無貌の戦鬼-黄瀬
「終わりだ! 六煌終撃――ヘキサ・ブレイクダウン!!」
『六煌戦刃ヘキサブレイカー』が最高潮の黄金光を解き放つ。
征人は全身の踏み込みとともに一気に間合いを詰め、ゼロの上半身を斜め袈裟一文字に切り裂いた。
ズバァァァァン!!
凄まじい衝撃波とエネルギー爆発とともに、ゼロの巨体が宙を舞い、地面へと激しく叩きつけられる。
仰向けに倒れた白い仮面の戦鬼から、紫紺の熱気が蒸気となって立ち上っていた。
征人は荒い息を吐き出しながら、巨大な剣先をゆっくりと下ろす。
「やった……か……。」
『敵エネルギーレベル、完全停止を確認』
内蔵AIのM1が冷静な音声ログを響かせる。
『戦闘バイタル反応、消滅しました』
征人の表情に、わずかな安堵の光が浮かんだ。
「……勝ったんだ。」
――しかし、その直後だった。
『リカバリー――プロトコル実行』
合成された無機質な機械音声が、静まり返った密林フィールドの空間そのものから響き渡った。
「……え……?」
ゼロの切り裂かれた肉体の断面から、紫紺のバグ・ノイズが爆発的に噴き出す。
千切れかけた装甲とデータの隙間へ、膨大なコードの塵が集束していく。まるで失われたデータを強制補填するように、破壊されたはずの構造が瞬時に再構築されていく。
「そんな……バカな……!」
征人は思わず一歩、後退した。
『想定外……ッ!』
M1の電子音に、初めて明確な動揺とエラー波形が混ざり合う。
『想定外の現象です! 敵エネルギー反応、急速復旧!』
紫紺のノイズが晴れたそこには――傷一つない姿で静かに佇む、ゼロの姿があった。
「どういうことだ……あり得ない……!」
征人は歯を喰いしばり、『六煌戦刃ヘキサブレイカー』を再び構え直す。
その時だった。
(コ……ロ……シ……テ……)
「……ッ!?」
征人の脳裏へ、ノイズ混じりの痛切な声が直接打ち込まれた。
(コロシテ……クレ……)
征人の瞳が大きく見開かれる。聞き間違えるはずもない、魂に刻まれた声。
「黄瀬……!?」
ゼロの無機質な白い仮面を固唾をのんで見つめる。
「黄瀬! お前なのか……そこにいるのか!?」
ゼロは答えを出さない。ただ、全身から不気味な紫紺のノイズを蠢かせているだけだった。
『リブート』
再び空間に冷酷なアナウンスが響く。
『戦闘支援システム再起動。ターゲットの再設定を完了』
M1が切り替えるように警告を発する。
『征人さん、敵が完全に復元されました! 攻撃に備えてください!』
「……分かった!」
征人は柄を固く握り締めた。
「黄瀬を……あの絶望から救うためにも、こいつを叩き潰す!」
その瞬間、ゼロの背後に紫黒のバグ・ノイズが渦を巻いた。
ノイズの裂け目から、トレイター・コードが愉悦に満ちた笑みを浮かべて滑り出してくる。
「素晴らしい……実に素晴らしい一撃だったよ。」
トレイター・コードは満足そうにゼロを眺めた。
「見事な閃光、見事な断絶だった。」
「なぜ……なぜこいつが再生するんだ!」
征人が怒声を上げる。
「俺の一撃は、確かにこいつのコアを断ち切ったはずだ!」
「その通りです。」
トレイター・コードは楽し気に肩を竦める。
「君はゼロを完璧に破壊した。だが――ゼロは死なない。」
「どういう意味だ!」
「『ホロウ・ウィスパー』と『ホロウ・スクリーム』の二神を覚えていますか?」
「……あの双子の使徒か!」
「彼らは互いの存在データをリアルタイムで相互バックアップしていた。だから片方が滅びても、もう片方から再生できた。……ゼロにも同じシステムが組み込まれているのですよ。」
トレイター・コードがゼロの肩に優しく手を置く。
「我々の基幹戦闘システムへ、ゼロの全存在データが常時バックアップされている。今のゼロは、破損したローカルデータをクラウドから瞬時に『リカバリー』したに過ぎない。」
征人が悔しさに歯を限界まで噛み締める。
「じゃあ……どうすればそいつを倒せる!」
