無貌の策動-竜一との闘い
「いやぁ、食った食った!」
各務竜一は満に紹介された中華料理店を出るなり、パンパンに膨らんだ腹を豪快に叩いた。
「やっぱり、うまい飯を腹いっぱい食うと生き返るな!」
満面の笑みを浮かべ、夜の街を機嫌よく歩く。だが次の瞬間、前方の空間が不自然に歪み始めた。
視覚を狂わせる紫紺のノイズ。
「……来たか。」
ノイズの渦中から、白い仮面を戴いた黒き戦士が静かに姿を現す。
「真也の言っていた新しい使徒だな。」
竜一は表情を引き締めると、即座に踵を返し、人気のない河川敷へと誘導するように走り出した。ゼロは一切の足音を立てず、空間の歪みを伴いながらその背後を静かに追ってくる。
「俺が雷皇インパクターだと知ってて狙ってきたんだろ?」
河川敷に立ち塞がり、竜一が問いかける。返事はない。ただ無機質な仮面が佇んでいるだけだ。
「まあいいさ!」
竜一は不敵に笑うと、右腕を夜空へ高く掲げた。
「戦装ダウンリンク! ルミナスギア!」
黄金と橙の眩い光が全身を包み込む。両手には重厚な巨鎚、背後には浮遊する四つの雷鼓が展開される。
「雷皇インパクター、顕現!」
ゼロは言葉を発することなく、淡々と歩みを進めてくる。
「先手必勝だ!」
竜一が巨鎚を激しく振り下ろした。
「雷鼓、展開! 音鼓弾!!」
背後の四つの雷鼓が空中へ跳躍し、一発目の音撃が目に見える衝撃波となってゼロを吹き飛ばす。さらに畳みかける。
「音鼓弾! 音鼓弾! 音鼓弾!!」
空気を押し潰す連撃の音波。ゼロは回避の素振りすら見せず、すべての衝撃波を真正面から受け止める。凄まじい着弾音が響き渡り、 zeroの身体が地面を何度も転がった。
「どうだ!」
竜一が笑みを浮かべる。
「これがお前たちの限界か!」
だが、上がっていた土煙の中からゼロが立ち上がった瞬間、竜一の笑顔が引きつった。
白い仮面には傷一つついていない。ゼロは静かに両腕を持ち上げると、手首の装甲を破損させるようにして黒いナイフを展開した。
「まだ来るってのか……!」
竜一が再び雷鼓を鳴らす。
「音鼓弾!!」
空気を裂いて飛来する音波。その瞬間、キィンと甲高い拒絶音が響いた。ゼロのナイフが、目に見えぬ音撃の衝撃点を正確に捉え、真っ二つに切り裂いていたのだ。
「なにっ!?」
二発、三発、四発。飛来するすべての音撃を、ゼロは全く同じ最短軌道の閃光で切り捨てていく。
「馬鹿な……」
竜一は息を呑んだ。
「真也が言っていた……戦いながら相手の攻撃を学習するって、マジだったのかよ……!」
ゼロは歩みを止めない。ナイフを構え、一直線に距離を詰めてくる。
「だったら、これでどうだ!」
竜一が両手の巨鎚を思い切り叩き合わせる。四つの雷鼓が引き寄せられ、空中で一つへと融合、巨大な雷鼓へと姿を変えた。
「音轟砕響!!」
渾身の力で撥を振り下ろす。ドォォォォン!! と夜の河川敷全体を震わせる巨大な音の奔流が発動し、一直線にゼロを呑み込んだ。地面が砕け、周囲の大気が狂ったように振動する。
「決めさせるかよ! 雷皇音轟砕響!!」
竜一が咆哮し、雷鼓が黄金の限界突破光を放つ。四方八方からゼロへ収束する超高密度の音響圧力。逃げ場のない必中必殺の檻。
だが、その絶体絶命の渦中で、ゼロの全身の装甲が不気味な駆動音を立てて変形を始めた。
胸部、両肩、背中、両脚。装甲がスライドし、無数の円形構造体が露呈する。
「……スピーカーだと!?」
次の瞬間、ゴォォォォォ……という地響きのような低音が空間に充満した。
ゼロが自らの全身から放ったのは、竜一の音撃の波形と完全に正反対の位相を持つアンチノイズ――打ち消しの音波だった。
ドォォォン!!
相殺された二つの音波が巨大な衝撃波の残滓だけを撒き散らし、次の瞬間、すべての音が嘘のように消え去った。
圧倒的な威力を誇った雷皇音轟砕響が、完全に消滅していた。
「そんな……バカな……」
竜一の手に握られた撥が震える。
ゼロはゆっくりと右手を前へ突き出した。胸部のスピーカーが、先ほど竜一が解き放ったはずの黄金の輝きを模倣して激しく明滅する。
ドォン!!
今度はゼロの放った音波の奔流だった。竜一は咄嗟に巨鎚を交差し、防陣を組む。
しかし、二発、三発、四発、五発。自身が放った以上の高密度な音撃が全身を叩きつける。
「ぐあぁぁっ!?」
装甲が激しい共振を起こして軋み、竜一は膝をついた。それでも泥を噛み、立ち上がろうとする。
「まだ……終わっちゃいねぇ……!」
さらなる衝撃。竜一の身体は吹き飛ばされ、河川敷の土手を何度も転がり落ちてようやく止まった。
意識が急速に遠のいていく。霞む視界の向こう、ゼロが冷酷にこちらを見下ろしていた。追撃はしてこない。まるで「データの取得が完了した」と確証を得たかのように。
『――怪我を負わせるな。壊すな。』
トレイター・コードの命令プロトコルがゼロの行動を縛る。ゼロは静かに背を向けると、足元から広がる紫紺のノイズの中へ溶け込むように姿を消した。
静寂な夜が戻る。
しばらくして、竜一はゆっくりと目を開けた。全身が軋むように痛む。だが、骨折すらしていない。
「俺も……」
自嘲気味に苦笑しながら、暗い空を見上げる。
「ただのテスト相手にされたってわけか……」
痛む拳を強く握りしめる。
「真也の言っていた恐怖が分かったぜ。あいつは戦うたびに俺たちの力を吸い上げてやがる。次に会う時は……間違いなく、もっと手がつけ込めない化け物になってやがるぞ……」




