無謀の策動-征人
CROSS社・メディカルセンター。
処置室の重々しい扉の前で、満が静かに腕を組んで立っていた。
そこへ、荒い息を吐きながら真也、竜一、征人の三人が駆け寄ってくる。
「大哉さんは……大丈夫なんですか!?」
焦燥を色濃く滲ませ、征人が詰め寄るように尋ねた。
「今、部分データリカバリーの緊急処置が終了したところだ。」
満は低く落ち着いた声で応じる。
「命に別条はない。全治二週間というところだな。」
「よかった……!」
真也が胸を撫で下ろし、深い安堵の息を漏らした。竜一と征人の強張っていた肩の力も、微かに緩む。
「それで……」
征人が厳しい視線で顔を上げた。
「『黒皇神盾アビス・リフレクター』を容易く切り裂いた……あいつの攻撃力は、一体どれほどのものなんですか?」
満の傍らに佇んでいた光が、手にしていたタブレットのコンソールを素早く操作する。
「データログを解析したわ。六煌ストライカーの『六煌終撃ヘキサ・ブレイクダウン』をもってしても、黒皇神盾と黒皇バスティオンの重装甲をまとめて一刀両断にすることは不可能なはずよ。」
ホログラムモニターに表示された戦闘データが、次々と赤い警告波形へと切り替わっていく。
「つまり――あいつが土壇場で叩き出した瞬間的な貫通攻撃力は、六煌ストライカーの最大出力を明確に上回っている。」
征人の表情が一気に険しさを増した。だが、光は静かに言葉を続ける。
「でも……装甲そのものは『蒼天双刃アストラツイン』の斬撃で十分に損傷を与えられていたわ。」
光はゼロの損傷データを拡大表示させた。
「だから、直撃させさえすれば――六煌終撃ヘキサ・ブレイクダウンでゼロの身体を切り裂くことは十分に可能よ。」
「問題は――」
光が視線を上げ、全員を見渡す。
「どうやって、あの理不尽なまでの攻撃と速度を凌ぎ切るか。」
「そして、どうやってその隙に確定的な一撃を叩き込むか。」
「そこが、次の戦いの決定的な分かれ目になるわ。」
「俺が……必ず切り裂いてみせます。」
征人が絞り出すような、しかし揺るぎない声で宣言した。
満は、重々しく首を縦に振る。
「そうだな。」
だが、満の目元から柔らかさは消え、極めて真剣な色へと戻った。
「ただ……一番の懸念はそこではない。」
満の視線が、モニターに映し出された黄色い雷光の短剣へと向かう。
「ゼロが……黄瀬さんの固有武器データを完全に保有・再現していたことだ。」
征人の両拳が、肉が軋むほど強く握り締められた。
「黄瀬さんは敵に寝返った……。なら、奴自身があのシステムに武器のコードを直接渡したのかもしれない。」
征人の声が、地底から響くように低くなる。
「俺が直接戦って、確かめます。」
「武器データを自ら手渡した、か……。」
一瞬、処置室の前に冷たく重い沈黙が落ちた。
征人の瞳の奥に、渦巻くような静かな漆黒の怒りが宿る。
「あいつは、黄瀬が使用していた武器の特性を完璧に使いこなしていた……。そして、大哉さんを殺す寸前まで追い詰めたんだ。」
征人はゆっくりと顔を上げた。その眼光は、鋭利な刃の如く冴え渡っている。
「もし……もし本当に、黄瀬があんな怪物に力を貸しているというのなら――」
「俺は、絶対に黄瀬を許さない。」
「征人くん。」
満が静かな、しかし確かな制止の意を込めて声をかけた。
「熱くなりすぎるな。怒りで視界を曇らせれば、相手の構築したロジックの術中にハマるぞ。」
「……分かっています。」
征人は即座に答えた。
だが、その表情から冷徹な怒りの炎が消えることはなかった。
「しかし……。」
それ以上は言葉を紡がず、征人は深く俯いた。
そして――誰の耳にも届かない極小の呟きを残す。
(俺は……あいつを絶対に許さない……!)
