無貌の戦鬼
「征人くん、第二の兵装の構築が完了した。今そっちへ転送する!」
通信越しに響く満の切迫した声とともに、征人の眼前に膨大な高密度データの塊が解像度を上げて展開された。
重厚に光を呑み込む漆黒の砲身。その銃口を取り囲むように、六つの属性結晶が眩い光を放ちながら配置されている。
「六煌戦砲ヘキサブラスター。」
満が静かに、しかし冷酷な事実を告げる。
「戦鬼ゼロの持つ『バックアップ復元速度』を遥かに凌駕する極限エネルギーを叩き込み、存在データそのものを瞬時に蒸発・消滅させる絶対殺傷兵器だ。」
征人は、眼前に浮遊する巨大な砲身を凝視した。
「……これを使ったら……。」
震える声が、胸の奥から漏れ出す。
「黄瀬の存在そのものが……世界から完全に消えてしまう……。」
静寂が場を包む。誰ひとりとして、すぐには言葉を返せない。
征人は視線を前方に向けた。
そこに佇むのは、紫紺のノイズを全身から揺らめかせる白い無貌の仮面――戦鬼ゼロ。
その無機質な装甲の奥底に、かつて共に笑い、共に戦った大切な仲間が囚われている。
「征人……黄瀬はもう、人間じゃないんだ。」
真也が苦痛に満ちた表情で、静かに言った。
「今のあいつは、人類を殺戮するためだけに稼働している敵だ。」
「そうだ、気にするな! 倒すんだよ!」
竜一が悲痛な叫びを上げる。
「今あいつを止めなきゃ、また新たな犠牲が出る! 大哉さんやみんなの犠牲が無駄になっちまうんだぞ!」
太哉もまた、重々しい面持ちで深く頷いた。
「征人くん……気持ちは痛いほど解る。だが今は、あの怪物を屠ることが最優先だ。」
「でも……っ!」
征人は言葉を詰まらせ、激しく首を横に振った。
分かっている。全員の言うことが、戦士として、守護者として正論であることなど痛いほど分かっている。
それでも――あいつをただの「処分すべき怪物」として処理することだけは、己の魂がどうしても拒絶していた。
心までシステムに呑み込まれ、怪物として消し去られることなど……あまりにも救いがないではないか。
「黄瀬は……人間だ……! 最後くらい、人間として送ってやりたいんだよ……!」
その時だった。
『――その過剰なまでの優しさこそが、お前の誇るべき美点だよ、征人。』
「……え……?」
耳元に届いた暖かな声に、征人が目を見開く。
空間に、粒子状の幾何学的な光が穏やかに立ち上った。その光の渦の中心から、一人の青年の幻影が滑るように姿を現す。
「制人……さん……!」
そこにいたのは、神子の実兄であり、かつて自分たちを導いてくれた頼れる先輩――リーププログラムの深層と一体化した神制人だった。
制人は、生前と変わらぬ穏やかで優しい笑みを湛えて征人を見つめている。
『征人。俺の遺した『意志』を使え。』
「制人さんの……力……?」
『そうだ。』
制人の姿から、眩いばかりの漆黒と純白の概念光輝が溢れ出す。
『魔を制し、悪しきバグを遮断する俺のコードで、敵のシステムノイズと……人間としての黄瀬悠真の魂を切り離す。』
『黄瀬を、一人の『人間』として死なせてやるんだ。』
『――それは、誰でもないお前にしか果たせない役目だ。』
征人の絶望に陰っていた瞳に、力強い青い意志の光が蘇る。
「……分かった。」
涙を拭い、まっすぐに制人を見つめる。
「制人さん。力を貸してください……!」
制人は満足そうに目元を緩めた。
『ああ。行け、征人――!』
光が爆発的に弾けた。
その光の奔流が収束した先――征人の両腕に、一振りの圧倒的な存在感を放つ大剣が顕現する。
『六煌戦刃ヘキサブレイカー』。
その刃には、制人が秘める魔を制する防壁コードが粒子の光となって美しく脈動していた。
征人は両手でその柄を、魂ごと深々と握り締める。
「黄瀬……! 今、助ける……!!」
爆発的な踏み込みとともに大地を蹴る。
疾風を超えた速度で、ゼロとの距離を絶望的なまでに詰めていく。
ゼロは冷酷に両手の『黄閃双刃ライトニングダガー』を交差させて構えた。
征人は腹の底から魂の咆哮を上げた。
「ウォォォォォォォォッ!!」
『六煌戦刃ヘキサブレイカー』が、制人の光と同調して極大の波動を解き放つ!
