秒で餌付けされる猫さんと娼館の風景
ある種の独特な雰囲気を纏う街並みも、日が沈み始めたばかりなので閑散としており、活気があるのは他の街区と表通りを挟んで立ち並ぶ飲食店のみ。
そこから少し奥に入ると、娼館の近隣には必ずと言って良いほどある大衆浴場が “清掃中” の立て看板を入口の前に出していた。
「ここ、あおいに連れていって貰った、広くて泳げる」
「いや、湯船でやったら迷惑だろう」
「大丈夫、年末の大掃除したあと、皆で貸し切り状態」
「それでも褒められた行為ではないんだが……」
深く被った帽子ごと獣耳を微動させて、何やら自慢げにしているミコトに呆れながらも酒場の軒並みを抜けていき、娼婦らが客引きを行う路地に面したテラス席付きの建物へ至る。
やや早い時間帯からのんびり客待ちしている二十歳前後のすらりとした女性が此方に気付き、木製のテーブルに頬杖を突いたまま手を振ってきた。
「みお姉、ただいま♪」
「お帰り~、そうか、もう月末だったね。あ、クッキー食べる?」
小走りで駆け寄って木柵に近づいた猫さんが秒で餌付けされ、隙間越しに手渡された焼き菓子を嬉しそうに食む。
即物的過ぎる姿に苦笑を浮かべつつ、僅かに遅れて追いついたおれも折り目正しく頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
「いつもの如く堅苦しいわね、年相応の方が可愛げあるよ?」
「一廉の男には不要な概念だと、先生が申しておりましたので……」
「ぐぬぅ、それは却下、あたしが可愛く着飾らせてやんよ」
事あるごとに小柄な後輩娼婦のドレスや下着まで持ち出して、女装させようとしてくる危険人物を醒めた目で見遣り、一歩下がって早々に話の方向性を修正する。
「アオイさんはいつも通り、事務所ですか?」
「釣れないねぇ… 奥で昨夜の売り上げの記帳中さ」
若干、不服そうな表情で教えてくれた相手に一礼してからミコトを促して娼館に入り、簡素なベッドと小卓しか備えてない娼婦らの仕事場も兼ねた個室の並ぶ廊下を進めば、二階に続く階段から小豆色の長髪をサイドテールに纏めた既知の女性が降りてきた。
「あら、ユウ君じゃない」
「お久し振りです、カグラさん」
母さんの後輩で外縁部の住民だった十代の頃には何度か自宅へ遊びに… というよりも金欠の時に夕食のじゃが芋スープや粗悪なパンなど、喰い物目当てに来ていた残念な看板娘へ会釈を返す。
そうして節約した資金を自己投資した甲斐もあって、中間層にまで這い上がった年下嗜好の彼女は小さく唇を舐めずり、妖艶な眼差しを向けてくる。
「以前も言ったけど… キョウコさんには世話になったから、筆を下ろしたいなら何時でも指名してね。何なら、商売抜きでも歓迎するわよ?」
「適齢になるまで時間を掛けて、熟考させて貰います」
「…… 獲物を狙う視線、かぐ姉は危険」
ずいっとジト目の猫さんが間に割り込んで魔の手から護ってくれようとするも、小さな隠しポケットより取り出されたサイコロ型の御菓子二個を反射的に受け取ってしまい、退くべきか退かざるべきかを悩みだした。
人の貞操と御菓子を天秤に掛けられても困るのだが、お洒落な包装を施されたチョコレートらしきものは無駄に高級感があり、割と物欲にも正直なミコトの判断を惑わせてしまう。
「うぅ、微妙に困った」
「ふふっ、気にしなくて良いわ、馴染みのお客さんに頂いた余り物だからさ」
ひらひらと手を振ってテラス側へ歩み去った既知と別れ、厨房付きの小さな食堂で客に買わせる酒の肴を調理していた娼婦達とも雑談を交わしてから、建物一階の最奥まで移動して扉を三度ノックする。
すぐさま帰ってきた声に従い、室内に入ると現役世代の娼婦よりも一廻りは年かさを重ねた娼館主のアオイさんが手元の帳簿から視線を上げ……
つい先ほど厨房で咥えさせられた若鶏の唐揚げを猫舌故、慎重に咀嚼していて喋ることができないミコトの姿に吹き出した。
「ははっ、相変わらず餌付けされているのかい、うちの末娘は」
「えぇ、間食は引き締まった筋肉の醸成に宜しくありませんけど」
「ユウ坊も息災のようだね。食べ物くらい好きなモノを喰いなよ、軽く何か作ってあげようか? まぁ、その前にこっちへおいで、ミコト」
育ての親に呼ばれた猫さんが帽子を小脇に抱えたままソファへ近寄ると、少し油で汚れた口元を塵紙で優しく拭われる。
そのついでに少しだけ乱れた黒髪も手櫛で整えた淑女は一歩引いて、某令嬢のお下がりドレスで着飾ったミコトを眺めてしみじみと頷いた。
「もうちょっと成長したら、とびっきり綺麗になるよ。今のカグラよりも稼げるんじゃ… って、財閥所属の探索者になるんだし、当り前さね」
「ん、たくさん頑張る」
屈託なく応える様子に瞳を細め、荒廃した新暦世界でも自由に生きられる現化量子の適応者を眩しそうに見詰めてから、アオイさんは此方に対面の席を勧めてくれる。
義理と雖も母娘の語らいを邪魔する気はないため、日暮れと共に出勤してきた娼婦らが娼館主へ顔見せにきてミコトの頭を撫でていく中、時折に相槌を返しながら半刻ほど緩やかな時間を過ごした。
地味に更新!!
|柱|º▿º*)遅筆ながらもボチボチと更新してます。
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