「バックアップ回線を完全に切断する。」
トレイター・コードが指を一本立てた。
「あるいは、バックアップからの復元速度を遥かに上回る超絶的威力で、ゼロの存在データそのものを一瞬で完全消滅させるか……。」
そして、嘲笑う。
「――まあ、君たちにはそのどちらも不可能な話ですがね。」
「なっ……!」
「そして、もう一つ絶望的な知らせをあげましょう。」
トレイター・コードの瞳が冷たく光る。
「君が今叩き込んだ渾身の必殺技――『六煌終撃ヘキサ・ブレイクダウン』。ゼロのシステムは、あの攻撃の全てを学習・解析しました。」
征人の顔から血の気が引いていく。
「……学習した……だと……?」
「そう。直撃を受けたことで、技の速度、踏み込みの軌跡、エネルギーの波形、解体ロジック……その全てがデータベースへ記録された。」
トレイター・コードが愉快そうに両手を広げる。
「もう二度と、同じ技でゼロを穿つことはできない。……さあ、試してみるといい。」
紫黒のノイズが広がり、トレイター・コードの姿が消え去っていく。
「人間の抗いが紡ぐ、美しい絶望を見せてください。」
密林の跡地に、征人とゼロの二者だけが取り残される。
「M1。」
『はい』
「もう一度……『六煌終撃』を使う。」
『推奨できません! 敵の防御解体ロジックが確立されています!』
「分かってる……!」
征人は大剣を強く深く構えた。
「でも、やってみなきゃわからない! 仲間を救うんだ!!」
「六煌終撃――ヘキサ・ブレイクダウン!!」
黄金の閃光が再び大気を引き裂き、ゼロへと肉薄する。
しかし――!
ガキィィィン!!
ゼロの右腕の装甲が黒光りし、流れるような最小限の動きで『六煌戦刃ヘキサブレイカー』の刃を正面から受け止めた。
「なっ……!?」
ゼロはそのまま腕をひねり、大剣の軌道を容易く横へと弾き飛ばす。
『攻撃、完全無効化されました!』
「本当に……学習してやがる……!」
ゼロが間髪入れずに踏み込む。征人は咄嗟に後退するが、ゼロの両手にはすでに雷光を放つ『黄閃双刃ライトニングダガー』が展開されていた。
「それは……黄瀬の……!」
閃光の突進。
ガキィン! ガガガッ!
ゼロの連続斬撃が、先ほどとは比較にならない精度と速度で征人を追い詰めていく。
「速い……っ!」
『敵の最適化プロセスが加速! 過去の戦闘ログをミリ秒単位で反映しています!』
征人は即座にギアのモードを切り替えた。
「閃光ナイト!」
加速性能を全開にし、ゼロの必殺の刺突を紙一重でかわして背後へ回り込む。
「なら、これだ! 鉄城腕甲フォートレスナックル!」
重厚な拳をゼロの背中へ叩き込む!
ズドォォォン!!
ゼロの体が吹き飛ぶが、空中でのノイズ受身によって即座に体勢を立て直す。
「蒼牙の速度! 雷爆の加速制御! 紫閃ブラスター! 穿光極点ルミナスピア!!」
六煌ストライカーが宿す六つの属性力を、目まぐるしく連続チェンジする。
斬る、撃つ、打つ、交わす、防ぐ――!
持てる全ての戦術を怒涛の如くゼロへ叩き込んでいく。
――しかし。
ゼロは、その全てを「一回目」で学習し、二回目には完璧に受け流してみせた。
一度受けた攻撃は通じない。一度見せた予備動作は全て先読みされる。
「くそっ……! なんだよこいつは……!」
征人の荒い息が途切れ途切れになる。
『征人さん!』M1のアラームが鳴り響く。『敵の戦略支援AIの学習速度がこちらの切り替え限界を超越しています! 個別戦闘パターンでの勝利確率、ゼロ%へ収束中!』
「だったら……全部の力を限界まで練り上げて、まとめて叩き込むまでだ!」
征人は『六煌戦刃ヘキサブレイカー』を天高く掲げた。六色のエネルギーが渦を巻き、大剣へ集束していく。
「これならどうだぁぁぁっ!!」
「六煌終撃――ヘキサ・ブレイクダウン!!」
先ほどとは異なる角度、異なるタイミング、出力を限界突破させた変形一閃!