「六煌戦刃――ッ!!」
閃光の一閃。
ズバァァァァン!!
刃がゼロの胴体を斜め袈裟懸けに深く切り裂いた。
「効いてくれ……っ!」
征人が地に滑り込み、着地する。
その手応えは、今までと決定的に異なっていた。
切り裂かれたゼロの傷口から、ドロリとした紫黒のノイズが噴き出すものの――傷口が引き寄せ合わない。
「再生が……始まらない……!?」
『確認!』
M1のアラートが響き渡る。
『制人さんの干渉コードにより、敵のバックアップ復元プロトコルが完全に遮断・停止しました!』
「やった……!」
だが、その直後。
ゼロの身体が、まるで内部で二つの存在が狂暴に衝突し合っているかのように、激しく痙攣し始めた。
「グ……ガ……ッ! グアァァァァァ……ッ!!」
ゼロの顔面を覆う白い無貌の仮面に、ピシピシと明確な亀裂が走り出す。
その亀裂の隙間から、ドロドロとしたノイズとともに、溢れ出る血と涙が噴き出した。
バリィィン……ッ!
乾いた音を立てて仮面が半壊し、崩れ落ちる。
その露わになった素顔を目にした瞬間、征人は息を呑み、言葉を失った。
「……黄瀬……!」
そこにいたのは、間違いなく自分たちの仲間であった男――黄瀬悠真だった。
苦痛に歪んだ顔、苦しげに上下する胸、自由の利かない眼球から溢れ落ちる大粒の涙。
「今……ッ! 俺が……内側から……システムを抑え込んでいる……っ!」
黄瀬が、血を吐きながら必死の声で叫ぶ。
「長くは……持たない……っ! 征人……っ! 今のうちに……俺を殺してくれ……!!」
「黄瀬……っ!!」
「俺はもう……俺のこの身体を……制御できないんだ……っ!」
黄瀬の両手が、自分自身の胸を力任せに抱きしめる。内側から暴れ出そうとする冷酷な殺戮プログラムを、己の人間性の全てを懸けて力尽くで抑え込んでいるのだ。全身が激しく震えている。
「早く……っ! 早くしてくれえぇっ!!」
「このままじゃ……また……お前たちや……誰かを傷つけてしまう……っ!」
征人の瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。
「黄瀬……。」
「最後は……っ! 人間として……死なせてくれ……っ! 頼む……征人……ッ!!」
征人は唇を噛み切りながら、拳を固く握り締めた。
そして――満が提示した絶対兵装の存在を胸に刻む。
ゆっくりと、しかし揺るぎない覚悟を込めて頷いた。
「分かった。」
「黄瀬……お前を……一人の『人間』として送り出す。」
六煌ストライカーの全身から、六色の眩い光の粒子が爆発的に解き放たれる。
「六煌戦砲――ヘキサブラスター!!」
幾重もの重厚な展開音とともに、漆黒の巨大な砲身が征人の両手へ実体化した。
その銃口を取り囲む六つのクリスタルが、次々と神聖なる固有の輝きを放ち始める。
白――『閃光ナイト』。
黒――『重凱ブロッカー』。
紫――『紫閃ブラスター』。
蒼――『蒼天ヴァリアント』。
金茶――『雷皇インパクター』。
柿黒――『黒皇バスティオン』。
六つのルミナスギアの真なる出力。
仲間たちの絆。
そして――征人の、仲間を想う優しき魂の全霊。
その全てが、一極集中で漆黒の砲身へと充填されていく。
『最終エネルギー充填率、限界突破。』
『敵バックアップ復元ロジックを上回る消滅出力を確認。』
M1が静かに告げた。
「黄瀬ぇぇぇっ!!」
征人が叫ぶ。
黄瀬は激しい苦痛に顔を歪めながらも――その瞳に、かつての穏やかな光を宿して、かすかに笑った。
「征人……。」
「ありがとう……。」
「俺の最後を……お前に託せて……よかった……。」
征人の頬を、温かな涙が伝い落ちる。
「……ああ。」
「任せろ……ッ!!」
トリガーへ、固い意志を込めた指をかける。
「六煌終砲――ッ!!」
六色の光が銃口へと超高圧で凝縮され、空間を歪ませる螺旋を描き出す。
「ヘキサ・バーストダウン!!!!」
ドゴォォォォォォォン!!
