光の苦悩
同じ頃――。
SmB社・開発部。
深夜にもかかわらず、一室だけに明かりが灯っていた。
カタカタカタ……
静まり返った部屋に、キーボードを叩く音だけが響く。
複数の大型モニターには、膨大なプログラムコードが高速で流れていた。
その中央で、光は険しい表情のまま画面を見つめ続けている。
「駄目だ……」
小さく呟く。
「これじゃ、応答速度が足りない」
プログラムを書き換え、再びシミュレーションを実行する。
―― ERROR
赤いエラーログが、画面いっぱいに点滅した。
光は大きく息を吐き、椅子へ深くもたれ掛かる。
机の上には、飲み終えた缶コーヒーが何本も転がっていた。 睡眠時間も、ほとんど取っていない。
それでも、休む気にはなれなかった。
ホロウ・ウィスパーとホロウ・スクリーム。 あの事件で失われた、あまりにも多くの命。
もし。 自分がもっと早く、新システムを完成させていたなら。
救えた人が、いたかもしれない。
その後悔だけが、光の身体を突き動かしていた。
「六煌ストライカーだけじゃ……」 「きっと、次は止められない」
敵は進化している。 ならば、自分たちも進化しなければならない。
光はもう一度、キーボードへ手を伸ばした。
画面中央に、新たなシステム名が浮かび上がる。
《破魔神装 緋神威・八咫烏》
六煌ストライカーを超えることを目的として開発された、新世代戦術支援システム。
AIによる未来予測。 リアルタイム戦術最適化。 複数フォームの瞬時切替。 そして、ルミナスギアとの同期率を極限まで高める新アルゴリズム。
光が持つ知識と技術。そのすべてを注ぎ込んだ、最後の切り札だった。
「もう少し……」 「あと少しなんだ……!」
その時だった。
ドアが静かに開く。
「まだ帰ってなかったのか」
振り返ると、満がコンビニ袋を片手に立っていた。
「夜食だ」
パンとコーヒーを机へ置く。
「ありがとう」 光は、少しだけ口元を緩めた。
「また徹夜する気だろ?」
「そのつもり」 「急がないと……」
満は空いている椅子へ腰掛けた。
「俺も、嫌な予感がしてる」 「最近の使徒は、明らかに違う」 「今までみたいな力任せじゃない。何か目的があって動いてる」
光は静かに頷く。
「だから、このシステムが必要なんだ」 「次に現れる敵は……きっと、今までで一番強い」
しばらく、静寂が流れる。
満はモニターへ表示されたシステム名を見つめた。
《破魔神装 緋神威・八咫烏》
「いい名前だな」
光は照れくさそうに笑う。
「今回は、誰かを倒すためじゃない」 「守るための力にしたい」 「もう、誰も失いたくないから」
満は静かに頷いた。
「完成したら、一番最初に俺がテストする」 「遠慮なく壊してくれ」 「その方が、改良点が見つかる」
二人は思わず笑った。 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
「無理するなよ」
満はそう言い残し、部屋を後にした。
ドアが閉まる。
再び部屋には、キーボードを叩く音だけが響き始めた。
カタカタカタ……
光は画面を見つめながら、静かにプログラムを書き続ける。
画面中央。 開発状況が更新された。
【開発進捗率 65%】
光は拳を握り締め、小さく呟いた。
「間にあって……!」
その切実な祈りだけが、静まり返った部屋に低く響いていた。




