無謀の策動-太哉1
CROSS社・社長室。
重苦しい密度の空気が、部屋全体を支配していた。
応急処置を終えた真也と竜一が沈痛な面持ちで椅子に腰掛け、その向かいには満、光、征人が並んでいる。
傷つき、ノイズの残炎を微かに発するギアの破片が、ガラスのテーブルの上に置かれていた。
「……あいつは、危険すぎる。」
最初にその静寂を破ったのは真也だった。
「あの学習能力は異常だ。」
竜一もまた、苦々しい表情で頷く。
「最初は俺の速さが勝っていた。攻撃も確実に届いていたんだ。」
「だが……一度俺の動きをトレースされた途端、追いつかれた。」
真也の言葉を継ぐように、竜一が拳を握り締める。
「いや、追いつかれたなんて生易しいもんじゃない。」
「最後は明らかに……俺以上の速度を出していた。」
真也の瞳に悔恨の色が滲む。
「俺の攻撃パターンを完全に覚えられて、そのまま上位互換の動きで返された。」
「まるで……自分自身の『完璧な鏡』と戦わされているようだった。」
続いて竜一が、搾り出すような声で口を開く。
「俺も同じだ。」
「初期の音鼓弾は確かに効いていた。」
「だが、数発直撃させた直後……あいつは俺の音撃の波形そのものを解析しやがったんだ。」
苦虫を噛み潰したような顔で、自身の腕を見つめる。
「そして俺の最高の大技――雷皇音轟砕響。」
「血のにじむような訓練で、ようやく完成させた俺の技だぞ……! それをあいつは、真正面から完全に打ち消しやがった。」
言葉にできない屈辱が竜一の胸を刺す。
「自分の全てを注ぎ込んだ技が、ただの『数値データ』として処理された……あの理不尽さが許せねぇ。」
深く静かに耳を傾けていた光が、ホログラムモニターへ視線を向けた。
「少し待って。」
「二人の戦闘データの解析ログが出たわ。」
無数の不規則な波形とバイナリコードが、青い空間に浮かび上がる。
「まず真也さん。」
蒼天ヴァリアントの戦闘ログが拡大される。
「ゼロの初期反応速度は、蒼天ヴァリアントより約三〇%下回っていた。」
真也が目を見開く。
「やっぱり……最初は俺の方が速かったんだな。」
光は表情を変えずに操作を続ける。
「ええ。でも一回目の連撃を受けた直後から、ゼロの反応速度が指数関数的に急上昇している。」
画面上のグラフが、垂直に近い角度で跳ね上がる。
「最終的には、蒼天ヴァリアントの限界速度を約三〇%上回る数値に達しているわ。」
征人が思わず息を呑み、絶句する。
「そんな……たった一回の戦闘でそこまで……!?」
「まだあるわ。」
今度はゼロの腕部から展開された黒いナイフの出力データが表示された。
「初期攻撃力は並みの使徒と同等。」
「でも戦闘終了時には――」
光が数値を拡大する。
「六煌ストライカーの最高出力技『六煌戦刃ヘキサブレイカー』に肉薄するレベルまで上昇している。」
満が静かに腕を組み、重々しく呟く。
「攻撃を受けるたび、相手の強度に合わせて出力を『最適化』しているというわけか。」
竜一が身を乗り出すようにして尋ねる。
「……俺の音撃はどう解析されたんだ?」
光は周波数解析のグラフを表示した。
「雷皇音轟砕響。」
「ゼロはこの波形を瞬時に完全解析しているわ。」
画面上で、竜一の発した赤い音波グラフに、ゼロ側の青い波形が寸分違わず重なり合う。
「逆位相――。」
「反転させた周波数の波動を完璧なタイミングでぶつけ、音撃そのものを物理的に相殺したのよ。」
征人が慄然とした声で呟く。
「ノイズキャンセル……!」
「その通り。」
光が頷く。
「しかもタチが悪いことに、ゼロ側の発生させた音圧の方がわずかに上回っていた。」
「だから竜一さんの音撃は相殺されただけでなく、増幅された衝撃波となってそのまま竜一さん自身へ逆流したの。」
竜一は悔しそうに天井を仰ぎ、深く息を吐き捨てた。
「……だから俺は、自分の技の反動で叩き潰されたってわけか……。」
社長室に、重い沈黙が立ち込める。
真也が低い、確信めいた声で呟いた。
「だが……何かがおかしい。」
「強くなるスピードが早すぎるんだ。」
「いくらAIやシステムの学習と言っても、個体の処理能力を超えている。」
光もまた、真也の違和感に同意するように深く頷いた。
「私も同感よ。」
画面の表示を瞬時に切り替える。
ゼロの行動履歴。
攻撃の思考パターン。
外部とのデータ通信ログ。
「これは解析からの推測だけど……。」
「ゼロ単体が自分の頭脳で考えて行動しているわけじゃないわ。」
征人が顔を上げる。
「どういうこと……? ゼロの後ろに誰かがいるってことか?」
「ゼロの背後に、超高次元の『戦略支援システム』が存在しているのよ。」
その言葉に、室内の空気が一変する。
「私たちの運用しているSAS――Strategic Analysis System。」
「それと同等、あるいはそれ以上の異常な演算能力を持ったシステムよ。」
「それがゼロの戦術カメラを通じて戦闘をリアルタイム解析し、一秒間に数億回のシミュレーションを行って、常に『絶対の最適解』をゼロの肉体へ送信し続けているの。」
それを聞かされた満は、怒るでもなく、恐怖するでもなく、静かに口元を綻ばせた。
「なるほどな。」
「ゼロという存在は、ただの実行端末(兵士)。」
「本当に警戒すべき恐ろしい敵は、その背後に潜む『巨大な頭脳』というわけだ。」
光が確かな意志を込めて頷く。
「ええ。」
「ゼロという個体そのものも脅威だけど。」
「真の恐怖は、その裏で回り続けている戦略システムそのもの。」
「これは――『システム対システム』の戦争よ。」
――その直後だった。
『緊急警告。敵性反応を検知しました。』
M1の冷徹なアラート音声が、張り詰めた社長室に響き渡る。
『郷地太哉さんが、未知の敵と遭遇。』
『交戦状態に入ったことを確認しました。』
征人が勢いよく立ち上がり、椅子が大きな音を立てて倒れた。
「太哉さん……!」
光が素早くメインモニターへとコンソールを操作する。
画面いっぱいに映し出されたのは、ノイズに歪む市街地の映像。
そして――そのノイズの渦の中心に。
揺るぎなき要塞のごとく、黒皇バスティオンが静かに、しかし圧倒的な威圧感を持って立ちはだかっていた。




