無謀の策動-大哉2
モニターに映し出されていたのは、歪んだノイズが重く立ち込める人気のない工業地帯だった。
黒皇バスティオン――郷地太哉は、静かに、しかし大地に深々と根を張る巨木のごとく神盾を構えている。
その正面に佇むのは、白い仮面の戦鬼、ゼロ。
「お前が最近、俺たちを襲っている使徒か。」
太哉の低く落ち着いた声が工場跡に響く。
だが、ゼロは何も答えない。
感情の機微も、人間的な殺気すらも感じさせず――ただ、プロトコルの実行ログをなぞるようにゆっくりと踏み出してくる。
「……返事なしか。」
太哉は深く息を吐き出し、覚悟を固める。
「戦装ダウンリンク、ルミナスギア!」
漆黒の光が溢れ出し、彼の全身を堅牢なる重装甲へと包み込んでいく。
「黒皇バスティオン、推参!」
両腕に重厚な神盾が組み合わされ、絶対の防壁が完成する。
その瞬間、視界のCSS(戦闘支援システム)が冷静な電子音とともに解析結果を表示した。
『敵戦闘データを照合』
『推奨戦術を提示します――敵は高度な学習・適応能力を有しています』
『攻撃動作を最小限に抑え、防御によるデータ収集を最優先してください』
太哉の口元に、微かな苦笑が浮かぶ。
「守るだけが作戦か。」
「ふっ、俺らしいな。」
神盾を前方に深々と構え、大地を強く踏みしめる。
「黒皇神盾アビス・リフレクター!」
漆黒のエネルギー障壁が展開され、周囲の空間そのものを固定する。
――次の瞬間、ゼロの姿が視界から消え去った。
「速い!」
ギィン!!
甲高い衝撃音。黒いナイフが神盾の表面を激しく打つ。
ガガガガガッ!!
右、左、上、下。
蒼天ヴァリアントとの戦闘で解析された「速度」が、暴風のような連続斬撃となって黒皇バスティオンを襲う。
しかし、神盾はピクリとも動かない。
『表面装甲のみ軽微な損耗』
『本体および装着者へのダメージ、皆無』
太哉は揺らぎない笑みを浮かべた。
「悪いが――」
「防御の硬さじゃ、俺の方が上だ。」
ゼロが一歩、静かに後退した。
次の瞬間、ゼロの肉体各所が不気味な機械駆動音とともに変形を始める。
胸部、背中、両肩、両脚。
システムのノイズを撒き散らしながら、無数の音響スピーカユニットが展開された。
「……来る!」
CSSが切迫した警告を発する。
『高出力音撃反応検知!』
『雷皇インパクターと同系統の音波パターンを確認!』
ドォォォォォン!!
周囲の建造物のガラスを一瞬で粉砕する超高密度の音撃波が、黒皇バスティオンを呑み込んだ。
工場跡全体が激しい地鳴りに震える。
だが、太哉は足一本引くことなく、その圧倒的な音圧を受け止めきっていた。
「その程度か!」
神盾が重厚な黄金色の輝きを放ち始める。
「黒皇反界リフレクト・ドミネイト!」
神盾のエネルギー波形が反転し、受け止めた音撃波を何倍もの指向性衝撃波として完全反射する。
巨大な音の奔流が、そのままゼロへと直撃した。
ズガァァァァン!!
爆圧に包まれ、ゼロの身体に展開されていたスピーカーユニットが次々と爆散していく。
紫紺のノイズが空中へと舞い散った。
「効いた!」
社長室で画面を見つめていた征人が、思わず拳を握りしめて叫ぶ。
しかし――ゼロは膝をつくことすら取らなかった。
噴き出すノイズを抑え込むようにゆっくりと立ち上がると、自らの両手に握られた黒いナイフを見つめる。
次の瞬間。
ブシュッ……。
黒いナイフがデータの塵となって崩れ落ち、消滅した。
代わりに、ゼロの両手に現れたのは――蒼く鋭利な雷光を纏う二本の短剣。
「……あれは!」
画面を見ていた真也が息を呑み、目を見開く。
「黄閃双刃ライトニングダガー……! 黄瀬の武器だ!」
CSSのアラームが室内を満たす。
『危険度急上昇! 敵攻撃属性が「貫通・高周波」へシフト』
『直撃した場合、神盾の防御限界を突破される可能性があります!』
太哉の表情から余裕が消える。
「まさか……!」
ゼロが消えた。
疾雷の轟音。
次の瞬間には、ゼロは神盾の至近距離――そのわずか数ミリの隙間に佇んでいた。
「速い……っ!」
蒼い雷光が一点へと収束し、奔る。
「黄閃瞬撃――ブリッツインパクト!」
ギャアァァァン!!
