薬の出元は分からずとも、開発者はここにいる
不運な娼婦が拉致された違法薬物の事件から数日、知り合いの伝手で密かに購入した薄青い液体が満ちたアンプルを弄び、その解析結果を執務室の机に頬杖など突いて眺めていたエルフ科の亜人種がぽつりと呟く。
「色々と混じって粗悪になっていますけど、凄く見覚えのある組成ですね、これ」
「うちのユウや、アイリら強靭兵計画の被験体に投薬した幻獣因子の定着促進剤に類似しているわ、心当たりがあるんじゃないの?」
薄っすらとした半眼のジト目を向けてソファに腰掛けている研究主任のエイナが問い質せば、さらりと微笑で受け流したヴァネット博士は左右に首を振り、金糸の髪を僅かに揺らして否定した。
人類愛を憚らず語り、進化の涯を見たいと嘯く彼女なら、意図的な市井への流出も企て兼ねないと危惧した友人に向け、他人事のような態度で言い訳する。
「過去に複数の研究で類似物を用いた事もあります。当時の関係者が化学式を流用して作ったとか、第三孤児院の九条博士が出元の線もありますよ?」
「彼は小心者だから、四菱財閥が絡んだ研究資料を横流しするリスクなんて取らないでしょう」
異界の霧に紛れて現れる幻獣との生存競争で傷付く者達を減らしたい、そんな共感し易い御題目を掲げているあたり、知的好奇心が原動力である眼前の科学者よりも良識派だと思えてしまう。
勿論、本人に胸裏を明かすのは全く以って生産性が無いため、臙脂色の前髪を無造作に搔き揚げたエイナは内心で溜息して、徐に話題の転換を図る。
「それはそうと極致化計画に遅れて参加した二人も結構馴染んできたから、野外での実践活動に出して構わないんじゃない?」
「えぇ、第七孤児院が探索者を想定した戦闘職の育成機関である以上、定められたカリキュラムの必須項目は早めに消化しておくべきでしょう」
こくりとエルフ科の亜人種が頷き、手ずから淹れていたアールグレイの紅茶を少し啜りつつも、脳内に具体的なプランを張り巡らせていく。
実戦部隊に於ける班の最小単位である四名が揃い、相応の実力になるまで先送りにしていた事もあり、鬼娘のオウカや鉱石喰らいのソウジを加えた総合的な力量で出掛ける場所を決めなければならない。
「鈴城教官とも相談した上での話ですが…… 中核都市 “芙蓉” の北西120㎞、旧学術都市の庭園跡は如何でしょうか?」
「ん、そこは財閥が定期的に幻獣を間引いて、個体数を調整している区域だから無難ね。素材調達に出向いている探索者達の報告でも、危険種の存在は暫く報告されてなかったと思うわ」
妖艶な外見に似合わず、生真面目な性格のエイナは白衣にも見える薄手のコートより、新暦世界では特権階級しか経済的に維持できない携帯端末を取り出して、財閥が出資している組合の専用ページにログインした。
されども重厚な執務机に備えられた端末を駆使して、素早く情報を得たヴァネット博士に軍配は上がり、僅差で機先を制される。
「そう言えば昨年末、猛虎の変異種が目撃されていましたね」
「あぁ、話題になったけど、何処かに居なくなった翼持ちのやつね」
体高4~5mの巨大虎なので物理法則的に飛べないのは言うに及ばず、一般種の類と変わらないだろうと仕掛けた探索者らが自在に動く鋭利な翼刃や、射出される硬質な羽根の犠牲になった事で、一時期は世間を騒がせた異質な個体だ。
噂が広まり、いざ財閥主導の討伐隊が編成されて現地へ赴いたら、痕跡だけを残してもぬけの殻だったという、鈴城から聞いた笑えない顛末を二人は思い起こす。
「…… 旧学術都市の庭園跡は諦めて、琥珀の樹林が良くないかしら?」
「いえ、そちらの方が猛虎や雷獣の棲息に適した環境です。数ヶ月、脅威度の低い幻獣だけの出現に留まっているなら、過度の危険は無いでしょう。それに……」
笹穂耳を少しだけ伏せた容姿端麗な科学者が “全て確率の成せる業、慎重を期すことは当然ながら、自縄自縛になるのは愚かしいのです” と涼やかに宣う。
体調管理や食事に傾注していたにも拘わらず、遺伝的な要素で致死性の大病を患う者がいれば、健康なのに天災や事故で命を落とす者もいる。
自身の生命が脅かされない安寧な状況を求めるのは生物の本能だが、様々な確率的要素で形作られた薄氷の上に立っているのだと、陶器のティーカップ片手にヴァネット博士は持論を挟んだ。
「はぁっ… そんな話ばかり聞かせるから、ユウの性格が変な方向に育つのね」
「むぅ、心外です。彼は素直な良い子ですよ?」
憤慨そうに頬を膨らませて、何やら抗議してくる年齢不詳のエルフ科亜人種をあしらい、少し冷めているアールグレイの紅茶を飲み干した上で、適当に相槌を打っていたエイナが離席する。
「実践活動の件、一応は旧学術都市の庭園跡で調整しておくから」
「分かりました、宜しくお願い致します」
軽く頭を下げた上役に向け、苦笑した研究主任が踵を返して執務室より立ち去り、午後の訓練を終えたであろう指導教官の下へ向かう。
更なる成長のために実戦を経験させるべきと判断していた鈴城の意向もあり、比較的速やかに野外での活動は取り決められる運びとなった。
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