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無貌の策動-真也の闘い

「行きなさい」

トレイター・コードの静かな命令が、紫黒のノイズが渦巻く空間に響いた。

その声は、感情を持つ者への命令というより、システムへ入力される実行コードのようだった。

目の前には、一体の戦鬼が跪いている。

白い仮面。

黒い革のような装甲。

そして、その全身から漂う、人間らしい感情を一切感じさせない異様な気配。

無貌の戦鬼――ゼロ。

「CROSS社のルミナス・マニフェスターズ」

空中モニターに三人の顔が映し出される。

「矢車真也」

「各務竜一」

「郷地太哉」

トレイター・コードは、楽しそうに三人の顔を眺めた。

しかし、その瞳には一切の温度がない。

「お前の任務は、この三人と戦うことだ」

ゼロは動かない。

「殺すな」

わずかな間を置いて、トレイター・コードが続ける。

「壊すな」

「怪我も最小限に抑えろ」

ゼロの白い仮面が、ほんの僅かに動く。

「目的は勝利ではない」

トレイター・コードの口元が歪んだ。

「――学習だ」

ゼロは何も答えない。

だが、その全身から漂う冷徹な気配が、命令を受け入れたことを示していた。

「そうだ」

「お前は兵器だ」

「感情など必要ない」

「敵を知り、技を覚え、能力を解析し、自らを更新する」

トレイター・コードがゼロを見下ろす。

「そして、最高の戦闘システムとして完成するんだ」

指を鳴らす。

その瞬間、床一面に紫黒のノイズが広がった。

「行け」

ゼロの身体がノイズの中へ沈んでいく。

最後まで、その白い仮面には何の感情も浮かばなかった。

やがて、ゼロの姿は完全に消える。

トレイター・コードは満足そうに笑った。

「さあ……」

「SmB社が生み出したシステムに対抗する、私のシステムのパーツが……」

「どこまで成長するかな」

◇◇◇

休日。

矢車真也は、自宅のガレージから自転車を押し出していた。

「今日は久しぶりの休みか」

軽く背伸びをすると、足元から爽やかな風が巻き起こる。

「映画でも観に行くかな」

自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ始める。

その時だった。

前方の空間が、紫黒に揺らいだ。

「……ん?」

空間そのものが歪んでいく。

まるで、この世界の一部だけが別のデータに書き換えられているようだった。

紫黒のノイズが渦を巻く。

その中心から、一人の男が姿を現した。

白い仮面。

黒い全身装甲。

人間とは思えない、冷たい存在感。

真也は即座にブレーキをかけた。

「……誰だ、お前」

返事はない。

ゼロは、ただ真也を見つめている。

「使徒か」

真也は自転車を道路脇へ止めた。

そして周囲を見回す。

人の姿はない。

「……ここじゃ危ないな」

真也はゼロを人気のない工場跡地へ誘導するように歩き出した。

ゼロは何も言わず、その後を追う。

「ここなら一般人を巻き込まない」

真也が振り返る。

「俺を狙ってきたってことは――」

「俺が蒼天ヴァリアントだと知っているんだな」

返事はない。

ただ、一歩。

また一歩。

ゼロが距離を詰めてくる。

「なら、遠慮はいらない」

真也が右手を掲げる。

「戦装ダウンリンク――ルミナスギア!」

蒼い光が真也を包み込む。

風が渦を巻き、蒼い装甲が全身へ展開されていく。

両腕には二振りの剣。

「蒼天ヴァリアント、見参!」

ゼロは動かない。

「最後に聞く」

真也が双剣を構える。

「お前は誰だ!」

返事の代わりに――。

ゼロの拳が飛んできた。

「遅い!」

真也は身体をひねって拳をかわす。

風を読むように、紙一重で回避する。

その瞬間だった。

ギィン!!

ゼロの手首が変形した。

内側から黒い刃が伸びる。

「なっ!」

真也の胸部装甲を、黒いナイフが掠めた。

ギィッ!

装甲に一本の傷が走る。

「隠し武器か」

真也は驚きながらも笑った。

「面白い」

両手の双剣を構える。

「俺の速さを見せてやる!」

真也の身体が、蒼い残像となって消えた。

「蒼天連閃――」

「アストラル・ラッシュ!!」

右。

左。

上。

下。

無数の斬撃がゼロへ襲いかかる。

ズバッ!

ズバッ!

ズバァッ!

