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4ダース(回想)嘘

あの娘と記載しておりますが、

あのとお読み頂けますと幸いです。




 嘘には、種類がある。




自分自身の保身の為の、


身勝手で、誰かを傷付ける事も厭いとわない嘘。

相手を想いわざと忘れたふりをして、自身の胸の内に仕舞っておく優しい嘘。   



 人は、優しさだけでは生きていけない。

その優しさを隠し置いて、駆け引きをする事も生きて上で必要だ。




 (人は皆、エゴイスト。

そして自身の欲の為ならば、手段は(いと)わないのだから)






 無機質な、モデルルームの様な部屋。

綺麗に整理整頓されていて、一点の曇りもない部屋。






 香菜はベッドに腰掛けると、膝に乗せていた箱を開けた。


箱の中には、沢山の茶封筒が丁寧に詰め込んである。

全て新聞配達員の仕事で稼いだ貯金を入れていた。




(これ以上、兄と義姉には迷惑はかけられない、かけたくないもの)




 高校に入学し、16歳になった夏休み。


町に一軒しかない本屋と併設している新聞店で雇用して貰った。



 元々書籍を買う時には必ず訪れていたので、

新聞配達員の人とも顔見知りだったのもあるが、香菜は思っていた。




(自立しないといけない。このまま甘えてばかりでは、 

私はあの頃のまま、何も変わる事は出来やしないから)




 早く大人に成らなければ。

恩を仇で返す様な真似はしたくない。

ならば、現実的にも精神的にも、早く大人に成らなければ。

大人になって、あわよくば、二人に対して親孝行をしたい。






 




 穏和な田舎独特の雰囲気と風情。

それは都心を離れて、まるで別世界にきた様な感覚だった。

時刻はまだ早朝。欠伸をしながらまだ眠たげな面持ちで、綾はこの町に来ていた。




 准に会うのが目的でも、



弟が今、生活がどうしているか、

なんて微塵も興味がない。本当に興味はあるのは……。

リムジンの席に背を預けながら、綾は一枚の写真を取り出す。




 緒方香菜。准の娘だ。



素性は不明だったが、

彼女の動向を探偵事務所の報告書に記載されていた。




(____この娘が、もし、“あの娘”ならば)




 不意に脳裏にそう(よぎ)る。






 その刹那、

コンコン、とノックする音が聞こえた。

綾は窓へ視線を向けると一瞬だけ、心の中で悲鳴を上げる。


___其処には、准が怪訝な面持ちを浮かべていたからだ。






 しかし、瞬時に表情を取り繕い、綾は車から降りた。




「勘が鋭いのは、相変わらずね」

「いえ。朝から異様な様でしたので。

エスケープクロックホールディングスグループの娘様が何か御用ですか?」




「あの娘の事で、貴方からの態度が煮えきらないから」

「………娘の事ですか?」


「そうよ。それに最近、懇意にしてる探偵事務所は、

守山財閥の権利を恐れて違う人間の写真を同封したりするから………ね」


「要するに実際に確認しないと、納得出来ないと?」

「流石、洞察力は鈍っていないじゃない」




 けらけらと笑う綾に、准は不穏な雰囲気だ。




「あの写真は、娘でしたよ。間違いなく。

それに何度も申しますが僕達の元に来た女の子は、“あの時の娘じゃない”」




 准は流し目にした後に、そう冷静沈着に告げる。

あの時の子じゃない、その台詞は聞き飽きた。

隠そうとしても、出来やしない癖に。




「ねえ、准……貴方、この数年間、

様々な養護施設や孤児院を尋ね回っていたそうじゃない?


それって何故なの? 

合理的思考の貴方はしない事よね。



もしかして………貴方、あの娘を捜していたの……?」






 准は視線を彷徨わせた後で、首を横に振る。




「養護施設や孤児院を回っていたのは、ボランティアです」


「ボランティア? でも、なら………」



「姉さん。さっき告げた通りです。それに、


 


 僕は去る者は追わない。



“あの娘”は守山家を知らず、平穏に暮らしている事でしょう。


_____今更、事を荒立てても、誰かを傷付けるだけだ。



嘘八百。

人は時に知らない方がいい現実が必要な事もある」




 真剣な眼差しで告げる准に、何処か不服そうな綾。




「僕は、知りたくても何も知らない。

けれども、我が家の娘は守山家とは無関係なのは、言える事だ。

_____巻き込まないで」






____新聞店。




「香菜ちゃん、ごめんな」


「いえ。気にしないで下さい。

一度、町をお散歩してみたかったので、平気です」





 新聞屋にある自転車が一輪、パンクしていた。



他の同僚の配達員は全て出発していたので、

香菜は徒歩で新聞配達をする事になってしまったのである。




 申し訳無さそうなチーフに、微笑みを作り返す香菜。


我ながら

その無表情をながら不器用でかつ、何処かぎこちない。

代わりに防水のショルダーバッグに、防犯ブザーを着けてくれた。




「何かあったら、

 防犯ブザーの此処を引っ張って、叫ぶんだよ」

「はい。解りました」












 可笑しい。可笑しい。




(准は、合理的思考の持ち主だった筈だわ)




