猫と偽る黒豹に注意!
「怪しさ、ましまし……」
むぅ、といった態度で口を “への字” に曲げた猫さんが囁く程度の声量で呟き、動物系亜人種の特徴とも言える網膜下のタペタムにより、微かな月明りを反射させた煌めく瞳で見詰めてくる。
軽く頷きを返してから、警戒を怠らないように寂れた工場の壁際まで移動して、割れ窓に忍び寄るとおれの服裾がミコトに引っ張られた。
内部を覗き込む必要すらなく、“絶対聴覚” の異能で心臓音を捉えたのか、自身の首を絞める人質のジェスチャーをして見せる。
(ゆき姉、いる)
(… 分かった)
無言で了解の軍用ハンドサインを送り、慎重に割れ窓から状況を確認すれば、椅子に縛られた部屋着っぽい姿の女性を数人の破落戸が囲んでいた。
「何度も言わせるな、“アウルム” は何処に隠した」
「ほ、本当に知らないのッ、私… うあッ!?」
唐突に振るわれた平手打ちで言葉を遮られ、口端から血を滲ませた若い娼婦は恐怖に震えて黙り込む。
無遠慮に代わるがわる全身を殴りつけられ、擦過傷や青痣だらけとなった彼女は懇意にしていた客を内心で激しく恨みながらも、命だけは助かるために灰色の脳細胞を全力で働かせて恐る恐る申し出た。
「あいつが持ち逃げした薬、幾らで売れるか知らないけど… わ、私が一生掛かっても稼いで返すから」
「ッ、金の問題じゃねぇんだよ、俺を苛立たせるな愚図が!!」
「きゃああぁ――ッ」
怒り任せに豊かな胸を蹴り飛ばされ、悲鳴を上げて椅子ごと倒れたユキは知らない事だが…… 殺された常連客が上前を撥ねていた違法薬物は亜人種の幻獣化を緩やかに促す特殊なものであり、雑多な都市外縁部の無法者集団に於いても取扱注意となっている商材だ。
卸元の縦に長い瞳孔が特徴的なヘビ科の亜人を見遣り、この場を取り纏めている大柄な頭目が勘弁してくれといった感じで大袈裟に溜息した。
「グリードの旦那、こいつ何も知らないみたいだぞ。あの野郎、逃げる時に盗んだ薬を女に預けたとか、適当なことを抜かしやがって……」
「お前たちの自業自得だ、裏付けを取る前に匙加減を間違えて嬲り殺したからだろう。まぁ、商品管理が徹底していると示してくれたら、此方に文句は無い」
要するに “今後とも良好な付き合いができるか?” というだけの問題であり、その事を確認するために蛇目の彼は出張ってきたのだ。
末端になればなるほど薬の扱いが雑になるのは致し方なくとも、折に触れて引き締めておく必要があるのは明白なので、仲買人の失態は無視できなかったりする。
(… 流通経路が乱れないよう、可能な限り配慮はすべきだからな)
暫時の思考に区切りを付け、37体の超越種を神獣と崇める奇特な教団組織に属する人物は状況の推移へ意識を割いた。
もう哀れな娼婦から情報を得るのは諦めたのか、荒くれ達の頭目は手にしたZippの大缶355mlを逆さにして、椅子ごと縛られたまま倒れているユキという娘の頭にオイルをぶっかけていく。
「や、やめて、殺さないで! 薬の場所、言うわ!!」
「いや、本当に知らないんだろう? 露骨な時間稼ぎをするなよ、鬱陶しい」
数時間前、似たような土壇場で告げられた場所が空振りだった事もあり、涙目で訴える彼女に見切りを付けて、別の手段など模索しつつ咥えていた煙草を無造作に放り投げようとした。
その刹那、密かに開けた窓から侵入していた猫耳少女が黒豹の幻獣に由来する 80㎞/h の速度で吶喊し、躊躇わずに大柄な頭目を撥ねる。
「ぶべらぁあッ!?」
奇声を上げて交通事故にあった被害者の如く、仕切り役の男が壁際まで弾き飛ばされていくのを眺め、 “死んだのではなかろうか?” と一抹の不安を抱いてしまう。
助けに入るか否かの瀬戸際、同類の有無を把握する目的で大気中の現化量子に干渉したのと合わせ、聴覚に全集中したミコトから誰も反応しなかった旨を告げられ、やり過ぎて殺さないように留意すると二人で決めたのは一体何だったのか……
「てめぇッ!!」
目の前で兄貴分を再起不能にされた破落戸の一人が右膝を掲げ、小柄な猫さんの顔面に向けた中段蹴りを放つも、棲んでいる速度の領域が違うので掠るはずも無く空を切った。
既にミコトは片手突きの体勢で屈み込んでおり、軸足を蹴り飛ばして宙に浮かせた直後、立ち上がりと同時のアッパーを股間へ喰らわせる。
「~~~ッ!?」
「…… 痛そう」
声にならない絶叫が響く中で少し遅れて追いついたおれも、倒された連中に気を取られている太り気味な男の横っ腹目掛けて、渾身の右拳を突き込んだ。
「うぇ… げぼッ……」
身体をくの字に曲げて吐瀉しながら昏倒した相手より離れ、横合いから飛んできた右廻し蹴りに左の肘鉄を合わせる。
「ぐぅッ」
鈍い痛みに顔を顰めた茶髪男の懐へ踏み入って、手加減が分らない故に強めの掌底で顎先を穿ち、脳震盪を引き起こさせた。
その上で間髪入れずに身を翻し、一連の動作で視界の外になっていた細身の男と正対すれば、動揺しつつも薄いジャケットの内側に右手を差し入れる。
「… 悪手だね」
「くそッ、この餓鬼!!」
意図せず侮蔑の表情が出ていたのか、怒り心頭な悪漢が刃物又は拳銃を抜こうとするが、近接格闘の間合いでそれはない。
三歩に満たない距離を一足飛びに詰めて、こちらへ向けようとした右腕を左掌で押さえ、鳩尾へ叩き込んだ正拳突きで気絶させてから退いて視野角を広げた。
|柱|º▿º*)遅筆ながらもボチボチと更新してます。
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