内気な猫さんに瞬殺される俺氏の実力について
「うぅ、痛いの嫌……」
「…… 帰らせて貰います。紅茶、ご馳走さまでした」
小さく震えているミコトの手を握り、一緒にソファーから立とうとするも、忍び笑いを漏らしたヴァネット施設長に片手で留められる。
予期せぬ態度に胡乱な視線を投げつつも、おれは若干の躊躇を挟んで座り直した。
「ふふっ、殆ど嘘よ、実験には協力して欲しいけど無理強いはしません。自由意志を無視して、私達が求める強者など生まれないのですから」
「強者、ですか?」
「えぇ、興味がありそうですね」
我が意を得たりと頷いた麗人はこちらが子供なのにも拘わらず、嬉々として自身の研究内容を語り出す。
不十分ながらも理解できたのは、現化量子適性が高い亜人種の能力を伸ばして特殊な異能を獲得させる事、優秀な戦闘職を輩出して弱肉強食を是とする現体制に有用性を認めさせ、同輩達が差別的に扱われているのを改善したいとの事だ。
「現状、異能とは大別すると四分類しかありません。現化量子を収束放出する属性弾系、収束固定する浮遊障壁系、生体干渉による止血など応急措置系、稀に発現するイレギュラー系です。私達のグループは最後の分類を研究しています」
などと言われても、亜人種では無い身の上なので何故に身請けされるのか分からない。もしかして、訓練校の検査で変容傾向が見られたのかと思い、恐る恐る尋ねても首を左右に振られてしまう。
「いえ、葦原ユウ、貴方に兆候は見られません。だからこそ、変性因子を移植する実験に協力して欲しいのです。上手くことが運べば量子適性が得られますよ?」
金糸の髪を揺らして、小首を傾げたヴァネット施設長の提案は魅力的だが、幻獣由来の因子を取り入れるのは不安が大きい。
逡巡して隣の猫耳少女を見遣るも、ネコ科幻獣の特徴を持つミコトは小難しい話に飽きて、はむはむとお茶請けの焼き菓子を黙々と齧っていた。
「はぁっ… 危なく無いんですか、見掛けが変貌するとか?」
「それは否定できませんけど、必要最低限の安全性が確保されているのは事実です。討滅又は捕獲した幻獣から採取した変性因子を直接に投じる訳ではありませんから。私達みたいな亜人種の体内に定着するものを取り出して、少量ずつ接種していく形になります」
“ワクチンみたいなものですよ” と、さらりと言われたところで疑念は拭えないため、内心で静かに自問自答を繰り返す。 先の言葉通り、こちらに強要する態度では無く、慈愛を湛えて見守るような様子からして、もし断れば別の孤児に話が行くのだろう。
(そう思わせて、首を縦に振らせたいだけかも……)
されども人生は選択の連続であり、どこかで数回はリスクを取らなければならない。決断を避けてばかりでは何も護れないし、腑抜けた大人になるだけだ。
とどのつまり迷いの原因は恐怖に他ならず、身体的な覚醒を伴う現化量子の適性が獲得できる魅力は大きいが、変性因子を取り込むことに強い抵抗感があった。
(精神的な弱さと現実的なリスク、どっちも軽視できない)
ただ、無力なままを良しとすると母さんが言っていた “困難に出会った時”、きっと後悔しか生じない結果になってしまう。
どのみち孤児となった現状では選択肢が極めて少ない事もあり、望まない結果になっても受け入れると腹を決めた上で、ヴァネット施設長の話に理解を示して頷いた。
「ふふっ、これから宜しくお願いしますね、私のことは “先生” と呼んでください。あと、ミコトさんはどうしますか?」
「…… ここにいても良いの?」
「はい、貴女さえ良ければ」
既に少なく無い変性因子の影響を受けているため、人体実験されないと高を括っているのか、自称猫さんは素直に同意する。
その姿は新暦の孤児院が主に戦闘職の育成機関だと理解していない様子だったが…… この時に余計なことを言わなかった自分に対して褒めてやりたい。
人口比に於ける個体数の少なさから、数の暴力で理不尽に抑圧されているだけで、イジメないでと主張する “猫さん" 含む亜人達の身体能力は脅威でしかなかった。
「あぁ、空が青い……」
第七孤児院で世話になってから一月半、初等課程の中期より実施される基礎づくりの組み手でミコトに瞬殺され、おれは仰向けに転がったまま自嘲気味な笑いを零す。
「あぅ、大丈夫?」
「ごめん、不甲斐なくて」
半泣きで上から覗き込む少女に心配させてしまった事を詫び、数発喰らった神速の猫パンチで痛む上半身を起こせば、少し離れて観察していた二人が近寄ってきた。
「本当に情けないわね…… 折角、私の細胞を分けてあげたんだからさ、もうちょっと何とかならないの?」
「きっと、まだ身体に馴染んでないんだろう」
溜息混じりに冷やかな視線を向けてくるのは、二本の小角と薄桜色の長髪を持つ容姿端麗な鬼娘であり、ヴァネット先生に頼まれて希少な人型幻獣の変性因子を提供してくれた藤堂オウカ。
彼女を諫めたのが、皮膚の一部が硬化した鉱石喰らいの南雲ソウジで第七孤児院の先輩にあたる。研究機関を兼ねる都合上、同世代の仲間が四名だけなので彼は不慣れなこちらを気遣ってくれるのだが、残念ながらさっきの辛辣な意見は正鵠を射ていた。
鬼人に纏わる因子を外科的に移植されて、順当な現化量子の適正を得たにも拘わらず、おれは芳しくない能力値しか示せなかったのである。
誰かに楽しんで頂ける物語目指して、日々精進です('◇')ゞ
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