい」
白鷺さんもハッとしたように慌てて俺の腕から離れると、耳まで真っ赤にして、落ちた箱を拾い集め始めた。
いつもなら「恋人ですから♡」とからかってくるはずなのに、今はただ目を泳がせている。
「……ならいい。」
俺は必死に心拍数を整えながら、彼女と視線を合わせないように、手早く箱を片付けた。
お互いに無言のまま動く手が、少しだけぎこちなかった。
「いらっしゃいませ!」
「ホットティーお二つですね!」
予想以上の大盛況だった。白鷺さん目当ての男子生徒はもちろん、他校の生徒や保護者まで押し寄せ、店内は常に満席状態。俺は裏方として、ひたすらお湯を沸かし、クッキーを並べ続けた。
そんな中。
「あっ」
ホールの方で、小さな声がした。
小学生くらいの男の子が、テーブルのジュースをこぼしていた。
「ごめんなさい、すぐ拭きますから」
母親が慌ててハンカチを出す。
「そのままで大丈夫ですよ」
俺は濡れ布巾を持ってテーブルへ向かい、素早く拭き取った。それからしゃがんで、男の子と目線を合わせる。
「服、濡れてないか?」
「う、うん……」
「よかった。新しいの、すぐ持ってくるからな」
頭を軽く撫でると、男の子の顔に少しだけ安堵が浮かんだ。母親に一礼して、裏方へ戻る。
……気づけば、また目で追っていました。
困っている人に、自然と手を差し伸べるその背中を。
……どうして、なんでしょう。
ピークを過ぎた昼下がり。
客足が落ち着いた隙に、俺はカウンターの裏で息をついた。隣には、同じく疲れた顔の白鷺さんが立っている。
俺は鞄からいつもの水筒を取り出して、コップにほうじ茶を注いだ。
「飲むか?」
差し出すと、白鷺さんが両手で大切そうに受け取った。
「ありがとうございます……」
一口飲んで、ほう、と小さく息を吐く。
「無理すんなよ」
「はい」
それだけだった。気の利いた言葉も、甘いやり取りもない。でも、この静かな時間が、今の俺たちには一番心地よかった。
「よーし! 午前の営業終了! 乗り切ったー!」
西園寺さんが両手を上げて歓声を上げる。
「午後が本番だけどね」
朝比奈さんのツッコミに、クラスが笑った。
喧騒から少しだけ離れた廊下の隅。
俺と白鷺さんは、二人並んで窓の外を眺めていた。
「午後も、頑張るか」
「はい」
少しの沈黙。風が吹き抜けて、彼女の黒髪がふわりと揺れた。
「恋人ですから♡」
白鷺さんが、いたずらっぽく小首を傾けた。
「またその台詞か。本当、便利だな」
俺が苦笑いすると。
ほんの一瞬だけ、白鷺さんの笑顔が止まった。
「……今は」
少しだけ俯いて、自分の足元を見つめる。
「それしか、言えないので」
「……え?」
俺が聞き返す前に、白鷺さんはすっと顔を上げた。
そして、歩き出した。
俺も、一拍遅れてついていく。
数歩歩いたところで。
「……よかった」
前を向いたまま、白鷺さんが小さく呟いた。
「何か言ったか?」
「ん?なにも言ってないですよ」
振り返らないまま、少しだけ早足になった。
その耳が、赤かった。
第18話を読んでいただきありがとうございます!
文化祭当日。
忙しさの中でも、少しずつ変わっていく二人を描きました。
何気ない一言。
何気ない時間。
そして、まだ言葉にならない気持ち。
そんな二人を楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は午後の営業。
あの人も、喫茶店を訪れます。お楽しみに!!




