茶楼での一幕
「全面的にうちの子が正しい。やはり貴様は娘に相応しく無いな」
「あんたなら、そう言うと思ったよ……」
思わず敬語を忘れて辟易と呟く傍ら、当然とばかりにオウカが得意げに微笑する。
例え、こちらが何を言っても状況を的確に把握している上で、理屈ではなく身内の意見を優先する親馬鹿には勝てず、二対一の構図では多勢に無勢。
仕方が無いのでアイリの後塵を拝した事にお怒りな御令嬢の愚痴など聞き流しつつ、変性因子の移植以後に感じ始めた彼女との精神的な同調現象を鑑みれば、この反応は一種の自己愛ではと疑念が生じてしまう。
(仮に立場を逆にしたら… 確かにオウカが無様を晒すのは見たくないけど、それは自身と相手の境界線が緩くなっているから?)
手術を施したヴァネット先生は大した副作用じゃないと言うが、お互いの言動が何となく読めて尊重し合える反面、何某かのリスクも含んでいる気がしてならない。
「むぅ、ちゃんと聞いてないわね!」
「いや、聞いているよ。色々と心配してくれてありがとう」
いつもの如く言い分を一通り受け止め、反論せず素直な感謝の気持ちを返すと、毒気を抜かれた御令嬢は少し照れくさそうに口籠る。
そして、片眉を僅かに吊り上げ、俄かに反応する父親の構図が出来上がった。
「中々に娘の扱いを分かっているじゃないか」
「まぁ、3年以上も付き合いがありますからね」
「ふっ、私は娘が生まれてから、13年の付き合いだが?」
「なに張り合っているのよ、パパ……」
肝心の娘に愛想を尽かされ、ジト目まで向けられた藤堂氏が明後日の方向に視線を逸らしたところで、会話の区切りを少しだけ待っていたらしい給仕の女性がテーブルに近寄り、中華料理の良い香りがする蒸籠を卓上に並べていった。
いそいそとオウカが蓋を開ければ微かな湯気が立ち上がり、小粒な魚卵で彩られた蟹焼売や仄かに桜色をした海老蒸餃子、黄金色の春巻きなど点心が姿を露にする。
件の合同訓練で小腹は減っているため、食欲に抗えず意識が釘付となり、オウカに苦笑されてしまう。
「冷めないうちに頂こうか、二人とも」
「そうね、作り立てが一番♪」
親子揃って小籠包へ箸を伸ばす光景より、外見は似ていなくても食の好みは似通っているんだなと思いながら、近い位置にあった蒸籠から春巻きを摘まんで齧る。
パリッと焼き上がった小麦粉の皮を破れば、醤油やみりんで調味された具材のメインは鶏ささみで、そこに添えられた椎茸や筍が絶妙な味わいを創り出していた。
「私も食べたかったから、頼んでおいたの」
「ありがとう、オウカ」
淑女的な心遣いで、密かに注文されていた “若鶏の春巻き” を感謝と共に咀嚼し、遠坂氏の料理とは毛色が異なる逸品に舌鼓を打つ。
とは言え、同じ料理を一人で食べるのは飲茶のマナーに反するので、勧められるまま小籠包に手を付けた。
「あ、それも中のスープが熱いわよ」
「そうなのか?」
慣れ親しんでいない料理故に、小さな肉まんだと侮っていたおれが蓮華の上に乗せ、ふっくらした皮を箸で裂くと、確かに多量の肉汁が零れる。
迂闊に口腔へ放り込まず済んだ事に安堵しつつ、オウカの注意に従って息を吹きかけ、少し醒ましてから頂いた。
「ここの小籠包は鱶鰭と蟹味噌を挽肉に混ぜているの、絶品でしょう… って、深刻な顔してどうしたのよ、ユウ?」
「………… 鳥の胸肉一択だったから、豚肉なんて口にしたのは三年振りだけど、癖になったらどうしようかと逡巡してしまった」
身体を鍛え上げるため、効率的にタンパク質を得られるような食事しか取っていない事に加え、特級点心師の腕が良いことも相まって、不覚にも衝撃的な美味さを感じてしまう。
如何にストイックな食生活を送っていたのか、自覚して指針が揺らいだ隙に付け込み、にんまりとした御令嬢が囁いてくる。
「人生に於ける “食事の回数は有限” よ、疎かになんてできない」
「弱者を養う社会的な余裕が無い新暦の平均寿命は五十年、一日三食で約五万五千回、個々に許された範囲内でなら拘って良いだろう」
財閥幹部の職に就くだけあり、貧しい者達を含む幅広い層に配慮して、話を締め括った藤堂氏に娘がうんうんと頷く。
「これからは遠坂さんを困らせないようにしないとね」
「ん、十分に留意しておくよ」
ご尤もな言葉に応え、今度は自身が頼んだ海老蒸餃子を齧り、長らく食べていない食材の料理に感動していると不意に藤堂氏が鋭い視線を向けてきた。
「時に葦原君、非常に不本意ながら、私は娘の為に君の人間性を知る必要がある」
「言わんとしている事は分かりますが、その懸念は杞憂です」
「ふふっ、必ずしも断言できないと思うけど?」
悪戯っぽく微笑したオウカが椅子ごと身を寄せてしな垂れ掛かり、過保護な職業軍人上がりの父親を気軽に挑発してくれたが… 娘の性格を良く知る御仁は溜息して、一瞬だけ高まった敵意をすぐに霧散させる。
そのお陰で雑談交じりの会食は恙なく進み、皆で茶楼を出た時には多少なりとも、藤堂氏との相互理解が深まっていたという。
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