伊達に猫さんと鬼娘にボコられている訳ではないのだよ、多分
-新暦23年の冬-
小春日和と言える日差しが降り注ぐ、第三孤児院の鍛錬場に幼さを残すものの、裂帛の気合が響き渡る。
「やぁああッ!!」
大気中の現象量子を繰り、“風纏い” の異能による突風に背を押されながら、地を這うように滑り込んで鋭く切り上げたアイリの斬撃はしかし、驚異的な集中力と反射速度を以って対応したユウの木刀で受け止められる。
その状態から現化能力者としての膂力を絞り、身体ごと押し込んで得物を振り抜くと同時、勢いのままに旋回した少女が半歩詰めた上で袈裟に切り裂く。
されども、同様に撃ち込まれていた相手の剣戟より僅かに遅く、出端を挫かれて無情にも打ち払われた。
「ッ、しま…」
思わず漏らした言葉を言い切る前に、今朝初めて顔を合した先達は右膝を掲げており、狙い澄ました中段廻し蹴りを放ってくる。
咄嗟に木剣の柄から離した左腕でガードを試みたが、股関節の内旋により跳ね上がった蹴り足が防御をすり抜け、無防備な側頭部を強打した。
「うぐぅッ、なんで… こんな……」
「見事な体捌きだけど… 敏捷性はミコト以下で、膂力だとオウカに到底及ばないから、かな?」
飄々とした態度で何処にでもいそうな少年が小首を傾げ、意味の分からない言葉を投げてくる。
「ッ、強靭兵候補が極地化計画の亜人種より劣るというのは傲慢です!」
恩師である九条博士が嘆いていたのを思い出して、アイリは自分でも気付かない内に表情を歪めた。
日頃から感情を抑えている彼女は必要なこと以外話題にせず、優れたコミュニケーション能力がある訳でも無いため、周囲に誤解されがちだが…… 実はかなり情け深い性格をしている。
だからこそ経済的な理由、親の暴力や死別など様々な事情で路上生活を選んだ孤児の仲間達にはシンパシーを持っているし、彼らが目先の餌で大人達に騙されて犯罪に手を染めたり、臓器を抜き取られた挙句に死体となってゴミ捨て場へ転がっていたりしたら涙も零してきた。
(折角、掴んだ機会… 手放すなんてできないッ)
財閥が直営する第一 ~ 第七までの “孤児院” は特別であり、名ばかりの過酷な戦闘職育成機関であっても、五体満足に過程を修めた時点で優秀者扱いを受けられる。
願わくば共に拾い上げられた同胞達が一人の落伍者もなく、財閥お抱えの部隊に配属されるため、第三孤児院に於ける強靭兵計画の有用性を示さなければならない。
(ユズハやトーリ達の対幻獣演習は上手くいったのに私が失敗する訳にいかないッ、皆の為にも!!)
そう思えば思うほど、陽光に輝く銀髪を振り乱すアイリの動きは積極的かつ単調となるが、一途な想いは剣戟を冴え渡らせた。それに呼応したユウも自身のギアを一段階引き上げて、無駄のない流麗な太刀筋で連撃を捌いていく。
なお、闘争から縁遠い素人の九条博士は状況を理解できておらず、満足げな様子で彼女の捨て身とも思える我が身など省みない猛攻を見守っていた。
「どうですか、藤堂さん、それに他の皆さんも! まだ身体が出来上がってない年齢であれだけの運動量を出せるのであれば、強靭兵は一般的な現化能力者らを凌駕する存在になりますよ!!」
「と、言われてもな……」
同意を示した幾人かの財閥関係者らと異なり、現場指揮官から叩き上げで軍事部門の役職に就いたオウカの父親は頭を掻き、返す言葉に窮する。
当該計画を推進する立場から、やや贔屓目に見たところでヴァネット博士の教え子が優勢なのは変わらず、果敢に打ち込む少女の能力値が一定の水準に達していても素直には頷けない。
(やはり娘が気に入っているだけの事はある。可憐な華に纏わりつく虫の類だという認識は改めておこう)
親馬鹿を拗らせた強面の御仁が得心して、ある種の仮想敵と位置付けていた葦原ユウの評価を上方修正した。
惜しむらくは彼を支えているのが弛まぬ修練で身に着けた普遍的な技量であり、移植された人型幻想種の細胞に係る成果ではない事だろう。
「特筆すべきものが無いのに欠点も無いから、つけ込む隙は生まれ難い」
はっきり言って非常に面倒な性質を持っており、それは薫陶を授けたヴァネット博士に通ずるものがあった。
衰えなど知らない長命亜人種は頭脳に膨大な知識を詰め込み、いつから続いているのか不明な人生で得た経験側に基づき、常に最善では無くとも最良の判断を下す。
その教え子に奢りや謙りは無く、負傷しながらも闘争の中で己の限界を一つ突破した少女に対して、急速な成長も想定の範疇だとばかりに凄まじい速度の斬撃を繰り出している。
薄っすらとした笑みを浮かべているあたり、さらに高みを魅せてくれという意志さえ感じてしまう。
(理を極めようとする剣技が既に異能の領域、と言えなくもない)
藤堂の見詰める先では一度距離を取り、“風纏い” の異能による複雑な立体軌道で相手の直上を飛び越えたアイリが縦に半回転し、死角より後頭部の延髄目掛けた斬撃を放つが……
変則的な動きに惑わされず、どうせ背後を取るんだろうと看破したユウは右肩越しに木刀を廻し、峰側を左肩甲骨へ添えて斜に固定した刀身で不動のまま凌いだ。
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