↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/32

無貌の戦鬼

「征人くん、第二の兵装の構築が完了した。今そっちへ転送する!」

通信越しに響く満の切迫した声とともに、征人の眼前に膨大な高密度データの塊が解像度を上げて展開された。

重厚に光を呑み込む漆黒の砲身。その銃口を取り囲むように、六つの属性結晶が眩い光を放ちながら配置されている。

「六煌戦砲《ろっこうせんほう》ヘキサブラスター。」


満が静かに、しかし冷酷な事実を告げる。

「戦鬼ゼロの持つ『バックアップ復元速度』を遥かに凌駕する極限エネルギーを叩き込み、存在データそのものを瞬時に蒸発・消滅させる絶対殺傷兵器だ。」

征人は、眼前に浮遊する巨大な砲身を凝視した。

「……これを使ったら……。」

震える声が、胸の奥から漏れ出す。

「黄瀬の存在そのものが……世界から完全に消えてしまう……。」


静寂が場を包む。誰ひとりとして、すぐには言葉を返せない。

征人は視線を前方に向けた。

そこに佇むのは、紫紺のノイズを全身から揺らめかせる白い無貌の仮面――戦鬼ゼロ。

その無機質な装甲の奥底に、かつて共に笑い、共に戦った大切な仲間が囚われている。


「征人……黄瀬はもう、人間じゃないんだ。」

真也が苦痛に満ちた表情で、静かに言った。

「今のあいつは、人類を殺戮するためだけに稼働している敵だ。」


「そうだ、気にするな! 倒すんだよ!」

竜一が悲痛な叫びを上げる。

「今あいつを止めなきゃ、また新たな犠牲が出る! 大哉さんやみんなの犠牲が無駄になっちまうんだぞ!」


太哉もまた、重々しい面持ちで深く頷いた。

「征人くん……気持ちは痛いほど解る。だが今は、あの怪物を屠ることが最優先だ。」


「でも……っ!」

征人は言葉を詰まらせ、激しく首を横に振った。


分かっている。全員の言うことが、戦士として、守護者として正論であることなど痛いほど分かっている。

それでも――あいつをただの「処分すべき怪物」として処理することだけは、己の魂がどうしても拒絶していた。

心までシステムに呑み込まれ、怪物として消し去られることなど……あまりにも救いがないではないか。


「黄瀬は……人間だ……! 最後くらい、人間として送ってやりたいんだよ……!」


その時だった。

『――その過剰なまでの優しさこそが、お前の誇るべき美点だよ、征人。』

「……え……?」


耳元に届いた暖かな声に、征人が目を見開く。

空間に、粒子状の幾何学的な光が穏やかに立ち上った。その光の渦の中心から、一人の青年の幻影が滑るように姿を現す。

「制人……さん……!」

そこにいたのは、神子の実兄であり、かつて自分たちを導いてくれた頼れる先輩――リーププログラムの深層と一体化した神制人だった。

制人は、生前と変わらぬ穏やかで優しい笑みを湛えて征人を見つめている。


『征人。俺の遺した『意志』を使え。』

「制人さんの……力……?」

『そうだ。』

制人の姿から、眩いばかりの漆黒と純白の概念光輝が溢れ出す。

