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猫さんの里帰りと眠る歓楽街

「また月末は歓楽街に顔を出すのか?」

「ん、あおいとか、姉さん達に会いに行く」


当然とばかりに慎ましい胸を張るミコトが口にした名前は育ての親であり、貧民層が暮らす防壁代わりの外縁区だと往々(おうおう)にして起きる幻獣襲撃を受け、四年前に店舗を半壊させられた気の毒な経験のある娼館主の一人だ。


実は時を同じくして数匹の幻獣に含まれていた体長約6mの火蜥蜴により、全焼させられた斜め向かいの娼館に母さんが務めていた事や、第七孤児院に在籍した当初は猫さんの里帰りに何度か付き添った経緯もあって多少の面識ができている。


(と言っても、半年近く顔を出してないけどね)


例え憐憫(れんびん)(たぐい)でしかなくとも、事あるごとに真摯(しんし)な態度で接してくれている相手に不義理だと思わなくもないため、一緒に足を運んで良いか確認すると屈託ない笑顔で首肯してくれた。


「多分、皆も喜ぶ。つまり、私も嬉しい」


現在の某娼館では母さんの後輩も働いているので、特段の理由がない限りは彼女達にも挨拶しておくのが無難だろう。何気に幼い頃は焼き菓子やボタン飴などで餌付けされていた記憶が無きにしも(あら)ず。


恐らく、客らが貢いだ物の余りに過ぎないが、貧民層に()ける嗜好品の類は貴重だという事実を(かんが)みて、何かしらの差し入れを持参した方が良いのか、真顔で相談するとオウカが桜色の唇から盛大な溜息を零した。


「やっぱりユウは少しズレてるわ、その年で娼婦に貢いでも仕方ないでしょう」

「まぁ、違和感しかねぇな」


したり顔で鉄鉱石を齧るソウジにも(いさ)められて冷静に考えると、遠坂氏に頼んで作って貰った菓子折りを既知の娼婦達に差し出す絵面(えづら)は頂けない、変に気を(つか)わせてしまうのが関の山だ。


幾ら孤児院の皮を被った戦闘職育成機関とは()え、諸経費や必要に応じて手渡される紙幣等は全て借用帳簿に記載され、返済すべき負債となって蓄積していく。


財閥系列の孤児院で不可視の首輪が付いて無いのは運営側の偉いさんを父親に持つ、小角の生えた御令嬢くらいだと思われる。


「身の丈に合わない事はしない方が賢明だね、止めておくよ」

「ふふっ、分かれば宜しい」


此処(ここ)は素直に機嫌よさげなオウカの助言を受け入れておき、(しばら)くは平時と変わらない鍛錬の日々を過ごす。


最近では色々と旧暦漫画の架空剣術に毒された鈴城教官も、非常に優れた身体能力で “頬に十字傷のある浪人の技” を一部再現しており、矢鱈(やたら)と完成度が高すぎて洒落(しゃれ)にならないのは勘弁して欲しいところだ。


「ッ、陰で、こっそり練習してたんすね」

()(てら)うには丁度良いし、実用性が無い訳でもない」


さらりと呟いた偉丈夫(いじょうふ)が木刀を正中に構えた刹那、変性因子に由来する異能 “纏雷(てんらい)” で全身の運動神経を嵩上(かさあ)げした状態より、(ほとん)ど知覚できない神域の連撃を放ってくる。


初手で最速の突きを鳩尾(みぞおち)へ叩き込んで受け止めさせた上、電光石火の如く引き戻して右脇腹への切り上げ、振り抜いたと思えば左腕への切り落とし、更に左脇腹への切り上げを一瞬で()して見せた。


適度に手加減されているが、真剣なら致命傷なのは明白で何よりも普通に痛い、とっても痛い、おれに兄弟はいないけど()()()()()()()… と、鍛錬場に這いつくばって(せん)なき事を考えてしまう。


ちらりと横目に見えたミコトが猫耳を伏せてガクブルしている姿など視界に収め、“次はお前の番だ” と思いながら疼痛(とうつう)を我慢していると、頭上から淡々とした声が降ってくる。


「東西問わず剣戟の軌道は九つ、それをほぼ同時に打ち込む九頭の龍閃とやらは絵空事にしても、四連撃くらいなら可能だな。ただ……」


「しょ、初撃の突きを弾いて… 攻撃の起点を潰すなり、打突の勢いに逆らわず飛び退()くのが正解でしたね。地味に脇腹と左肩が痛いので、瞬断できなかったのが悔やまれます。うぐぅ、せめて一太刀いぃッ!!」


打ち込まれた部位を庇って(ちぢ)こまり、四肢の筋肉を(たわ)めた状態から不意討で飛び掛かれども、繰り出した逆袈裟の斬撃はいとも簡単に打ち返されてしまった。


それぐらいで諦める気もないため、剣戟の威力が相殺する間際を狙って半身になりつつも踏み入り、硬く握り締めた右拳を教官の顔面に叩き込むが、ヘッドスリップで躱されて逆に頭突きを叩き込まれる。


「がはッ!?」

「結構、石頭なのでな」


味気ない言葉と共に追加の頭突きが重ねられ、再び敢え無く轟沈させられた。やはり極東地域で指折りの現化能力者に一撃入れるのは難しいという事だろう。


素早く柔軟な身のこなしで翻弄しようとした猫さんも、ビビって攻撃に踏み切れない内に攻め込まれ、戦いに関しては老若男女の一切を考慮しない平等主義な相手に容赦なくボコられていた。


それ(ゆえ)なのか、おでこに大きな絆創膏を貼ったミコトは翌々日の週末になっても不機嫌であり、未だに独りで恨みごとを呟いている。


「う~、すずしろ、ゆるすまぢ……」

「いつか、逆襲の時が訪れるのを祈っておくよ」


“無理だと思うけどね” と内心で付け加え、御令嬢な鬼娘のおさがりであるシックな黒いドレス姿の猫さんと外縁区まで向かう。


徐々に雑多な建物や住民が目立ってくる街並みを眺め、バス代をケチって… もとい、身体を鍛える延長で半刻ほど歩けば、まだ人通りが増えて活気づく前の静かな歓楽街に辿り着いた。

|柱|º▿º*)遅筆ながらもボチボチと更新してます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  る⚫剣や⬛滅は僕も好きです! shiba様が漫画を読まれるとは知りませんでした。shiba様はほんと、あらゆることにお詳しいですね。
[一言] 更新お疲れ様です!(`・ω・´)ゞ日常回やらで和んでましたけどかなり被害は大きいですよね、、ミコトの私も嬉しいってセリフすごく可愛い(*´ω`*)。 それにしてもまさか鈴城教官までも旧暦漫画…
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