無貌の試練
「……いい仕上がりだ」
トレイター・コードはゼロの肩、腕、胸部装甲へ静かに触れ、その無機質な感触を確かめた。
白い仮面の下からは、一切の感情が感じられない。 ただ命令だけを待つ、無口な戦鬼。
「さて……性能試験を始めようか」
社長室の壁一面が、巨大なホログラムモニターへ変わる。 トレイター・コードは戦闘端末を冷徹に操作した。
画面へ映し出される、二人の戦士。 翠嵐ヴァンガード。 橙熱タイタン。 かつて黄瀬がNEXA社で共に戦い、背中を預けていた仲間たちのアバターデータだった。
「仮想戦闘空間は、NEXA社の旧バトルフィールド」 「クラッキングした戦闘データで十分だ」
紫黒の光が、ゼロを包み込む。
「だが……そのままでは試験にならない」 「初期スペック、全数値を倍率設定。開始しろ」
◇◇◇
何もない荒野。
紫黒のノイズが地表を這い、二体のルミナス・マニフェスターズが実体化する。
その正面。 ゼロが、静かに立っていた。 音もなく。 ただ、白い仮面だけが二人を見つめている。
真っ先に動いたのは、翠嵐ヴァンガードだった。
「はあぁっ!」
疾風のような加速。 翠嵐槍ヴェントスピアが、一閃、横薙ぎに走る。
ゼロは右拳で、その槍を上へ軽く弾いた。 その反動のまま、左脚がヴァンガードの腹部へ深くめり込む。
ドガッ!!
ヴァンガードの巨体が宙へ舞う。 ゼロの両腕が、不気味に変形した。
ガガガガガガガッ!!
両腕から生えたガトリングが、空を黒く埋め尽くす。 ヴァンガードは空中で身体をひねり、槍を閃かせた。 風の刃が弾丸を叩き落としていく。 最後の一発を弾き切ると、遠くの岩場へ着地した。
「悪くない」 トレイター・コードが小さく呟く。 「次だ」
橙熱タイタンが前へ出た。 巨大な橙熱重槌フレイムインパクターを高く掲げる。
「橙熱震撃!!」
轟音。 大地が大きく裂けた。
ゼロの足が一瞬浮く。
「橙熱爆砕インフェルノコラプス!!」
燃え盛る大槌が、一直線に振り下ろされた。
ガキィィィン!!
ゼロの両腕に形成されたのは、黄閃双刃ライトニングダガー。 かつて黄瀬が得意とした二本の短剣が、巨大な大槌を受け止めていた。
トレイター・コードは、無言で見つめている。
ゼロは大槌を力任せに弾き飛ばした。 よろめくタイタンへ、一気に踏み込む。 二本のダガーを、胸部へ容赦なく突き立てた。
バチチチチッ!!
紫電が内部を駆け巡り、タイタンの装甲から黒い蒸気が吹き上がる。 そのまま膝をつき、静かに粒子となって消滅した。
「攻撃試験、終了」 端末へ冷徹に入力する。
「耐久試験へ移行」 「タイタン、防御倍率四倍」 「ヴァンガード、攻撃倍率四倍」 「開始」
紫黒のノイズから、二体が再び姿を現す。 今度は、別物だった。 タイタンの装甲は要塞のようにぶ厚く。 ヴァンガードの全身には、狂暴な暴風が渦巻いている。
二人は視線を交わし、同時に地を蹴った。
タイタンが正面から突進する。 その背後へ身を隠すヴァンガード。
「橙熱爆砕インフェルノコラプス!!」
大槌が地表へ激突。 土煙が視界を覆い尽くした。
土煙を突き破り、タイタンが現れる。 振り下ろされる超重量の一撃。
ゼロは最小限の動きで避けた。 そのまま、ダガーをタイタンの脇腹へ突き立てる。
ガギッ!!
刃が止まる。 四倍に引き上げられた装甲を、貫けない。
「効かん!」
タイタンが、ゼロの両腕を強靭な力で掴んだ。 そのまま、空高く投げ飛ばす。
「今だ!」
上空から、暴風が降り注ぐ。
「翠嵐裂空ヴォルテックスブレイク!!」
風をまとった必殺の一閃。
ズバァッ!!
ゼロの左腕が、宙を舞った。
切断された腕は、紫黒の霞となって消え去る。
一瞬後。 肩口から、新しい左腕が静かに生えてきた。
「再生速度……予測以上」 トレイター・コードがログを追う。
しかし、攻撃は止まらない。 着地したゼロへ、タイタンが肉薄する。 巨大な拳が、腹部を殴り飛ばした。
さらに大槌。 二発。 三発。 四発。
地面が陥没していく。 最後に、全力の振り下ろし。
ドゴォォォン!!
巨大なクレーターだけが残った。
「終わったか」
土煙が晴れる。 そこには、誰もいない。
「何!?」 タイタンが振り向く。
その瞬間だった。 ゼロは、すでに背後に立っていた。
「速い……!」 ヴァンガードが叫ぶ。
ゼロの両脚から、紫黒のブースターが展開された。 爆発的な加速。
ヴァンガードが反応するより早く。 二本のダガーが交差した。
ズバァッ!!
ヴァンガードの身体が上下に分かれ、粒子となって消失する。
止まらない。 ゼロは、さらに加速する。
タイタンが大槌を胸の前へ構えた。 「来い!」
全身装甲で受け止める構え。
ゼロは両腕を前へ突き出した。 二本のダガーを一点へ揃える。 そのまま、身体が超高速回転を始めた。
紫黒の竜巻。
タイタンの瞳が揺れた。 「まさか……!」
激突。
ダガーが大槌を粉々に打ち砕いた。 そのまま厚い胸部装甲を貫通する。 回転が止まらない。
ドッ!!
タイタンの全身が、内側から爆散した。
轟音。 荒野に、静寂が戻る。
◇◇◇
NEXA社 社長室。
紫黒のノイズと共に、ゼロが帰還した。 無言のまま、主人の前へ跪く。
トレイター・コードは、表示された戦闘ログを眺めた。
「攻撃能力……極めて優秀」 「再生能力……予想以上」 「だが……防御性能は、まだ向上できる」
画面には、戦闘解析の数値。 左腕切断。 打撃ダメージ。 装甲貫通率。
トレイター・コードは、静かに口元を歪めた。
「いい」 「弱点が分かれば、いくらでも改良できる」
画面を切り替える。 そこへ、次々と戦士たちのデータが映し出された。
蒼天ヴァリアント。 雷皇インパクター。 黒皇バスティオン。 そして――六煌ストライカー。
それぞれの名前へ、血のような赤文字が重ねられていく。
【学習対象】
「次は、お前に本当の戦いを覚えさせよう」
「一度見た技は、二度と通用しない」 「何度でも学び」 「何度でも進化し」 「最後には……誰も、お前を止められなくなる」
トレイター・コードの嘲笑を前にしても、ゼロは微動だにしない。
目も口もない白い仮面だけが、ただ静かに、次の獲物を求めるように佇んでいた。




