猫さんはポフられるだけに非ず、実はポフるのも好き
「ふむ、直接会うのは三年半振りだな」
「その節はお世話になりました」
「息災だったか?」
「えぇ、市街地で大猿の幻獣相手に立ち廻るくらいには……」
行政を担う財閥の庁舎か並ぶ一角、公安局の一室で木崎さんと言葉を交わす。彼の制服に付けられた階級章は記憶と異なり、どうやら二尉に昇進しているようだ。
中核都市 “芙蓉” の人口から推定される治安部隊員の数が800名前後と想定した場合、二~三個小隊を指揮する中隊長格は組織上の要職に思える。
「良いんですか、こんな場所で油を売っていても?」
「藤堂氏の御令嬢を局長室まで案内した折、聞き覚えのある名前が出てきたんでな、一応は顔を見ておこうと出向いた次第だ」
気だるげに煙草をふかしながら釈明するもののパイプ椅子の背に凭れ、砕けた態度で接してくるあたり、休憩がてら立ち寄ったようにしか見えない。
指摘しても生産性が無いため一緒に連れて来られたオウカについて確認すれば、応接室で紅茶など嗜みつつも父親の知己である治安局長と軽い雑談を済ませ、早々に第七孤児院へ帰ったそうだ。
「で、おれが根掘り葉掘り聴取された訳ですか… 理不尽です」
「いや、当然だと思うぞ、根回しなく財閥幹部の身内を長時間拘束するのは難しい。それに繊細な事案だからな」
口端を釣り上げ、この現状は自明だと言い切った木崎さんが一瞬だけ思案して、“少し調べたら直ぐに分かる話か” と呟きを漏らす。
「お前達が遭遇したのを含めて同時に四件、亜人の子供が幻獣化した」
「…… 何やら、不穏なものを感じますね」
仮に変性因子の覚醒を促した者達が介在するなら、街中で年端もいかない亜人を異形の怪物に仕立て、暴発させた意図の推察は難しくない。
比較的に安全と認識されている中層区画で多数の死傷者を出し、幻獣に連なる亜人種の危険性を世間に知らしめたいのだろう。
最近読んだ排斥主義に纏わる著書の影響もあってネガティブな思考だが、木崎さんの認識も似たり寄ったりで根本的な違いはない。
「大猿や此方で始末した幻獣の解剖をヴァネット博士に頼むかもしれない、そう伝えておいてくれ」
「あの穏やかな性格で因子研究の先駆者とか、謎です」
「ははっ、気を付けておけよ、あれは普通に狂気の科学者だぞ」
呵々と笑い、軽く手を振りながら去っていく木崎さんの言葉は一理あり、先生の手掛けている極致化計画の訓練は過酷だし、強靭兵計画に至っては明らかな人体実験を執り行っている。
一応、財閥は研究を認めているし、統括部局の責任者にオウカの親父さんも付けているが、客観的に見れば非人道的と批難される類の話だ。
(おれは兎も角、他の因子移植者らはどうなんだろう?)
先生が第七孤児院に引き籠っているため、被験者第一号の “葦原ユウ” に関する各種資料や研究成果が送られた第三孤児院では、施設長に就任した九条博士という人物が実験の主導者だと聞き及ぶ。
その人物的な資質に左右される事も含めて、様々な経緯で幻獣由来の因子を体内に受け入れた者達は大変だと思いつつ、再開された事情聴取に今暫く応じた。
後日判明した結論から言えば…… あの日、中層区画で暴れた幻獣4匹の全てに違法薬物の反応が見られ、“亜人の子供が幻獣化した” という数多の目撃者証言も併せて、何者かによって変性因子の覚醒が引き起こされたらしい。
“具体的な犯行目的は不明であり、関与の疑われる亜人排斥を掲げた各種団体への捜査が行われています。また、一部では亜人の出生時に生体素子を埋め込んで管理下に……”
雑音交じりの短波ラジオで発表された報道に先んじて、件の幻獣を検死解剖した先生に顛末を聞かされていても、不愉快な話題に変わりはない。
だからと言って耳を閉ざす事は良しとせず、ラウンジのテーブルに頬杖を突いた御令嬢が少しだけ憂鬱な表情を浮かべる。
「私にとって、亜人になれたのは天祐なのだけど……」
「ん… オウカは、後天性だった?」
ぬるい温度に調整された猫さん仕様のホットミルクを両手で持ち、先天的な亜人種のミコトが小首を傾げると、自嘲気味に口端を釣り上げた鬼娘が笑う。
「極度の虚弱体質でいつもベッドの上、走ることすら出来なかったの、角が生えてくるまではね。その翌々日くらいから世界が変わったわ」
何故かまともに動く肺が新鮮な空気を取り込み、慢性的に感じていた倦怠感など何処へやら、試しに病院の廊下を全力疾走すれば人外の域に達していたとの事だ。
そんな彼女の主観に於いて、機能し始めた変性因子が引き起こす亜人化は祝福であり、人類の新たな可能性を示唆している。
「母様は理解してくれなかったけど……」
財閥創始者の血族である故、出自や血筋に強い拘りを持つオウカの母親は亜人排斥主義に共感していた節もあり、離縁状を置いて実家に帰ってしまったという。
寂しげな表情を覗かせた鬼娘に寄り添い、母親の件に関しては似たような境遇の猫さんがおれやソウジの機先を制し、薄桜色の髪を撫でつけて頭をポフった。
まぁ、書き手の趣味ですけど王道でいきますよ(≧▽≦)
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