熱くなるのは構わないけど、死闘は御免被りたい
木製武器を打ち合わせた際の残響が冷めやらぬ内に振り向き、曲芸的な跳躍混じりの吶喊を敢行して数メートル離れた場所へ着地した銀髪少女を見遣れば、憎々しげな態度で疑問を投げ寄越される。
「…… どうして、当たらないんですか?」
「さっきの強襲に関してなら、視線がおれじゃなくて背後を見据えていたからだよ。目は口程に物を言う」
幻獣由来の変性因子を移植されたという仲間意識もあり、自衛のため猫さんや鬼娘にも内緒の秘密を教えてあげたものの、訝しむようにアイリの瞳が鋭く細められてしまう。
「もはや変態の部類です」
「小手先の技しか磨けるモノが無いんでね、羨ましい限りだ」
皮肉ではなく本心から出た言葉は挑発と誤解されて、乏しい表情に微かな苛立ちを覗かせた少女が慎重な足取りで距離を詰めてくる。
此方は切っ先が届くか否かといった距離で垂直に木刀を斬り降ろし、態と空振させた上で地面へ触れる間際の刃を返して股下から切り上げるも、幾分かの冷静さを取り戻した相手は警戒して、軽々に踏み込んで来ない。
所謂、中条流の秘剣 “虎切(別名:燕返し)” は二ノ太刀が外れたところで、敵手の胸元に刃先を突き付ける姿勢となるため、致命的な隙を晒さないのは利点だが……
後手に廻るのは避けられず、平打ちで刀身を払い除けられて、露になった下腹を健康的な白いおみ足で蹴り抜かれてしまう。
「うぐッ!」
打突の瞬間的に腹筋を引き締める事でよろけながらも堪え、蹴り脚を降ろすのと連動させて繰り出された唐竹割りも斜に構えた木刀で受け止める。
なし崩し的な鍔迫り合いの状態より、猶もアイリが押し込んできた木剣の刃を左脇の外側へ流してから、仕返しの蹴撃を左太股へ叩き込んでやった。
「ッ、足癖の悪い!」
「いや、お互い様では……」
無表情なれども性格は熱血型だと認識を改めた少女に罵られつつ、華奢な左肩を狙って斜め上向きの刺突を放つ。
素直と言うべきか、避けるため一歩退いて上体を逸らした隙に乗じ、木刀を肩へ担ぐように引き戻して踏み入り、間断なく縦に斬り落とした。
「くうッ、君… 本当にFランク適合者なの?」
「残念、だけど…ね」
切っ先を下にして翳した木剣により、紙一重で斬撃を凌いだ相手が睨んでくるも、線の細い女の子に押し負けそうになっている事実で察して欲しい。
現化量子を用いた身体強化はフィジカルな部分に色濃く影響されるため、三年掛けて鍛え上げた筋肉のお陰で拮抗しているに過ぎず、元々の膂力に対する補正率は低いと言わざるを得ない。
まともに遣り合えば不利になる事も多いと理解済みなので、円軌道の足取りにてアイリの左側へ廻り続け、八の字型に循環させた太刀筋で途切れる事のない連撃を見舞っていく。
「我流、無限袈裟切り」
「巫山戯ないでください!!」
初見の鈴城教官にも同じ台詞で怒鳴られたが… 手数で封殺する発想は悪くないとご指導頂いて、最速の太刀筋と利き腕の逆側を突く体裁きの併用で完成した剣技故、全くの荒唐無稽な悪手ではない筈だ。
その証左として防戦一辺倒になった銀髪少女が纏わり付かれるのを嫌い、剣戟の間合いより後方跳躍で離脱を試みる。
腰の沈みや大腿四頭筋など、筋肉の撓みに傾注していたおれも呼吸と動きを同調させて独楽の如く廻りながら追い縋り、距離が開く前に遠心力が乗った渾身の巻き打ちを喰らわせた。
「なッ、うぐぅ!?」
反射的に立てられた木剣を押し除け、胸元から脇腹に掛けて真剣なら致命的な損傷を与えるも、審判を務める第三孤児院の教導官は有効打と見做さない。
既に退避し始めていた事や、木刀が剣身に当たった事で威力の減衰を考慮したのだろう。
(十分に手応えあり、なんだけどな……)
恐らく内心で同様に考え、愕然としていたアイリはまだ勝負が着いてないのに気付くと、なりふり構わずに特攻を仕掛けてきた。
「うぁああぁ――ッ!!」
「ッ、うおぉ!?」
異能で生じさせた颶風を纏い、身体ごと突っ込んできた相手の斬撃を木刀で受けて踏ん張った刹那、小さな真空の刃が幾つも発生して此方の四肢や脇腹を切り裂く。
本能的な危機意識で飛び退き、追撃も躱して審判を一瞥すれば難しい表情で判断に悩んでおり、自制が利かなくなってきた少女に反則を取る素振りはない。
(これは潮時かな?)
第三孤児院の側に止める意思がなさそうな以上、模擬戦を継続するのはお互いに危険だと結論付け、折れかけの木刀を放り投げて諸手も上げた。
付き添いのエイナ主任は九条博士に猛抗議しているが、自身で決めたことならヴァネット先生は肯定してくれるだろう。
「ご、御免なさい。私、負けたくない一心で……」
「あぁ、気持ちは良く分かるよ、おれも弱い方だからさ」
事後、我に返って気の毒なほど凹んだアイリから何度も謝罪され、全体的に微妙な空気が蔓延する中で本日の演習は終了して、職員や研究者達が後片付けのため慌ただしく奔走する。
ぼんやりと機材の搬入箱に腰掛けて鍛錬場の光景を眺めていると、不意に優しく右肩を叩かれた。
「そろそろ、私達は第七孤児院に還りましょうか。と言いたいのだけど…… 予算を付けてくれるお偉いさんがね」
少し言い淀んだ引率の研究主任が視線を投げる先、見慣れた強面の偉丈夫が軽く片手を挙げ、一定の歩幅を崩さない武人の足運びで近付いてくる。
※燕返し…中条流の一派でもある佐々木小次郎の剣技、本家では虎切と呼ばれる
※無限袈裟切り…デンプシーロールの剣術版、ふざけて見えるので挑発効果あり
|º▿º*) 遅筆ですけど、ボチボチと頑張っていきます
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