だが――。
ゼロはその「変化の法則」すらも演算の範囲内として予測していた。
黒光りする腕が、寸分違わず最速の最短軌道で剣の根元へと割り込む。
ガキィィィン!!
「……嘘だろ……っ!?」
『六煌戦刃ヘキサブレイカー』が力任せに弾き飛ばされた。
完全に体勢を崩した征人の至近距離へ、ゼロが飛び込む。
両手のライトニングダガーが、六煌ストライカーの胸部装甲を深々と切り裂いた。
「ぐあっ……!」
二撃、三撃、四撃――!
激しい火花とノイズが爆ぜ、征人の巨体が吹き飛び、地面を何度も泥まみれになって転がった。
『征人さん!!』
「……ぐっ……大丈夫……だ……!」
征人は膝を突き、血を吐きながら立ち上がる。しかし、六煌ストライカーの装甲はノイズに侵食され、無数の亀裂から蒼い光が漏れ出していた。
「俺一人じゃ……勝てないのか……。」
自嘲めいた言葉が、征人の唇から溢れ出す。
「六つの力を束ねても……六煌ストライカーの力をもってしても……こいつには届かないというのか……!」
ゼロが静かに、冷酷な歩調で近づいてくる。死の宣告。
その時だった。
『緊急通信! 近接反応多数!』
M1が叫ぶ。
「え……?」
ゼロが突如として脚を止め、征人から視線を切った。
その視線の先――密林の暗雲を切り裂くように、蒼い風と疾雷の光彩が同時に駆け抜けてくる!
「待たせたな、征人くん!」
「一人でカッコつけて全部背負い込んでんじゃねぇよ!」
蒼天の風を纏い、突入してきた蒼天ヴァリアント。
そして、重厚な雷鳴とともに大地を揺らして降り立つ雷皇インパクター。
「真也さん……! 竜一さん……!」
真也が『蒼天双刃アストラツイン』を鋭く構え、不敵に笑う。
「話は聞いたぞ。こいつ、一人じゃ絶対に勝てない相手なんだってな?」
征人は涙を堪えるように苦笑した。
「……はい。俺の攻撃、全部解析されて……学習されました。」
竜一が巨大な双槌を肩に担ぎ、鼻で笑い飛ばす。
「だったら話は簡単じゃねぇか! 最初から一人で戦わなきゃいいんだよ!」
真也が力強く頷く。
「そういうことだ。こいつのバックにあるシステムは、一人の戦士の法則を分析するのは得意だ。――なら!」
蒼天ヴァリアントが一歩前に躍り出る。
「三人同時の『つながり』なら、どうだ!?」
ゼロのバイザーの奥で、紫紺のノイズが激しく明滅した。
視界に映る三人のデータを、戦略支援システムが超高速で再スキャンし始める。
矢車真也。各務竜一。神征人。
速度、攻撃力、間合い、固有武器、必殺技――全てを別個のデータとして解析しようとする。
――だが!
三人は一斉に、全く異なるベクトルで跳躍した!
「雷鼓、展開ッ!」
「蒼天連閃――アストラル・ラッシュ!」
「六煌ストライカー、前へ!!」
ゼロの内部で、データ処理の無限ループが発生する。
『敵の演算処理に著しい遅延を検知!』
M1が歓喜の声を上げる。
『三人の攻撃タイミングと連携の非法則性により、敵システムの予測確率が崩壊しています!』
征人の瞳に、再び強い光が宿った。
「そうか……! こいつのシステムは、俺たち個人のデータは完璧に学習できる! でも――」
真也が剣を振るいながら叫ぶ!
「俺たちの『絆』と『予測不能な連携』までは、まだ学習しきれていない!!」
「その通りだぁッ!」
竜一が雷鼓を猛然と叩く!
「音鼓弾!!」
ドォン!! 衝撃波がゼロの足元を爆砕する。
ゼロが回避した瞬間、その着地点へ真也が影のように滑り込む!
「蒼天連閃――アストラル・ラッシュ!」
ゼロは咄嗟にライトニングダガーで防ぐが、その上空から征人が舞い降りる!
「穿光極点――ルミナスピア!」
背後からの光弾の雨! ゼロは強引に振り返るが、その隙を逃さず竜一の極大音撃が襲いかかる!
「雷皇音轟砕響!!」
ゼロが必死で音撃を切り裂くが、その体勢の崩れに真也の真一文字が突き刺さる!
「蒼天絶断――アストラル・ブレイク!」
「ぬあぁぁぁっ!!」
ゼロはダガーを交差させて受け止めるが、足元が物理的に沈み込む!
