午後の御茶会とドレスしか普段着を持ってないご令嬢の件について
その後、追加で身体的な数値の測定なども済ませて着替えてから、皆で午後3時過ぎという事もあって厨房付きのラウンジへ直行する。
施設長であるヴァネット先生が持つ謎の人脈や、変性因子による症状で亜人化して預けられたオウカの父親が研究に携わる財閥幹部のためか、第七孤児院の各種施設は非常に充実しているが…… 身内を失う以前よりも生活環境が良いのは理不尽だ。
(やり切れないな、色々と)
日々苦労していた母さんの姿が脳裏を過り、陰鬱な方向へ傾いた思考を切り替えるため、片手に持っていた陶器のティーカップを傾けていく。
料理人の遠坂さんに勧められたアールグレイという紅茶は独特な味わいながら、柑橘系の香りも相まって、幾分かの気持ちを静めてくれた。
外縁区画と中央区画の経済格差を恨むのではなく、現状に感謝する方が生産的だと結論付け、良好な環境が与えられている一因の御令嬢に内心で謝意を捧げる。
それにも拘わらず、日頃は自身の細胞を分けてやったと恩着せがましい割に、艶やかな薄桜色の前髪から二本の小角を覗かせたオウカは胡乱な視線を投げてきた。
「何? 地味に気持ち悪いんだけど」
「いや、"鬼も頼めば人食わず” と言うべきか、否か……」
“例え、相手が望んでいた事でも頼むと拒否される” という意味合いはさておき、身体的な特徴に触れる揶揄はお気に召さなかったらしく、彼女は赫い瞳を細めて睨みつけてくる。
「あぅ~」
空気を読んだ猫さんが困って呻いた事で、売り言葉に買い言葉を返した自分にも非があると判断して詫びれば、盛大な溜息を洩らされてしまう。
「そういうのは止めなさい、私以外にもね」
「確かにさっきのはユウが悪いな」
「ごめん、今後は気を付ける」
普段は粗忽なソウジにも釘を刺され、どうにも立つ瀬がない。思えばミコトもオウカも、第七孤児院から街へ買物に出る時は帽子やフードを深く被っていた。
幻獣の特徴を身体的に持たない立場では、亜人達の心情に疎くなってしまいがちだが、思慮に欠けた発言はしないように自戒しておくべきだろう。
暫く反省していると微妙な雰囲気が漂う中で、無造作にモンブランのプディングを口腔へ運んだオウカが表情を綻ばせ、話題の転換を図ってくれる。
「やっぱり遠坂さんの洋菓子は美味、濃く淹れてくれた紅茶との相性も良いわ」
「ん、このビスケットもしっとりサクサク……」
焼き菓子を栗鼠のように可愛らしく頬張り、同調して頷いたミコトが撒き散らした欠片をさり気なく集めつつも、そっと差し出された一枚に齧りついた。
「お裾分け、どう?」
「あぁ、生地でチョコを包んでいるのか、美味しいね」
やや甘い気もしたが、温めのホットミルクと同じで猫さん仕様だと察せられる。
元々小皿に乗っていた枚数が少ないため、カロリー過多の心配はないかと余計な事を考えていたら、横合いから伸びてきた手が最後のビスケットを攫った。
「これも紅茶に合う程良い甘さね」
「ぅ~、それ私の……」
「ふふっ、これあげるからさ、機嫌直してよ」
微笑を浮かべた鬼娘は残っていたモンブランの洋菓子にフォークを突き刺し、悲しそうな表情の妹分に差し出す。
反射的かつ素直に口を開いたミコトが咀嚼し、小さく尻尾を振って栗の甘さに頬を緩めた。
「さてと、午後は先生から借りた本でも読もうかな」
「あれか…… 余り気持ちの良い内容じゃないぞ、オウカ」
心当たりがありそうなソウジに視線を送れば、断ったら半強制的に読まされたと嘆く彼は悪態を吐き、『亜人種は生まれながらに罪人である』という排斥主義丸出しの題名を吐き捨てる。
内容は表題そのもので、ヴァネット先生からは特定思想に染まった悪意ある者の存在を理解しておくよう、参考にと押し付けられたようだ。
「ま、見たいものだけを見ていたら視野狭窄に陥るし、為政者には広い視点が必要でしょう?」
「流石に藤堂家のお嬢様は育ちが違うな、御大層なことで……」
暗に変性因子の影響を受けた自分達は財閥幹部になれんだろうと、おれやミコトより一足先に孤児院の中期課程に進んだソウジが物知り顔で肩を竦めるが、言われた本人は涼しい態度で受け流す。
「このまま皆と探索者になるか、財閥の傭兵でも同一小隊に配属されるなら文句は無いけどね、準備はしておくべきよ。ふふん、あんた達も精々研鑽しておきなさい、私が出世したら引き揚げてあげるからさ」
「はッ、期待しないで待っておくぜ」
「可能性は無きにしも非ず、応援させて貰うよ」
何気に努力家であるオウカの性格を知っている事や、藤堂家が財閥を設立した血筋の傍流なのもあって頭ごなしに否定できないため、ここは茶化さずに肯定の言葉を返しておいた。
客観的に見れば、孤児院に預けられて戦闘職の教育を受けている時点で、彼女が財閥の指導的な立場になるのは困難であれども、それを指摘するのは野暮でしかない。
(偶に研究成果の視察で第七孤児院にくる親父さんも、亜人化して角が生えた娘を軽んじている訳ではなさそうだし……)
所謂、ゴスロリと呼ばれる服とか持ってきて、困り顔の娘に “着て見せてくれ” と懇願する強面の偉丈夫を思い浮かべつつ、午後のお茶会はこれまでとばかりに離席するオウカを見送った。
因みに余談だが… 彼女の普段着がシックなドレス姿なのは、その類しか買い与えられていないためである。
割と面倒見が良いのもツンデレの条件かと(*'▽')




