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自己同一性の境界が希薄化すると、他人とは思えなくなる件について

你要喝什麼(ニヤァフーシェンマ) (御茶は如何致しましょう)」


俗に言う高級店ではなくとも、中産階級以上の華僑を顧客層にしている茶楼(さろう)のウエイターさんが(かしこ)まった態度で、発音と雰囲気的に何かを確認してくる。


勿論、大陸の言語は理解できない事から黙秘権を行使して、微かな動揺が表面へ出ないように留意しつつ、素知らぬ顔で財閥幹部の父娘(おやこ)に全てを委ねた。


「二人で好きに決めなさい」

「ん~、ユウはどうしたい?」


少々意地悪な微笑を浮かべ、曖昧(あいまい)な物言いで話を振ってきたオウカに応じて、灰色の脳細胞を高速で回転させていく。


ふと脳裏に過った旧暦漫画の一場面と現状を照らし合わせて、(おおよ)その検討を付けてから口を開いた。


「定番ならプーアル茶だけど、花茶の(たぐい)が好きだったよね」

「むぅ、無駄に洞察力が高い… しかも、気遣(きづか)ってくるのが小憎らしいわ」


可愛らしく()ねた御令嬢本人が幾度も戦闘訓練で叩き潰してくれた事から、自然と初動を掴むための能力が鍛えられた経緯など思い出して、死んだ魚のような目になってしまう。


多少の自覚はあるのか、そっと薄い緋色の瞳を()らした上で、彼女は手短に御茶の指定を済ませる。


請給我(チンゲイウォ) 茉莉花茶(モーリィファチャ) (ジャスミン茶を御願い)」

我明白(ウォミンバイ)失礼了(シリィイラ) (分りました、失礼致します)」


軽く頭を下げて厨房へ立ち去ったあたり、店員と来客が対等である事の多い中華圏ではなく、極東の文化に染まっているのだろう。


“郷に入っては郷に従え” の精神に感心していれば、オウカが備えられていた注文伝票を一枚手に取り、卓上に置いて見せてきたが… 料理名は当然の如く読めない繫体字(はんたいじ)で書かれていた。


「取り敢えず、()()()()()を……」

「若鶏の春巻きかとあるけど、折角だから別の食べ物を頼みなさい」


その為に連れてきたのだと(のたま)う薄桜色髪の御令嬢に()げなく却下され、どんな料理か字面(じづら)で辛うじて類推の付く、“蒸蝦餃(チュンサジョオ)(海老蒸し餃子)” の欄に藤堂氏から渡された鉛筆でチェックを入れる。


近場の客席を横目で(うかが)う限り、個別に注文するというよりも頼んだ料理を皆でつつく様式の茶楼(さろう)なので、一品だけ選ばせて貰った後は語学に堪能らしい父娘(おやこ)へ丸投げした。


小龍寶(シャオロンパー)(小籠包)” や “蟹舒脈(シェシュウマイ)(蟹焼売) ” など他の欄にも印が付けられたのを見計らい、食器類一式の投じられた熱湯入り木桶を給仕の女性が運んできて、去り際に伝票を回収していく。


所謂(いわゆる)洗杯(せんはい)は不衛生が当たり前だった時代の名残で中華圏に留まらず、旧暦の日本でも江戸時代の酒席にて普及していた習慣なので、知識としては記憶にあれども初めての経験となる。


この鳳凰(フォンファン)茶樓(チャグワン)での場合、専用の粗茶や薄い一杯目を使うのではなく、半ばまで御湯に浸かった食器を加熱殺菌しながら洗浄するようだ。


先ずは藤堂氏が手慣れた動きで茶碗や取り皿を濯ぎ、続けてオウカも恙なく済ませると、視線でこちらに促してくる。


「お湯、熱いから気を付けてね」

「ん、大丈夫… ッ!?」


波風立てず洗うことに傾注(けいちゅう)する余り、右手の指先二本が熱湯に浸かってしまい、反射的に表情を(しか)めてしまう。


によによと笑う()()()()()に若干の苛立ちを覚えつつ、箸や蓮華(れんげ)も含めて洗い終えた頃合いで先程の給仕が大きな急須を卓上の中心に置き、会釈だけして用済みとなった木桶片手に(きびす)を返す。


飲茶(ヤムチャ)も華僑だらけの茶楼(さろう)も未知の領域なので、来客時の警戒モードに突入した猫さん(ミコト)の如く二人の出方を探っていたら、苦笑したオウカが急須の取っ手を掴んで父親の茶碗へ注ぎ、おれにもジャスミン茶を入れてくれた。


「ありがとう」

「ふふっ、どう致しまして」


簡素な謝意を示してから、精神安定(リラックス)の効果があるらしい華やかな香りの御茶を啜り、ほっと一息を吐く。


手際よく自身の分も用意した彼女は茶器を降ろし、(ふた)をずらす事で気付いた店側が継ぎ足してくれるように配慮した。


「ところで、今日の合同演習はどうだったの?」

惜敗(せきはい)、負けたよ。仕方ないね、うん」


さらりと受け流すも、そうは問屋が卸さないと細めた半眼で睨まれる。


彼女の細胞や変性因子を移植された副作用により、大気中の現象量子を通じた狭域干渉で互いに自己同一性(アイデンティティ)の境界が少々薄くなっているため、色々と世話を焼かれてしまうのは嬉しくも厄介なものだ。


「微塵も悔しがってないのを見ると、(わざ)と負けたのかしら… 呆れるわ、随分と偉くなったのね、ユウ」


「いや、(こと)(ほか)、相手が熱くなって危なかったんだ」

「言い訳は見苦しいわよ、観念なさい」


むっとした表情でジト目を向けてくるオウカの性格なら、相手の諸々を把握して(なお)も全力で事に当たり、叩き潰すのが当然だろうと考えるため意見の相違は避けられない。


(そば)で現化能力を発動させた時など “確かな繋がり” も感じられて、徐々に他人とは思えなくなっているが、思想信条の差は結構あったりする。


「強靭兵絡みの後輩に華を持たせるとか言って、先生に怒られたんじゃないの?」

「一応は “為すべき事” を成したから、納得してくれると思うけど……」


良くも悪くも清廉な御令嬢の小言を受け流し、負傷してまで模擬戦の勝ちに(こだ)ることは無い主旨を告げれば、実際に第三孤児院での演習を視察している藤堂氏が深く頷いてくれた。

自己同一性って、色んな意味があって正確に理解するのは難しいですよね……

|º▿º*) 遅筆ですけど、ボチボチと頑張っていきます


『続きが気になる』

『応援してもいいよ』


と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です!(*`・ω・)ゞ ユウくんこんな時まで鶏のささみを、、相変わらずブレないですねw とりあえずと言っておきながら終盤までそれしか食べ無いとかやりそうですねw それにしてもお…
[良い点] 因子の移植ってそういう副作用もあったんですね。色んな意味で危ない技術ですね。 しかし、この場面でも鳥のささみって……徹底してますね、ユウくんは。
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