『魔を制し、悪しきバグを遮断する俺のコードで、敵のシステムノイズと……人間としての黄瀬悠真の魂を切り離す。』

『黄瀬を、一人の『人間』として死なせてやるんだ。』

『――それは、誰でもないお前にしか果たせない役目だ。』

征人の絶望に陰っていた瞳に、力強い青い意志の光が蘇る。

「……分かった。」

涙を拭い、まっすぐに制人を見つめる。

「制人さん。力を貸してください……!」


制人は満足そうに目元を緩めた。

『ああ。行け、征人――!』


光が爆発的に弾けた。

その光の奔流が収束した先――征人の両腕に、一振りの圧倒的な存在感を放つ大剣が顕現する。


『六煌戦刃ヘキサブレイカー』。

その刃には、制人が秘める魔を制する防壁コードが粒子の光となって美しく脈動していた。


征人は両手でその柄を、魂ごと深々と握り締める。

「黄瀬……! 今、助ける……!!」

爆発的な踏み込みとともに大地を蹴る。

疾風を超えた速度で、ゼロとの距離を絶望的なまでに詰めていく。

ゼロは冷酷に両手の『黄閃双刃ライトニングダガー』を交差させて構えた。


征人は腹の底から魂の咆哮を上げた。

「ウォォォォォォォォッ!!」

『六煌戦刃ヘキサブレイカー』が、制人の光と同調して極大の波動を解き放つ!

「六煌戦刃――ッ!!」

閃光の一閃。

ズバァァァァン!!

刃がゼロの胴体を斜め袈裟懸けに深く切り裂いた。

「効いてくれ……っ!」

征人が地に滑り込み、着地する。

その手応えは、今までと決定的に異なっていた。

切り裂かれたゼロの傷口から、ドロリとした紫黒のノイズが噴き出すものの――傷口が引き寄せ合わない。


「再生が……始まらない……!?」

『確認!』

M1のアラートが響き渡る。

『制人さんの干渉コードにより、敵のバックアップ復元プロトコルが完全に遮断・停止しました!』

「やった……!」

だが、その直後。

ゼロの身体が、まるで内部で二つの存在が狂暴に衝突し合っているかのように、激しく痙攣し始めた。


「グ……ガ……ッ! グアァァァァァ……ッ!!」

ゼロの顔面を覆う白い無貌の仮面に、ピシピシと明確な亀裂が走り出す。

その亀裂の隙間から、ドロドロとしたノイズとともに、溢れ出る血と涙が噴き出した。

バリィィン……ッ!


乾いた音を立てて仮面が半壊し、崩れ落ちる。

その露わになった素顔を目にした瞬間、征人は息を呑み、言葉を失った。

「……黄瀬……!」

そこにいたのは、間違いなく自分たちの仲間であった男――黄瀬悠真だった。

苦痛に歪んだ顔、苦しげに上下する胸、自由の利かない眼球から溢れ落ちる大粒の涙。

「今……ッ! 俺が……内側から……システムを抑え込んでいる……っ!」

黄瀬が、血を吐きながら必死の声で叫ぶ。

「長くは……持たない……っ! 征人……っ! 今のうちに……俺を殺してくれ……!!」

「黄瀬……っ!!」

「俺はもう……俺のこの身体を……制御できないんだ……っ!」

黄瀬の両手が、自分自身の胸を力任せに抱きしめる。内側から暴れ出そうとする冷酷な殺戮プログラムを、己の人間性の全てを懸けて力尽くで抑え込んでいるのだ。全身が激しく震えている。


