半裸の御令嬢とドレスの秘密
堰を切ったように目撃者らの悲鳴が市街へ響き、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとするも… 巨躯に似合わない速度で動き出した大猿が太い獣腕を振るって、背を向けた男性の延髄を砕く。
「がッ、う…うぁ……」
「いゃああッ、ぐぎゃあぁあ!?」
叫んで固まった連れ合いの女性も大顎で左上半身を噛み砕かれる最中、おれはオウカのドレスの裾を引き、ずんぐりとした大猿型の幻獣が入れない細い路地への避難を促す。
触らぬ神に祟りなしだが、財閥幹部を父親に持つ彼女は体制側の人間であり、高貴なる者の責務とやらを叩き込まれている故か、逃げ隠れるのを是とはしない。
「ヴァナラの類なら、仕留めたこともある」
「それは訓練の話だろうに……」
殺る気を出した御令嬢は止める暇もなく、身に纏った帽子とドレスをパージして紅い下着だけの姿となり、真白い艶やかな素肌を外気に晒した。
悲しいかな、ブラに包まれた女性らしい膨らみへ視線がいくものの、石畳を打ちつけた重量級の音で正気に戻る。
「…… マヂかよ」
「ふふっ、鈍器にもなるのよ、これ」
不敵な笑みを見せた鬼娘のオウカが片手にするドレスは鉛が仕込まれているようで、先程の残響から判断して30~40㎏くらいはあると思しい。
自らを戒める楔を解き放った鬼娘が前傾姿勢になるや否や、疾風の如き速度で十数mほどの距離を駆け出したのに続きながら、溜息混じりにズボンのポケットへ右手を添えた。
構造的にペンと同じ平面クリップで縁に止めてある Micro Knives 社製フォールディングナイフを取り外し、グリップ上部のスライダーを親指で押せば折り畳まれていた無骨な刃が飛び出す。
とは謂えども、所詮は護身用のナイフなので幻獣に通じないため、現化拡張を施して刃渡り50㎝前後のグルカナイフに再構成させていく。
そんな事をしている間にもオウカは接敵を済ませており、勢い任せで振り抜いたドレスと言う名の鈍器を大猿へ横殴りに叩き付けていた。
「ギィイッ!?」
重い打突によろけた相手は衝撃を受け流すようにくるりと旋回して、即座に反撃のバックハンドブローを放つ。
ずんぐりした筋骨隆々な2m越えの巨躯から、想像できないほど軽快に繰り出された剛拳に応じて、下着姿の御令嬢が鉛仕込みのドレスを盾代わりに翳すも… 激しい打突音が鳴り響き、人外の膂力に抗えず派手に弾き飛ばされてきた。
「うぐッ、痛いわね!」
若干、キレ気味に怒鳴る彼女の脇をすり抜けた直後、大猿と目が合って追撃のため高く振りかぶられていた剛腕の矛先が変わり、距離を詰めるこちらへ向いた。
「ッ!?」
「ウギィィイイ!」
倒れ込む勢いで打ち込まれた渾身の拳撃を紙一重の跳躍で躱して、石畳が砕ける音を聞きながら伸び切った太い腕を踏み付け、さらには横方向の捻りを加えて背後へ飛び込む。
空中で半回転する事により身体の前後を入れ替え、着地の間際に両脚を開いて左掌を地面へ突けば… 振り向きざまに一歩踏み出して、遠心力の乗った裏拳を喰らわせようとする大猿の姿が視界に入った。
「それはさっき見たからな……」
先んじてオウカに当てた攻撃より、既に円軌道の動きを予測して低い体勢となっているので、風切り音を鳴らした獣腕は虚しく頭上を通過するのみ。
大振りした隙を逃すはずも無く、立ち上がると同時にグルカナイフを体毛に覆われた腹部へ突き刺して捩じり、横薙ぎにして傷口を広げてやる。
「ギィアアァアッ!!」
悲鳴を上げた大猿が暴れ出す寸前にヒット&アウェイで飛び退り、元々が幼い亜人だったのを知っているのもあって、油断すると湧いてしまう罪悪感を噛み砕いた。
サル科幻獣の変性因子が覚醒した理由は分からないが、人の容姿と理性を失った亜人が元に戻ることは無い。
(もう二人殺して、一人喰っている… 仕方ないだろう!)
誰にともなく弁明をして、腹部から血を流したまま飛び掛かってきた大猿の爪撃をバックステップで躱す。
まともに受け止めるのは膂力差もあって賢明ではない事から、こちらの攻撃は獣腕を浅く切り刻む程度に留め、回避に専念させて貰うことにした。
何せ、おれは単独で交戦している訳でもないため、標的の注意を釘付けにできたなら上々だ。
(隙さえつくれば… オウカなら、きっと何とかしてくれる!!)
などと他力本願な思考をしつつ、連続して放たれる猛攻を凌いでいたら、重くて鈍い破砕音が大猿の背中から響く。
耳をつんざくような長い絶叫の後、鬼娘の鈍器で胸骨と腰骨の境目あたりを折られたのか、対峙している相手がぐらりと前に倒れてきた。
それに巻き込まれないように後退し、路上へ崩れていく巨躯越しに半裸の鬼娘を見遣る。どこか陰りを帯びた表情からは多少の躊躇いが感じられた。
「この状態からでも時間が経てば快復するでしょうけど…… 」
「生かしておいても、治安部隊に回収されてモルモット扱いだね」
「………… 仕留めるわ、御免なさい」
何なら彼女の手を汚させずに始末するつもりが出遅れてしまい、大猿の延髄目掛けて重量級のドレスを握り締めた右拳が打ち込まれる。
断末魔の声と共に命の灯火が搔き消え、寒いと呟いた御令嬢がドレスを着直して数分…… 現化量子の適応者二名を含む、財閥の治安部隊に属する傭兵らが漸く駆け付けてきた。
>オウカなら、きっと何とかしてくれる!!
書いてて何となく、スラム〇ンクを思い出しました(笑)
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