◇◇◇
NEXA社・社長室。
トレイター・コードは、視界一面に広がる巨大な立体モニターの戦闘シミュレーションを悠然と眺めていた。
そこには、六煌ストライカーとゼロの戦闘予測データが数億パターンに及ぶ高速演算として表示されている。
「……ふむ、幾度演算を繰り返そうと結果は変わらんな。」
無数の戦闘勝率を確認し、トレイター・コードは満足そうに口元を歪めた。
「ゼロが六煌ストライカーに敗北する可能性はゼロだ。」
画面には、あらゆる変数を加味しても、ゼロが相手を完勝・抹殺する未来だけが青く提示されていた。
「これで、煩わしいあいつらを根絶やしにできる。」
トレイター・コードが振り返ると、そこには空間の影から滑り出すように佇む、白い仮面の戦鬼ゼロがいた。
「ゼロ。」
「今度は……手加減はいらん。あの男を殺していいぞ。」
ゼロは言葉を返さない。
ただ、その身から漂う凄惨な殺気が、周囲の空間を物理的に圧迫するように膨れ上がる。それだけで、トレイター・コードには十分な応答だった。
「さて……。」
トレイター・コードは再びモニターへと向き直る。
「どこで六煌ストライカーを仕留めるかだな。」
戦略支援システムが、戦域の最適な候補地点を高速で絞り込んでいく。
「……ここか。」
提示されたのは、NEXA社が極秘裏に管理する実験用ルミナスフィールドの領域。
「ここなら、戦闘中の深層データも余すことなく回収できる。」
「それに、我が戦略支援システムからのリアルタイム支援も完璧に行える。」
「NEXA社のシステムが不法に占拠されていることに勘づかれるリスクはあるが……。」
トレイター・コードは軽薄に肩を竦めた。
「まあ、消してしまえば問題ない。」
そして、ひとしきり思考を巡らせる。
「問題は、あの警戒心の強い六煌ストライカーをどうやってこのフィールドへと誘い出すかだな。」
トレイター・コードの瞳が、冷酷な光を宿して細められた。
「そういえば……SmB社には女がいたな。システム運用を担う、あの女が。」
「誘拐するか。」
トレイター・コードが静かに右手をかかげる。
足元の床から紫黒のノイズ波動がドロリと広がり、その蠢く闇の中から、無数の蟻人たちが不気味な関節音を立てて這い出してきた。
「行け。」
「あの女を、傷つけずに連れてこい。」
蟻人たちは一斉に平伏し、闇の中へと消え去った。
◇◇◇
その頃。
光は、単身でSmB社のアドバンス・ラボへと向かって歩を進めていた。
真也、竜一、征人の三人は、大哉の病室の護衛として残している。
「……大哉さん、無事に目を覚ましてくれるといいけれど。」
静まり返った通路を歩きながら、光がぽつりと呟く。
その時だった。
人気のないビル街の谷間に差し掛かった瞬間、前後の空間が紫紺の気体のように歪んだ。
「やっぱり……仕掛けてきたわね。」
光は足を止め、冷静に周囲を見渡す。
紫紺のノイズから、次々と不気味な異形の兵装――蟻人たちが現れ、包囲網を狭めていく。
「征人さんを誘い出すための『餌』として、私が一番狙いやすいものね。」
光は自嘲気みに微かに笑った。だが、その瞳に怯えの色は一切ない。
「戦装ダウンリンク、ルミナスギア!」
眩い黄金の光が光の身体を包み込み、精巧な装甲が構築されていく。
「六煌ストライカー!」
その瞬間――!
上空の建造物の屋上から、一筋の烈烈たる蒼白の閃光が突き抜けてきた。
「光さんは下がっていてください!」
ドガァァァン!!