「早く……っ! 早くしてくれえぇっ!!」

「このままじゃ……また……お前たちや……誰かを傷つけてしまう……っ!」

征人の瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。

「黄瀬……。」

「最後は……っ! 人間として……死なせてくれ……っ! 頼む……征人……ッ!!」

征人は唇を噛み切りながら、拳を固く握り締めた。

そして――満が提示した絶対兵装の存在を胸に刻む。


ゆっくりと、しかし揺るぎない覚悟を込めて頷いた。

「分かった。」

「黄瀬……お前を……一人の『人間』として送り出す。」

六煌ストライカーの全身から、六色の眩い光の粒子が爆発的に解き放たれる。

「六煌戦砲――ヘキサブラスター!!」

幾重もの重厚な展開音とともに、漆黒の巨大な砲身が征人の両手へ実体化した。

その銃口を取り囲む六つのクリスタルが、次々と神聖なる固有の輝きを放ち始める。

白――『閃光ナイト』。

黒――『重凱ブロッカー』。

紫――『紫閃ブラスター』。

蒼――『蒼天ヴァリアント』。

金茶――『雷皇インパクター』。

柿黒――『黒皇バスティオン』。


六つのルミナスギアの真なる出力。

仲間たちの絆。

そして――征人の、仲間を想う優しき魂の全霊。

その全てが、一極集中で漆黒の砲身へと充填されていく。

『最終エネルギー充填率、限界突破。』

『敵バックアップ復元ロジックを上回る消滅出力を確認。』

M1が静かに告げた。

「黄瀬ぇぇぇっ!!」

征人が叫ぶ。


黄瀬は激しい苦痛に顔を歪めながらも――その瞳に、かつての穏やかな光を宿して、かすかに笑った。

「征人……。」

「ありがとう……。」

「俺の最後を……お前に託せて……よかった……。」


征人の頬を、温かな涙が伝い落ちる。

「……ああ。」

「任せろ……ッ!!」

トリガーへ、固い意志を込めた指をかける。

「六煌終砲――ッ!!」

六色の光が銃口へと超高圧で凝縮され、空間を歪ませる螺旋を描き出す。

「ヘキサ・バーストダウン!!!!」

ドゴォォォォォォォン!!


六色の光線が一つへと昇華し、概念すらも穿ち抜く極大の螺旋エネルギー砲となって、ゼロの胸元を貫いた。

「グ……ア……ッ……。」

ゼロの全身を侵食していた狂暴な紫紺のノイズが、光の粒子に洗われるように次々と消滅していく。

バックアップから復元されようとしていたバグ領域が、復元される隙すら与えられず、根本から蒸発していく。

ゼロのコア。

カオス・プロセッサーの呪い。

受け継がれた使徒の存在エネルギー。

そして、黄瀬悠真を縛り続けていた惨劇のノイズ。

その全てが、六色の祝福のような光の中で完全なる無へと消滅していった。

その光の奔流の中心で。

黄瀬の顔だけが、穏やかな安らぎを浮かべて残っていた。


「……征人。」

「うん……。」

「ありがとう……。最後に……人間に戻れた気がするよ……。」

「黄瀬……っ。」

「真也にも……竜一にも……太哉さんにもひどいことをしたって……謝っておいてくれ……。」

「自分で言えよ……っ!」

征人の声が、激しく震える。

黄瀬は、小さく満足そうに笑った。

「それは……もう叶わないみたいだ……。」

「でも……最後に、お前に会えて……本当によかった……。」

「ありがとう……征人……。」


その言葉を最後に。

黄瀬悠真の姿は、温かな光の粒子となって優しく溶けていった。


「黄瀬……っ!」

征人が手を伸ばすが、虚空を掴むだけだった。

最後に残された無貌の白い仮面が、カランと虚しく地面へ落ちる。

さらさらと輝く金色の砂へと変わり、静かな風に舞って空へと消え去っていった。


訪れる、完全なる静寂。

誰も、言葉を発することができなかった。


やがて真也が、仮面の消え去った痕跡へと歩み寄り、静かに膝をついた。

「黄瀬……。さようなら……。」

竜一は溢れ出る涙を拭おうともせず、拳を握り締める。

征人はただ、その場所を愛おしそうに見つめ続けていた。


「……人間として、旅立てたよな。」

誰に問うでもなく、征人がぽつりと呟く。

M1が、どこまでも優しく、静かな音響で答えた。

『はい。』

『黄瀬悠真の生命データは完全に消失しました。』

『しかし――システムに遺された最後の感情記録に、敵性反応は一切存在しません。』


征人はそっと目を閉じた。

「……そうか。」

「それなら……それでいい。」


穏やかな日常の風が吹く。

そこにはもう、世界を脅かす紫黒のノイズはどこにも存在しなかった。

残されたのは、仲間を失った消えない痛みと――

最後まで仲間を仲間として愛し抜いた、戦士たちの誇り高き想いだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。