第14話 恋人なら、一緒に買い出しくらいしますよね?
「よーし、喫茶店の企画も大枠が決まったな」
翌日のホームルーム。先生が黒板を叩きながら、俺たち実行委員を見た。
「今度の土日に、ホームセンターと百円ショップを見てきてほしい。高坂、白鷺。二人でよろしく」
俺が返事をするより先に、教室の爆撃機が火を噴いた。
「先生! それって『先生公認デート』ってことでいいんですよね!?」
「わはは、そうなるな。仲良く行ってこい」
先生まで乗っかった。教室が「ヒュー!」という歓声に包まれる。
隣の白鷺さんが、少しだけ顔を赤らめながら優雅に微笑んだ。
「お任せください、先生。恋人ですから♡」
……本当に、どこでも使える言葉だな……。
俺は心の中でため息をつきながら、週末の予定をメモ帳に書き込んだ。
日曜日。
俺は約束の十分前に、駅前の待ち合わせ場所に到着していた。
……なんか、落ち着かないな。
制服じゃない白鷺さんに会うのは、これが初めてだ。
あくまで文化祭の買い出し。そう自分に言い聞かせているのに、いつもより少し早く目が覚めて、いつもより少し髪を整えてしまった。
我ながら、どうかしてる。
「——結弦くん!」
顔を上げると、人混みの中をこちらへ歩いてくる白鷺さんが見えた。
白いブラウスに、淡い水色のカーディガン。ふわりと広がるロングスカート。いつもは綺麗に下ろしている黒髪が、今日はゆるく後ろでまとめられていた。
清楚で、上品で、でもどこか年相応の可愛らしさがあって。
正直――
目が離せなかった。
制服姿は毎日見ている。
なのに。
今日は、まるで別人みたいだった。
「お待たせしました。……あの、変じゃありませんか?」
白鷺さんが俺の前で足を止め、スカートの裾を少しだけ摘んで、不安そうに上目遣いで見てきた。
「……いや。すごく、似合ってる」
嘘をつけなかった。素直な感想が、口からこぼれた。
「っ……」
白鷺さんが、ぴたりと固まった。
みるみるうちに、耳まで赤くなっていく。
「あ、ありがとうございます……」
慌てて視線を逸らしながら、口をもごもごさせた。
いつもなら「恋人ですから♡」と余裕たっぷりに笑うはずだ。
「こ、恋人……ですから……っ、……ふにゅう」
最後まで言葉にならなかった。両手で顔を覆って、そのまま俯いてしまった。
……なんで白鷺さんがダメージ受けてるんだよ。
ツッコミを入れようとしたけど、自分の心臓もうるさすぎて、それ以上の言葉が出てこなかった。
気を取り直して、俺たちは大型のホームセンターへと向かった。
店内には木材やペンキ、棚のパーツなど、文化祭で使えそうな備品が所狭しと並んでいる。
「結弦くん、見てください。この板、すごく木目が綺麗ですよ」
白鷺さんが俺の袖をぐいぐいと引っ張り、木材コーナーの奥へと誘う。
彼女はしゃがみ込んで板の質感を確かめ始めた。俺も隣に並んでしゃがむと、彼女がふっと俺の方に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「結弦くん」
「ん?」
「この板と……私の手」
そう言って、白鷺さんはそっと右手を差し出した。
「どっちの方が、すべすべだと思いますか?」
「…………は?」
一瞬、思考が止まる。
「さ、触ってみます?」
無防備に差し出された小さな手。
「……いや、その」
「恋人ですから♡」
その一言に押され、俺は恐る恐る彼女の指先へ触れた。
「…………」
柔らかい。
思ったより少しだけ冷たくて、驚くほど滑らかだった。
「どうですか?」
「……反則です」
「ふふっ」
白鷺さんは満足そうに笑った。
くすくすと楽しそうに笑うその姿は、完全に俺の動揺を楽しんでいる。
「……もういい、これにするぞ!」
「ふふっ、照れ隠しも可愛いですね」
次に寄った百円ショップでは、白鷺さんが一点の曇りもない瞳で、猫のイラストが描かれたマグカップをじっと見つめていた。
「かわいい……」
白鷺さんが猫のマグカップを見つめる。
「結弦くん」
「ん?」
「……文化祭、無事に終わったらさ」
「?」
「……また一緒に来よう。その時に、俺がそれを買ってプレゼントするよ」
俺が少し視線を逸らして言うと、白鷺さんは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
だが、すぐにその表情は蕩けるような甘い笑顔に変わる。
「!? ……今の言葉、忘れませんから。文化祭、早く終わらせちゃいましょうね。二人だけの、特別なデートのために」
そう言って。
白鷺さんは嬉しそうに笑った。
そして。
そっと俺の袖を掴む。
「文化祭、頑張りましょう」
「……そうだな」
それだけで十分だった。
「今ならお二人に、ペアストラップがセール中ですよ」
完全にカップルだと思われている。
「あ、いえ。そういうんじゃ——」
「恋人ですから♡」
白鷺さんが、今度はいつもの小悪魔スマイルで即答した。
……さっきの動揺はどこに行ったんだよ。立ち直り早すぎだろ。
結局、いっぱいの荷物を抱えて店を出た。
「私も持ちます」
「重いからいいよ」
「でも——」
「男の俺が持つのが普通だろ」
少し間があった。
「……ありがとうございます、結弦くん」
今度は「恋人ですから」とは言わなかった。
素直な声だった。その笑顔に、俺の胸がまた少しだけざわついた。
駅へ戻ろうとした、その時だった。
ザーッ!!