地面を爆破するように着地した六煌ストライカーが、凄まじい衝撃波とともに蟻人の群れへ一閃の突きを叩き込む。
「征人さん……!」
光が声を上げる。
「ここは俺が引き受けます! 早く後方へ!」
六煌ストライカーは疾風の如き手足の動きで、襲い来る蟻人たちを次々と薙ぎ払い、粉砕していく。
しかし――その圧倒的な戦闘の最中だった。
『ルミナスフィールド、強制展開。』
無機質で不気味な電子音声が、頭上から響き渡る。
「なに……!?」
光が仰ぎ見る。空間そのものがガラスのようにヒビ割れ、六煌ストライカーと蟻人たちの周囲全体が、膨大な歪んだ光の壁に閉じ込められていく。
「深森フィールドだ。」
嘲笑うような声が空間を満たす。
「ここで、君たちの持つすべての戦闘能力をデータとして学習させてもらうよ。」
「誰だ……っ!」
征人が警戒を全開にして叫ぶ。
次の瞬間――周囲の景色が、まるで書き換えられるように一変した。
見渡す限りの広大な密林。鬱蒼と茂る巨木がどこまでも立ち並び、空を覆い隠している。
視界は著しく遮られ、大型の武器を振るう空間すら制限される、極めて劣悪な閉鎖フィールド。
その巨木の上から、滑るように紫黒の影が降り立った。
「自己紹介がまだだったね。」
「私はトレイター・コード。使徒の一人だ。」
「そして――」
もう一つの影が、静寂を破って木々の隙間から姿を現す。
白い仮面。黒い生体装甲。無貌の戦鬼ゼロ。
「そいつは、お前たちを絶望の淵で解体する無貌の戦鬼ゼロ。」
「お前を殺すための、完璧なシステムパーツだ。」
征人は静かに剣を構え直す。
「俺を倒す……? できるものなら、やってみろ!」
トレイター・コードは愉悦に満ちた笑みを漏らした。
「ゼロ。」
「――殺せ。」
その冷徹なプロトコルと同時に、ゼロの姿が消失した。
両手に瞬時に構築されたのは、黄色い雷光を散らす『黄閃双刃ライトニングダガー』。
木の幹を蹴り、物理法則を無視した超スピードで征人の死角へと肉薄する。
『征人さん!』
内蔵AIのM1が即座に戦術判断を下す。
『この極小の密林空間において、長剣の回旋運動は著しく不利です! 『鉄城腕甲フォートレスナックル』の緊急換装を推奨!』
「分かった!」
征人の手にあった白煌剣ルクス・ディバイダーが光となって消え、代わりに両腕へ重厚極まる超重量アームが展開される。
「鉄城腕甲フォートレスナックル!」
ガキィン! ガキィン!!
ゼロの超高周波ダガーの連撃を、征人は腕甲の絶対装甲で完璧に弾き返した。
さらに、征人の両脚のギアへ、蒼天ヴァリアントの「風」と閃光ナイトの「瞬撃」の運動ベクトルが過重加算される。
「そのスピードなら……見切れる!」
疾雷の如き一瞬。ゼロの視界から、征人の巨躯が消え去った。
「重圧粉砕グラビティ・コラプス!!」
超高密度の重力波を纏った黄金の拳が、ゼロの無防備な胴体へと何重もの連打となって叩き込まれる!
ドゴォォォン!!
最後の上段突きが完璧にクリーンヒットし、ゼロの身体は大木を何本もなぎ倒しながら泥土へと叩きつけられた。
凄まじい土煙とノイズが舞い上がる。
征人は息を整えながら振り返った。
「やったか……! M1の即座な切り替えのおかげだ!」
だが――
『征人さん!』
M1の声が、かつてない緊張感を帯びて響く。
『まだです! 敵の体内エネルギープラントが、異常励起を起こしています!』
「何……!?」
深く立ち込める土煙を切り裂き、ゼロが何事もなかったかのように立ち上がった。
その背部装甲がギチギチと音を立てて展開し、高出力の流体ブースターユニットが露出する。
直後――爆発的な推進音!
一瞬にしてゼロがゼロ距離へと迫っていた。
「速い……っ!?」
征人は間一髪で後退する。
『接近速度、初期値の四〇〇%へ急上昇!』
M1の解析が追いつかない。
「雷鼓!!」
征人は叫び、空中に音撃展開用ユニットを召喚する。
「音撃波、全方位照射!」
ドォン!!