ゼロの身体が次々と切り裂かれる。

しかし、そこから流れ出すのは血ではない。

紫黒のノイズだった。

「どうだ!」

真也は攻撃を止めない。

ゼロの身体に刻まれた傷が、ノイズによって修復されていく。

だが、再生が追いつかない。

真也の速度が、明らかに上回っている。

「このまま押し切る!」

最後の一撃がゼロを吹き飛ばした。

ゼロは地面に膝をつくことすらなかった。

ゆっくりと立ち上がる。

その姿は、まるで一度停止したシステムが再起動するかのようだった。

「終わりか」

真也が双剣を重ねる。

二振りの剣が一つになり、巨大な大剣へと変形した。

「蒼天大剣――」

周囲の風が大剣へ集まっていく。

「アストラブレイカー!」

真也が大剣を振り上げる。

「蒼天絶断――」

「アストラル・ブレイク!!」

蒼い閃光が一直線に走った。

その瞬間――。

ゼロの両腕が変形した。

黒いナイフが消える。

代わりに両腕から展開されたのは、ミサイルポッドだった。

「……なっ!」

至近距離。

回避する時間はない。

ドドドドドドッ!!

無数のミサイルが一斉に放たれる。

「ぐあっ!」

爆炎が真也を飲み込んだ。

衝撃で身体が吹き飛び、地面を何度も転がる。

「くっ……!」

真也は痛みに耐えながら立ち上がる。

「武器まで変形するのか……」

土煙の向こう。

ゼロが立っていた。

その姿に、大きな変化はない。

ただ――。

先ほどまでとは違う。

真也は、本能的に感じ取った。

「こいつ……」

「俺の攻撃を見ている」

ゼロは何も言わない。

ただ、真也を見つめている。

「なら……もう一度だ!」

真也が踏み込む。

「蒼天連閃!」

「アストラル・ラッシュ!!」

再び、蒼い残像が走る。

だが――。

キィン!

一撃目。

キィン!

二撃目。

キィン!

三撃目。

ゼロの両手に現れた黒いナイフが、真也の斬撃を正確に受け止めていく。

「……!」

真也の目が見開かれる。

「さっきまで反応できなかったはずだ!」

それでも攻撃を続ける。

右。

左。

上。

下。

しかし、すべて止められる。

「嘘だろ……」

ゼロが一歩踏み込む。

速い。

明らかに先ほどより速い。

ナイフが閃いた。

ギギギギギッ!!

蒼天ヴァリアントの肩。

腕。

胸。

脚。

装甲が次々と切り裂かれる。

「ぐっ!」

真也は後退する。

「俺の動きを……完全に読んでいる」

ゼロの速度が、さらに上がる。

「戦いながら……学習しているのか!」

真也の背筋に、初めて恐怖が走った。

こいつは強いだけではない。

戦えば戦うほど、こちらの力を理解していく。

そして――。

理解した力を、自分のものにしていく。

「そんな……馬鹿な」

ゼロが再び踏み込む。

真也の双剣が弾き飛ばされる。

「くっ!」

ゼロのナイフが、真也の胸部へ迫る。

その瞬間だった。

ゼロの身体が止まった。

ピタリと。

まるで、外部から強制的に停止させられたように。

白い仮面の奥で、紫紺のノイズが激しく明滅する。

『殺すな』

トレイター・コードの命令が、ゼロの内部に再生される。

『壊すな』

『怪我も最小限にしろ』

ゼロのナイフが、真也の胸の寸前で止まる。

「……?」

真也は息を呑んだ。

ゼロはゆっくりとナイフを引いた。

そして、大きく後方へ跳ぶ。

着地点に紫黒のノイズが広がる。

「待て!」

真也が叫ぶ。

だが、ゼロは振り返らない。

その身体はノイズの中へ沈み込み、データの粒子へ変わっていく。

やがて――。

完全に消えた。

工場跡地に静寂が戻る。

風が吹く。

真也はゆっくりとルミナスギアを解除した。

切り裂かれた装甲を見つめる。

「俺を……殺せたはずだ」

拳を握る。

「なのに、見逃した……」

悔しさが込み上げてくる。

「俺の攻撃を覚えた」

「俺の速さを超えた」

「俺の技まで……」

真也は顔を上げる。

「俺は、まだまだ弱い」

その言葉を吐き出した瞬間、真也は拳を強く握り直した。

「次は……絶対に負けない」

誰もいない工場跡地に、蒼天ヴァリアントの決意だけが響いた。

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