六色の光線が一つへと昇華し、概念すらも穿ち抜く極大の螺旋エネルギー砲となって、ゼロの胸元を貫いた。
「グ……ア……ッ……。」
ゼロの全身を侵食していた狂暴な紫紺のノイズが、光の粒子に洗われるように次々と消滅していく。
バックアップから復元されようとしていたバグ領域が、復元される隙すら与えられず、根本から蒸発していく。
ゼロのコア。
カオス・プロセッサーの呪い。
受け継がれた使徒の存在エネルギー。
そして、黄瀬悠真を縛り続けていた惨劇のノイズ。
その全てが、六色の祝福のような光の中で完全なる無へと消滅していった。
その光の奔流の中心で。
黄瀬の顔だけが、穏やかな安らぎを浮かべて残っていた。
「……征人。」
「うん……。」
「ありがとう……。最後に……人間に戻れた気がするよ……。」
「黄瀬……っ。」
「真也にも……竜一にも……太哉さんにもひどいことをしたって……謝っておいてくれ……。」
「自分で言えよ……っ!」
征人の声が、激しく震える。
黄瀬は、小さく満足そうに笑った。
「それは……もう叶わないみたいだ……。」
「でも……最後に、お前に会えて……本当によかった……。」
「ありがとう……征人……。」
その言葉を最後に。
黄瀬悠真の姿は、温かな光の粒子となって優しく溶けていった。
「黄瀬……っ!」
征人が手を伸ばすが、虚空を掴むだけだった。
最後に残された無貌の白い仮面が、カランと虚しく地面へ落ちる。
さらさらと輝く金色の砂へと変わり、静かな風に舞って空へと消え去っていった。
訪れる、完全なる静寂。
誰も、言葉を発することができなかった。
やがて真也が、仮面の消え去った痕跡へと歩み寄り、静かに膝をついた。
「黄瀬……。さようなら……。」
竜一は溢れ出る涙を拭おうともせず、拳を握り締める。
征人はただ、その場所を愛おしそうに見つめ続けていた。
「……人間として、旅立てたよな。」
誰に問うでもなく、征人がぽつりと呟く。
M1が、どこまでも優しく、静かな音響で答えた。
『はい。』
『黄瀬悠真の生命データは完全に消失しました。』
『しかし――システムに遺された最後の感情記録に、敵性反応は一切存在しません。』
征人はそっと目を閉じた。
「……そうか。」
「それなら……それでいい。」
穏やかな日常の風が吹く。
そこにはもう、世界を脅かす紫黒のノイズはどこにも存在しなかった。
残されたのは、仲間を失った消えない痛みと――
最後まで仲間を仲間として愛し抜いた、戦士たちの誇り高き想いだけだった。