そこへ、征人の大剣が頭上から叩きつけられた!
「六煌戦刃ヘキサブレイカー!!」
ガキィィィン!!
ゼロは三人の必殺の一撃を同時に受け止め、その場で硬直した。全身から紫紺のノイズがエラーログのように吹き出す!
『敵の処理能力、オーバーロード!』
M1が告げる。
『三者連携に対する最適解の構築に失敗しています!』
真也が叫ぶ!
「今だ! こいつは一対一なら無敵かもしれない! 俺たち一人ひとりの技もすぐに学習する! でも――」
竜一が咆哮する!
「俺たち三人が想いを重ねた攻撃は、絶対に学習なんてさせねぇ!!」
征人は二人を見つめ、力強く頷いた。
「俺たちは、一人じゃない……!」
三人の内蔵AIが、M1のデータリンクを介して完全に同期する。
『戦闘データ完全共有』
『三者同時・非線形予測演算開始』
『直感連携パターン、展開!』
ゼロがエラーを強行排除し、最も装甲の薄い竜一へターゲットを固定して突進する!
「来るぞ!」真也が叫ぶ。
「来やがれ!」竜一が構える。
だが、ゼロの加速はシステムの限界を超えていた。
「速い……ッ!」
その突撃の軌道へ、征人が割り込む!
「させるかぁぁっ!!」
閃光ナイトの極限加速と、蒼天ヴァリアントの風の運動ベクトルを同調!
征人はゼロのライトニングダガーを『六煌戦刃ヘキサブレイカー』の刃で完璧に受け止めた!
「ここだ、竜一さん!」
「任せときな!!」
竜一が『雷皇双槌ボルトクラッシャー』をフルスイングで振り抜く!
ターゲットはゼロではない――征人の持つ大剣の背だ!
「雷皇双撃――インドラ・クラッシュ!!」
ガンッ!!
凄まじい雷撃と高周波振動が、征人の黄金の大剣へと一気に流し込まれる!
「俺と竜一さんの力を……喰らいやがれぇぇぇっ!!」
征人が雷光を纏った大剣を横一文字に振り抜いた!
ズバァァァァン!!
雷撃と一閃がゼロの胴体を完全に両断した。
「やったか!?」竜一が叫ぶ!
しかし――。
両断されたゼロの身体から、再び悍ましい紫紺のノイズが噴き出す。
切断面が互いに引き寄せられ、磁石のように接合されていく。
「……やっぱりダメか。」真也が悔しそうに歯噛みする。「NEXA社のバックアップから復元される限り……!」
ゼロがノイズを散らしながら、ゆっくりと立ち上がる。
(コ……ロ……シ……テ……)
三人の脳裏に、黄瀬の消え入りそうな声が直接届いた。
真也の表情が苦痛に歪む。
「黄瀬……お前、まだそこにいるんだな……!」
(コロシテ……クレ……)
征人は強く拳を握り締めた。
「黄瀬を助ける……! でも、あの復元速度を上回らない限り、いくら切り裂いても……!」
その時だった。
『――可能性なら、あるよ。』
通信ウィンドウが開き、満の静かな声が割り込んできた。
「満さん!?」
『敵のシステムがバックアップから復元を試みる……その処理速度すら遥かに置き去りにし、ゼロの存在データそのものを一瞬で完全に消滅させる唯一の手がある。』
満の言葉に、三人が息を呑む。
『六つのルミナスギアのコアエネルギーを限界を超えて直列開放し、概念ごと標的を灰燼に帰す、六煌ストライカー第二の絶対兵装――』
満が重々しく、その名を口にした。
『――六煌戦砲ヘキサブラスター。』
征人は手に握る『六煌戦刃ヘキサブレイカー』を見つめ、そして、ゆっくりとゼロへ視線の照準を合わせた。
白い仮面の奥から、絶望に抗うかすかな声が聞こえる。
(……コロシテ……)
征人は静かに、しかし熱い誓いを込めて呟いた。
「黄瀬。」
「絶対に……お前を救い出す。」
「だから――」
六煌ストライカーの周囲に、六色の眩い光の粒子が爆発的に渦を巻く。
大剣の形状が激しい光の奔流の中で組み替わり、巨大な概念破壊砲の砲身へと姿を変えていく。
「もう少しだけ……待っていてくれ!」




