3.責任を取らせてほしい
その日の夜。アルフレッドは意を決して、両親である国王と王妃にすべてを打ち明けた。
当然、最初は激しく困惑されたが、王太子の必死の訴えと、これまでの数々のお茶会での奇行。さらに、従姉妹からの報告。それらが繋がったことで、国王夫妻もついに真実を受け入れた。
この日を境に、王家は極秘裏に呪いについて調べることになった。
「――父上、母上。その呪いの件ですが…、今回の婚約者選定に関しても、俺から一つ頼みがあるのです」
アルフレッドは深く頭を下げ、ある『願い』を両親へと伝えたのだった。
そして、二日後――。
トゥーニャは再び王城へと呼び出されていた。
王室の奥まった一室で、国王夫妻、そしてアルフレッドと対面したルイーバ伯爵とトゥーニャ。さすがに緊張しているのか、おっとりとしていたマグロは先日よりも動きが硬い。
重々しい沈黙の中、なぜか国王夫妻が生暖かい目を向けてくる。
それに促されるようにして、アルフレッドが意を決したように一歩前に出た。そして、トゥーニャの前に立つと、少し耳を赤くしながら真っ直ぐに告げた。
「……ルイーバ嬢。先日は、その……本当に失礼なことを言ってしまって、すまなかった。俺が全面的に悪かった。だから……責任をとらせてほしい。俺の、正式な婚約者になってくれ!!」
突然のプロポーズに、隣のルイーバ伯爵が「責任って何のこと!?」と目を見開いて硬直する。
アルフレッドは伯爵に聞こえないよう、少しだけ声を潜めてマグロに視線を送った。
「……あと、くだんの件、お前にも手伝ってもらいたい…。だから、よろしく頼む」
隣で伯爵が顔を青くしていることなど露知らず、マグロは少しだけ驚いたようにエラをピクリと動かした。
しかし、すぐに深く、静かに一礼する。
「――謹んでお受けいたします。殿下が素敵な日々を送れるよう、わたくしも微力ながら、側でお支えいたしますわ」
おっとりとしてはいるが、迷いのないその返答。
アルフレッドの胸は再び、二日前と同じ、あの温かな気持ちで満たされるのだった。
「これからもよろしく頼む…。その…ツナ嬢」
「ぐすん…娘はトゥーニャです、殿下」
「…噛んだだけだ…」
それからの数年間、トゥーニャのサポートは完璧だった。
王族が主催する就学前の年少者向けのサロンや、パーティといった公の場でも、アルフレッドの視界は相変わらず水族館状態だったが、
「殿下、あちらのピンクのドレスは○○家の○○様です」
「……あのスズキが○○家か。覚えた」
「あちらの黄色のドレスが✕✕様です」
「なるほど、あのサヨリが✕✕か。細長いな」
トゥーニャの的確なナビゲートにより、アルフレッドは公の場では完璧な対応を続けた。
しかしその裏で、アルフレッドのプライベートは完全に魚一色になっていた。
見たことのない魚に出会うたび、自室に戻って「くそ、あの魚が何なのかわからない……!」と血眼で魚類図鑑とにらめっこするようになり、さらには食事の席で魚の姿焼きを出したシェフに対し、「……頼むから、魚は切り身にして出してくれ」と切実な顔で注文をつける始末。
周囲からは「アルフレッド殿下は、いつも婚約者と熱心に魚の話をしているし、食へのこだわりも凄まじい。よほど魚を愛していらっしゃるのだな」と微笑ましく見守られていたが、実態はただの魚類識別訓練であった。
そして、そうした社交の合間を縫って、二人は秘密裏に「呪い」についての分析を進めていた。
術者に関しての手がかりは未だ掴めぬものの、いくつかの事実が判明している。
「俺が魚に見えるのは、俺との年齢差が上下五歳の女性のみ。これは婚約者候補だった者に限らず、身分を問わず平民の女性も、だ」
「はい。ただ、この呪いは極めて強力だと思われます。
通常、呪いとは一度の供物に対してそれに見合った効果を発揮するもの。それがすでに一年以上も衰えずに続いているのは、術者が今もどこかで供物を捧げ、呪いを掛け続けていることにほかなりません」
「術者の執念が恐ろしいな。
…だがなぜこんな呪いなんだ?暗殺するわけでもなく、健康を害するわけでもなく、ただ周りの女性が魚に見えるだけだぞ。
この呪いで一番得をするのは誰なんだ?」
