所詮は鍍金に過ぎなくとも、刃金に仕立てるのが私達の仕事です
ともあれ、雑談の場と化していたラウンジが昼下がりの静寂を取り戻し、厨房から出てきた遠坂氏がテーブルに残された食器類を回収していた頃…… 施設長の執務室では実証試験に携わる三人の大人がソファーに坐し、膝を突き合わせていた。
お互いの付き合いが相応に長い事もあり、先程から手元の資料を眺めていた研究主任のエイナが砕けた口調で愚痴を零す。
「駄目ね、今回も因子移植者に有意な変化は見られない」
「でも、ユウは自身より基礎値の高いソウジを負かして見せましたよ?」
「…… それはあの子の努力や技量であって、私達の成果じゃないわ」
こてんと小首を傾げた上役のヴァネットに呆れ、彼女は肩に掛かる瑠璃紺色の髪を掻き揚げてから、“研究職なら分かっているでしょう?” と冷ややかな視線を向けた。
それをいつも通りの微笑で受け止め、長命なエルフ科亜人種の女史は淡々と言葉を紡ぐ。
「つまり、個人の資質に影響され難く、誰が変性因子の移植を受けても一定水準の能力を示さなければ、財閥本部から高い評価はされないと?」
「えぇ、上層部が求めているのは安定供給が可能で、均質的な戦闘力を持つ現化量子の適合者だから」
我が意を得たりと頷いたエイナの認識通り、第七孤児院の研究を統括するオウカの父親は軍部出身なだけあり、突出した個よりも均整の取れた全を重んじる節があった。
自らの非凡さは棚に上げ、財閥の軍事部門に必要なのは部隊連携や、兵員補充の容易さだと公言している。
故に個の力を追求する極致化計画に愛娘が関係していても、そこから派生した量子適合者を量産する研究に興味は移りつつあり、本格的な取り組みを第三孤児院で行う計画も並行して進められていた。
「…… 極点に至った個が数揃えの有象無象に劣る道理はないのですけどね」
長命種の膨大な見識によるものか、確信的な眼光を翡翠色の瞳に湛えたヴァネットが微笑み、一人黙していた指導教官の鈴城が溜息を零す。
「人の限界を追い求めるのは勝手ですが… ユウの場合は蓄積した経験や情報から相手の行動を予測しているだけで、汎用性が低いと言わざるを得ません」
「さっきも相手が既知のソウジだから上手く虚を突けたけど、荒野や廃墟に蔓延っている雑多な幻獣だと通用しないわ」
やや冷静な口調で至極真っ当な意見を並べる二人に対して、物腰柔らかな女史は反論するでもなく緩りと頷き、指摘された内容に深い理解を示した。
「勿論、所詮は鍍金に過ぎないと存じています。ただ、それを本物の刃金に仕立てるのも私達の役目です」
「確かにそうかもしれませんね」
力強く言い切ったヴァネットに孤児達の指導役が同意して善処を約束した事で、話題はユウとミコトが初等課程を終えるための実技試験に移っていく。
一足先に進んだオウカやソウジの時と同じく、課題は捕獲された小型幻獣との実戦である。本来は戦闘職の教育を主目的とした中等課程の訓練校で実施する取り組みだが、過酷な訓練が課される孤児院だと前倒しにされるケースは珍しくない。
その際は幻獣の爪牙を削り丸め、心臓にリモート起動式の爆薬を埋め込んだ状態で宛がう規則など定められているものの、被験者に危険が付き纏うのは明らかだ。
「ここは慎重を期さないとね」
短く呟いたエイナが鈴城を見遣り、大丈夫なのかと無言で問う。不測の事態が生じて人命軽視と非難されるのは御免被りたい上に、少なく無い研究資金を投じてきた二人を失っては本末転倒である。
されども、伸びしろが無くなりつつある現状は否定できず、比較的に安全性が確保された環境で幻獣との実戦を行う意義は大きい。
「… 概ね賛同できますが、懸念はあります」
「具体的にお聞きしても?」
興味を示したヴァネットに尋ねられ、彼はミコトの精神的な脆弱性に言及した後、いつも懐かれている貴女の方が既知だろうと呆れた。
「優しいから弱そうにそう見えるだけで、本当は芯の強い娘です。過剰な心配は不要な気もしますけど……」
念のためユウと一緒に小型幻獣へ対峙させてはどうかと、僅かに逡巡してから提案する。同日に孤児院へ籍を置いた縁もあり、二人の関係性は悪くないため、少々待っても反対するような意見は出てこない。
「数的優位の下で経験を積ませるのは有効だと思うわ」
「徐々に慣らしていけばリスクも低減するか……」
「では、その方向で準備を御願いします」
締め括りの言葉をエイナと鈴城に述べ、離席したヴァネットはポットのお湯で三人分の紅茶を淹れる。小難しい話が終わったので、遅ればせながらも午後のティータイムを始めるつもりなのだろう。
恒常的な風景なのか、微苦笑を浮かべるだけで誰もソファーから立つ様子は無く、程良く力を抜いて寛ぎ出す。
「今日のお茶請けは何かしら?」
「ラウンジの厨房で焼いて貰ったチーズケーキです」
箱から取り出された逸品が皿の上に収まり、ダージリンの紅茶と共に卓上へ並べられて、今度は他愛のない雑談が交わされていく。
淑女達の会話に鈴城が入り込めないのも毎回のことなので、我関せずに友誼のある遠坂が調理した焼き菓子を黙々と齧り、独りで舌鼓を打つのみだ。
必然的に先んじて食べ終え、白磁のカップも空になった彼は施設長の執務室を辞して、年若い教え子らの下へ実技試験の話を伝えに向かった。
刃金は日本刀の刃に使われる特殊な金属です。
日常的には余り耳にしませんけどね(*'▽')