空が急に暗くなったかと思うと、激しい夕立が降り出した。
「わっ」
「うわ、マジか」
傘なんて持っていない。俺は反射的に、白鷺さんの手を——手首じゃなく、指を絡めるように、強く掴んだ。
「走るぞ。遅れるな」
「あ……っ、は、はいっ」
細い手をしっかり握ったまま、駅の屋根まで一気に駆け抜けた。
屋根の下に滑り込んだ時には、二人とも少し濡れて、肩で息をしていた。
「……災難だったな」
俺が息を整えながら隣を見ると、白鷺さんが呆然とした様子で俺の顔をじっと見つめていた。
少し濡れた黒髪が頬に張り付いている。潤んだ瞳が、夕立の灯りを反射してキラキラと光っていた。
綺麗だった。
そう思ってしまってから、慌てて視線を逸らした。
「……白鷺さん? どこか痛めたか?」
「え、あ……いえ。大丈夫、です。ただ……」
彼女は視線を下に向けた。耳まで真っ赤にして、自分の手を意識するように、指先がわずかに震えている。
そこでようやく気づいた。
俺は、彼女の手を握ったまま、まだ離していなかった。しかも、自分でも驚くほど強く。
「あ、悪い——」
指の力を緩めると、白鷺さんがギュッと握り返してきた。
「……は、離さないでください」
雨音の中に、その声は小さく落ちた。
「え?」
「……急に、あんなに強く引っ張るから」
俯いたまま、絞り出すような声で続ける。
「私、びっくりして……心臓が、まだうるさいんです」
いつもの余裕はどこにもなかった。小悪魔な笑みも、「恋人ですから♡」も出てこない。ただ俺の不意打ちに翻弄されて、真っ赤になっている。それだけだった。
俺は何も言えなかった。
気の利いたツッコミも、照れ隠しの一言も、全部どこかへ消えた。ただ、握り返してきた手の力が、思ったより強くて。それだけが、やけにはっきりと伝わってきた。
雨音が、屋根を叩き続けている。
どれくらいそうしていたか、わからない。
「……共同作業ですね、結弦くん」
少し間を置いて、白鷺さんがようやく顔を上げた。その声には、さっきまでの震えがなかった。いつものように、静かに微笑んでいた。
ただ、手は離さなかった。
「そうだな」
俺も、離さなかった。
雨が、少しずつ弱まっていく。雲の切れ間から夕日が差して、濡れた街がオレンジ色に染まり始めた。
「——帰りましょうか」
「そうだな」
歩き出す。繋いだ手は、そのままだった。
濡れた石畳に、影が二つ並んで伸びた。
……文化祭の買い出し。ただ、それだけのはずだった。
なのに今日一日が、文化祭そのものよりも、ずっと深く胸に刻まれているような気がした。
繋いだ手の温度が、夜になっても、なかなか消えなかった。
第14話を読んでいただきありがとうございます!
今回は文化祭の買い出し……
のはずが、気づけば二人にとって少し特別な一日になっていました。
制服では見られない私服姿。
雨の中で思わず繋いだ手。
そして、少しずつ変わっていく二人の距離。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「もうデートじゃん!」
「私服の白鷺さん可愛すぎ!」
「文化祭編楽しみ!」
そう思っていただけましたら、ぜひ★やフォローで応援していただけると励みになります!
次回、第15話。
『恋人なら、居残り作業くらいしますよね?』
誰もいない放課後。
二人きりの教室で、また少しだけ距離が縮まります。
第14話を読んでいただきありがとうございます!
今回は文化祭の買い出し……
のはずが、気づけば二人にとって少し特別な一日になっていました。
制服では見られない私服姿。
雨の中で思わず繋いだ手。
そして、少しずつ変わっていく二人の距離。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「もうデートじゃん!」
「私服の白鷺さん可愛すぎ!」
「文化祭編楽しみ!」
そう思っていただけましたら、ぜひ★やフォローで応援していただけると励みになります!
次回、第15話。
『恋人なら、居残り作業くらいしますよね?』
誰もいない放課後。
二人きりの教室で、また少しだけ距離が縮まります。