アルフレッドは机に肘をつき、疲れたように眉間を指先で揉んだ。
「やはり、殿下を『狂人』に仕立て上げたい者でしょうか…?人の顔が魚に見えるといって、奇行を繰り返せば、王太子の廃嫡を狙えますから。
……例えば、第二王子派や王弟派の貴族ですとか」
「なるほど……。一理ある。だが、どちらの派閥にも今のところ不穏な動きは見られない。
それに、もし俺の王位継承権を揺るがすつもりなら、対象を『特定の年齢の女性だけ』にする理由がわからない。男や、全ての女たちまで魚に見せた方が、より確実に俺を狂わせられるはずだろう?」
アルフレッドが真剣な面持ちで顎に手を当てると、トゥーニャがおっとりと小首を傾げた。
「その対象に関してなのですが、わたくし、一つ考えてみたことがありまして……」
マグロのつぶらな瞳が、じっとアルフレッドを見つめる。
その、どこか確信めいたおっとりとした声音に、アルフレッドは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「実は…………」
―――月日は流れ、アルフレッドが呪われてから、あっという間に三年の月日が流れた。
十三歳になったアルフレッドは貴族の子女が集う王立学園へと入学した。
(ほとんどの貴族とはすでに顔を合わせている。どんな魚が来ようと、図鑑の知識とトゥーニャとの訓練があれば対応できるはずだ。
……しかし、いつも側でサポートしてくれていた彼女がいないのは、やはり少し不安だな……。いや……!)
弱気になり、思わず丸まりそうになった背中を、気合を入れてビシッと伸ばす。
(トゥーニャの推測通りなら、必ずこの学園で、術者からの接触があるはずだ…!)
王城で見送ってくれた、一つ年下の婚約者。その出発の際の、マグロの瞳を思い出しながら、アルフレッドは、かつて二人の部屋で彼女が告げた言葉を反芻していた。
『――わたくし思うのです。もし殿下が伴侶を選ぶべき年齢になった時、周囲が相変わらず魚ばかりだったとして……』
新入生が溢れる学園のホール。案の定、アルフレッドにお近づきになりたい女子生徒たちで、周囲はまたたく間に水族館状態となった。
右を向いても左を向いても、ギラギラ光る鱗とエラ。
だが、その魚だかりの中で、アルフレッドの視線はある一点でピタリと止まった。
『――その中に唯一、普通に“人間の顔”を持つ女性が現れたなら』
人間の顔だ。
魚だらけの視界の中で、そこだけぽつんと、生身の、普通の、人間の顔をした女子生徒が立っている。
柔らかそうな栗色の髪、それと同色の目は、アルフレッドと目が合ったことに驚きを隠せないでいる。
アルフレッドは迷わず、その少女の前へと足早に向かった。周囲の魚たちがざわめき、道を開けてゆく。
「え?え?え?アルフレッド様が私の前に…!??」
少女は頬を赤らめ、胸の前で両手をギュッと握りしめた。
そんな彼女を、アルフレッドは熱い眼差しで見下ろす。その瞳は、まるで長く渇望していたかのように、激しく揺らめいていた。
「…お前、名前は?」
「え?あの、そのっ、私…ミア、です…!」
『例え平民だとしても、殿下はその方を選ばれるのではないでしょうか?』
「そうか、ミアか…」
アルフレッドが、そっと促すように手を差し出す。
ミアと名乗る女子生徒は、夢でも見ているかのようにうっとりとした表情で、その手に自分の手を重ね――
「確保ぉぉぉぉぉ!!!!!」
「「「はっ!」」」
「えっ?ええッ!??」
重なりかけた手をアルフレッドが掴んでひねりあげた瞬間、周囲に配置されていた護衛たちが一斉に飛び出し、ミアを地面に組み伏せた。
『それはまるで、暗闇の中で唯一見つけた光のように…』
かつて、平気で夜伽の話題を返してきた、九歳のマグロの姿が脳裏によぎる。
――ですが、殿下。呪われていると言っても、希望はあります!
「あいにく、唯一の光はとっくに見つけたものでね」
ホールの床に顔を押し付けられるミア。
そんな彼女を容赦なく見下ろしながら、アルフレッドは冷徹に言い放った。
「こいつが術者だ!捕らえろ!」
渇望の目「会いたかったぞ、このクソ術者め…!!!」