 守山家に居た頃、准は合理的主義者で有名だった。

自身にも他人にも、感情には決して惑わされない。

良く言えば理性的。悪く言えば、冷酷。




 何か策略がないと彼は動かない。

見知らぬ他人の孤児を理由もなく、養女に迎える筈がない。

表向きは慈悲深い青年の様に見えるが、

裏では何処か矛盾しているとそう感じていた。




 『変わったんだよ』




 彼はそういうけれども、綾にはそう思えない。












「………あの、」




「なにかしら?」






 張り詰めた空気の中、運転手は口を開き、控えめに言う。




「あの娘、ご子息の娘さん、ではないですか……」


「え?」




 後ろの窓を見て下さい、と言われ、

綾はシートベルトを外し、後頭部座席の真後ろを見た。

バックミラーの人影から運転手は気付いたらしい。




 手元の写真と照らし合わせて、視線を交互に彷徨わせる。

間違いはない。准の娘である緒方香菜だ。




 新聞屋の制服を羽織り、ジーンズ姿。

長い柔らかな黒髪が風に煽られて、優雅に泳いでいる。

彼女は器用にショルダーバックから新聞を取ると器用にかつ


丁寧に、新聞を一軒一軒のポストに投函していく。




 その横顔は何処か儚く、何処か憂いを佇ませている。

ぼんやりとした虚空を見詰める眸は、何を見詰めているのか分からない。





「止めて頂戴」


「はい」










「ねえ、貴女、少し良いかしら?」


「………はい」




 頭上から降ってきた勝気な声音に、目を見開く。

反社的に思わず返事を返してしまった事を後悔しながら、

聞き覚えのない声音に恐る恐る視線を向けた。




 思わず無意識に、

防犯ブザーに手をかけて、バックを後ろに回した。



 不意に視線を遣るとスーツスタイルの女性。



 この町には確実にいない人だ。

向こう側には見慣れないリムジンが止まっていて、思わず警戒心が高鳴る。




 もっとも間近に見ると、写真より


その顔立ちは端正に整い、

何処か物憂げ世情を表した様な繊細でアンニュイさを残す。

故にその雰囲気は何処か影を落としていて、常に俯いている。




「…………初めまして。私……ですか?」

「そう。貴女、この町の娘かしら?」





「……いいえ」




 瞳孔を彷徨わせた後に、少女は呟く。




綾は内心、怪訝な面持ちになる。




「どういう事? その新聞はこの町のものよね?」

「親戚の集まりで訪れています。これは

風邪をひいた従妹の代わりを頼まれまして………実家は違う所です」




 しどろもどろが、玉にキズだ。



 幼い頃に抱いた恐怖心にも似た警戒心から、目も合わせられない。

不意に脳裏に兄が口を酸っぱくして、呪文の様に言っていた言葉を思い出した。




『いいか、香菜。

この世には“嘘八百”、という言葉がある。

嘘はいけない事もだけれども。


それは時に自分自身を守る為のものであり、

時にして人様を傷付けない為にもなる。


 そして今のこの世は、とても物騒なものだ。

この町は平和そのもの。知らない人には着いていかないのは勿論の事だけど………もし、知らない人に声をかけられたら



 自分自身を偽りなさい。

それは優しい嘘で、身を護る事にも似ている。



_____これは兄さんとの約束だよ』




 自身を護る為ならば。

この人は見知らぬ人だ。だからこそ、保身の為に。





 それに自身は、

幼少期の記憶から、本当は誰にも心を開けない。

親しくなっても、どこかで障壁を生ませてしまっている。




 だからこそ、この瞬間も

針で刺された様な痛みが心臓が広がり、鼓動が早くなる。




 見知らぬ誰かを見ると。心の片隅で何処か震えているのは、変わらない。








「そうなの。

じゃあ、従妹さんにあったら、これを渡してくれる?」

「………はい」




 綾は名刺入れを手際良く取ると、一枚の名刺を取ると

そのまま目の前に差し出した。

香菜はゆっくりと手を伸ばし震えを堪えて受け取る。








 (違うの?)




 探偵事務所が提示した写真と、彼女は一致している筈だ。 


准は肯定したのに、彼女は違うのだと言い切った。

ちぐはぐな食い違いに、綾は、頭を悩ませる。




(貴女、養父の事を疎んでいるの?)




 尋ねたかった。

けれども彼女は一礼するとそのまま、小走りに去っていく。




 






(どうして、私なんかに声をかけたんだろう)






 この町の事を知りたいのなら、大人に声をかければいい。

その方が合理的で辻褄も合う。自身に尋ねられても

伝えたい事の1/50も言えやしないのだから。





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