高密度の指向性音撃波が周囲へ爆散し、空気の壁となってゼロの突出速度を強引に削ぎ落とした。
「今だ!」
征人はフォートレスナックルを構えたまま、記憶された黒皇バスティオンの防御ロジックを強制ダウンロードする。
「黒皇神盾アビス・リフレクター!」
黄金と漆黒が入り混じる巨大な障壁が展開された。
減速したゼロのライトニングダガーが、神盾へと猛然と叩き込まれる!
ガガガガガッ!!
黒い刃が高周波で削り立てるが――
「切り裂かせない……っ!」
ゼロの動きが、初めて完全に停止した。
神盾の表面に傷は入るものの、集中過熱の時間を奪われたダガーは絶対の防壁を穿ち抜くことができない。
ゼロは一瞬の判断で、大きく後方へと跳躍した。
征人は周囲を見渡す。雷鼓の音撃波によって、周囲を覆っていた巨木群は跡形もなく吹き飛び、周囲数キロにわたって広い平地(視界)が確保されていた。
「よし……!」
征人の口元に笑みが宿る。
「作戦通りだ……これで、遮るものなく『六煌戦刃』が振るえる!」
空間へと手を伸ばし、真の必殺形態を呼び寄せる。
「六煌戦刃ヘキサブレイカー!」
六色の属性光が収束し、圧倒的な存在感を放つ大剣が顕現した。征人は両手でその柄を深々と握り締める。
「M1、カウントダウンだ。あいつが間合いに入ったその一瞬に、全出力を叩き込む!」
『了解。カウント開始します――』
ゼロがゆらりと立ち上がる。
次の瞬間、ゼロの全身の装甲が悍ましい駆動音とともに組み替わり始めた。
背中のブースター、両肩の補助推進器、腰部、脚部――全身のあらゆる箇所から高密度エネルギーの噴射口が露出していく。
「……何だ、あの形態は!?」
M1が緊急解析を開始する。
『敵、最終加速形態へシフト……! 速度上昇率、推定――』
モニターの数値が狂ったように垂直上昇していく。
「M1!?」
『……算、算出不能! 危険です、征人さん!!』
ゼロが――消えた。
「速さ」という概念を超越した、次元の跳躍。
征人の動体視力でも、CSSのトラッキングでも、その軌跡すら捉えられない。
『征人さん!!』
M1の声が、明確な悲鳴となって叫んだ。
『計算外! 完全な計算外の速度です! 攻撃も、防衛プロトコルの展開も間に合いません!!』
次の瞬間には、ゼロは征人の眼前に存在していた。
頭上に掲げられた黄色い雷光のダガー。
六煌戦刃ヘキサブレイカーを振り下ろす時間すら、ゼロの速度の前には永遠に等しい隙となる。
「しまっ――」
鋭利な刃先が、征人の眉間へと突き出される――!
『征人さんっ!!!』
「ダメ――ッ!!!!」
その刹那。
静寂の密林フィールドに、切痛な少女の声がどこからともなく響き渡った。
征人の思考が凍りつく。
いや――止まったのは、征人ではなかった。
ゼロだった。
突き出されたライトニングダガーの鋭利な刃先が、征人の皮膚のわずか数ミリ前で、まるで時間が固定されたかのようにピタリと静止している。
「……え……?」
征人は目を見開いた。M1の警告アラートも、完全に沈黙している。
そして――その叫び声を、征人は痛烈に知っていた。
「神子……のか……?」
ゼロの白い仮面が、微かに、震えるように揺れた。
ほんの一瞬。システムの端末であるはずの戦鬼の動きが、人間的な戸惑いを含んで完全に停止した。
征人の瞳に、青い覚悟の光が爆発的に宿る。
(今だ……!)
六煌戦刃ヘキサブレイカーの柄を、魂ごと握り直す。
全身の全ルミナスエネルギーを、剣の刃へと極限まで収束させる!
「六煌終撃――!!」
六色の光が絶望の闇を切り裂いて爆ぜる。
「ヘキサ・ブレイクダウン!!!!」




