貴方の為すべきを成しなさい
非才の身なので余計な自尊心やエゴを優先する事なく、荒廃した世界で生きていく為とは謂え、いつ野垂れ死にするか分からない過酷な道を選んだ同胞達へ配慮したのだけど……
少々気だるげに執務机へ頬杖など突いていたヴァネット先生がすくっと姿勢を糺し、上機嫌なにこにこ顔で “ちょっと傍に来なさい” とおれに手招きする。
これまでの経験上、彼女は苛立つほどに自身の感情を抑え、笑顔の仮面を被って隠してしまう傾向があるため、正直なところ近寄るのは御免被りたい。
然れども孤児院に引き取られた際、オウカが持つ鬼人の変性因子を移植する手術の失敗に備え、何があっても揉み消せるように養子縁組まで済ませている手前、ここは義理の母に従っておいた。
緩りと伸ばされた色素の薄い繊細な手が片頬に優しく触れて… ぐにゅっと問答無用に頬肉を摘ままれる。
「にゃにをするんでふか、しぇんせい」
「ふふっ、ユウがくだらないこと言って幻滅させるからですよ♪ 自分を卑下して相手に華を持たせるような愚か者、私が求めているとでも?」
縦横に引っ張る力はエルフ科亜人種らしく弱めで、客観的に見れば “じゃれている” だけに過ぎない光景だが、妄執を孕んだ翡翠色の瞳が射抜くように見詰めてきた。
「貴方の可能性を、生き様を私に見せてください。無駄に長く存命しているとね、すべてが似たような事の連続で既知ばかり、極端に刺激や娯楽が少なくなるのです」
徐に告げられた言葉にはヴァネット先生の本音が色濃く含まれており、いつも嘯いている人間賛美な思想とも矛盾していない。
根底にはあるのは彼女の個人的な趣味趣向であって、その為には手段や労力の一切を厭わず、極致化計画に関わる四人の子供達へ掛け値なしの愛情と期待を注いでいた。
多分、疑似的に母親を経験するとか、特定少数の人々と密接に関わり合うことで得られる何かしらを求めているのだろうが、拗れて歪んでいても嘘偽りのない愛情には違いない。
ならば応えるのが筋であろうと判断して、こちらの瞳を興味深そうに覗き込む彼女へ首肯した。
「分かりました、好きにやらせて貰います」
「えぇ、小さく纏まらず、貴方の為すべきを成しなさい」
花が綻ぶような満面の笑みで送り出されて踵を返し、密かに苦笑交じりの溜息を吐いてから退出する。
その同時刻、第三孤児院の執務室でも、丸眼鏡をかけた三十前半くらいの科学者と表情に乏しい教え子が対面でソファーへ腰掛け、近々行われる合同演習について話を進めていた。
物静かな様子で折に触れてコクリと頷き、銀糸の髪を揺らすのは強靭兵計画に際して集められた孤児達の首席に至った少女である。
どうやって財閥側が入手したのか不明だが、彼女は37体の神獣に数えられる翼幅50m以上の大鷲フレスベルグの因子を持つと宣う、世界的に著名な亜人の探索者シャノン・マリアハートから提供された細胞を移植されていた。
元々が継代細胞だったので培養に向かず、厳しい条件下での手術に唯一成功した被験者と視線を合わせ、自身の考えを他人に伝えるのが苦手な九条博士が落ち着かない態度で語り掛ける。
「アイリ君や皆には本当に感謝している… 候補生として素晴らしい実績を出してくれているお陰で、何とか合同演習まで漕ぎつける事ができたよ」
「いえ、先生は私達に温かい御飯と寝床を用意してくれましたから」
「それが、君達に取って公平な対価になっていれば良いんだけどね」
不慣れながらも孤児院で教育者の真似事など重ねてきた彼は顔を曇らせ、後三年もすれば子供達を幻獣狩りに送り出さなければならない事実を改めて認識した。
それでも人類の未来を憂う科学者の一人故、歩みを止める事はできないため、やや感情の起伏と口数が少ない相手に言葉を重ねていく。
「肉体的な変容を抑えながら、幻獣因子を移植する方法には素晴らしい可能性がある。なのに先駆者のヴァネット博士は強靭兵を極致化計画の一端としか考えてない。いや、彼女自身は素晴らしい科学者なんだが……」
緩衝となる物言いを挟んで、通常の現化量子適応者とは一線を画した存在を目指す計画に疑義など唱え、両計画の統括者である藤堂氏と同じく均整の取れた組織的な集団こそが肝要なのだと断言すれば、段々と熱が入っていた恩師に銀髪の少女が同意を示す。
「盤上を俯瞰して見た場合… ある程度の安全性を維持して、幻獣を駆逐するには “遣い手の質以上に数が重要” であると私も思います」
「そうだね、奴らと戦って手傷を負わせられる人員の増強が急務だ。常に局所的優位性を担保できるようになったら、苛烈な戦闘で命を無くす者達も低減できる」
勿論、研究を評価されたいという承認欲求や、得られた名声に付随する富など俗物的な欲求はあれども、生命の大切さを重んじる九条博士の本質は善なのだろう。
人の数だけ様々な思惑があって緩やかに絡み合い、合同演習と銘打たれた模擬戦の日程が順当に組まれて、各関係者を集めた第三孤児院で密かに執り行われる。
|º▿º*) 遅筆ですけど、ボチボチと頑張っていきます
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