雷撃と高周波振動が、神盾の「同一箇所」へと寸分違わず叩き込まれた。
絶対に破られなかった神盾が、悲鳴を上げるように激しく軋む。
ピシッ……。
漆黒の装甲に、一本の明確な亀裂が入った。
「しまっ――」
二撃目。三撃目。四撃目。
ゼロの冷徹なシステム演算は、ただひたすらにその亀裂へ、雷光の斬撃を過熱させながら集中させていく。
ガァァァァン!!
乾いた破壊音が響き渡り、誇り高き神盾が中央から真っ二つに裂け散った。
そのまま、蒼い雷の刃が黒皇バスティオンの胸元を深く切り裂く。
激しい火花とノイズが爆ぜ、太哉の巨体が宙を舞った。
地面を何度も転がり、衝撃で変身が解けかける。
「太哉さん!」
征人が叫び、椅子を蹴って立ち上がる。
画面の向こう。ゼロはゆっくりと倒れた太哉へ近づいていく。
両手のダガーを逆手に構え、完全なる「戦闘不能」を確定させる間合いへ。
――その、まさに寸前だった。
ゼロの動きがピタリと停止した。
仮面がわずかに天井を向く。まるで、脳内に直接打ち込まれる通信ログを受信するように。
『やりすぎです。戻りなさい。』
プロトコルを執行するトレイター・コードの静かな命。
ゼロは躊躇なく雷光のダガーを消去した。
一瞬だけ、地に伏す太哉を無感情に見下ろす。
そして足元から広がる紫紺のノイズの海へと静かに沈み込み、その姿を完全に消し去った。
映像が途絶え、モニターが暗転する。
CROSS社の社長室は、死したような静寂に包み込まれた。
誰も言葉を発することができない。
ただ、光だけが震える指先でキーボードを叩き、解析結果を呆然と読み上げる。
「間違いないわ……。」
「ゼロはこれまでの戦いで……。」
「蒼天ヴァリアントの『速さ』。」
「雷皇インパクターの『音撃』。」
「そして、黒皇バスティオンを破る『極小点への貫通攻撃』……。」
「私たちが提示した戦術と強みの『すべて』を学習し、攻略法を構築したのよ。」
満が重々しく息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
「これで確定したな。」
「奴は、戦えば戦うほど『完璧な天敵』へと進化する。」
絶望的な事実が静かに部屋を満たしていく中――
征人は暗転した画面を見つめたまま、白くなるほど強く拳を握り締めていた。
「次は……。」
一歩前へ踏み出す。
その声には、恐怖を完全に覆い隠すほどの、青く燃え上がる強い決意だけが宿っていた。
「俺が相手をする。」
征人の力強い言葉が、重苦しい室内を打ち破るはずだった。
――だが。
「……待て。」
低く、絞り出すような声が、その決意を静かに遮った。
声の主は、膝の上で拳を深く震わせている矢車真也だった。
その顔は蒼白で、瞳は信じがたい現実を突きつけられた絶望と歪んだ確信に揺れている。
「真也さん……?」
征人が振り返る。
真也はボロボロに傷ついた己のギアの破片を見つめたまま、うわ言のように小さく、しかし室内全体に氷のように染み渡る声で呟いた。
「さっきの……あの蒼い雷光の短剣だ。」
「ただの模倣じゃない。波動の周期も、刃の軌跡も……俺たちの知っている『あいつ』のコードそのものだった。」
真也がゆっくりと顔を上げる。
「あいつは……」
「ゼロの正体は……黄瀬なのか……!?」
その名が落ちた瞬間。
社長室の空気が完全に凍りついた。
満の眉がわずかに跳ね上がり、光はキーボードを叩く指をぴたりと止める。征人は開いた口が塞がらないまま、息を呑んで真也を見つめていた。
学習する兵器。
システムの一部と化された戦鬼。
その仮面の裏に隠された絶望的な真実の影が、CROSS社、そしてSmB社の全員の脳裏に、強烈な衝撃となって打ち込まれた瞬間だった。




