御令嬢は遅ればせながらの反抗期?
何やら買い物に付き合う羽目になったようで、反り返って椅子の背凭れに身体を預けたソウジは億劫そうに虚空を仰ぐも、こちらにとっては他人事に過ぎない。
然して気にも留めず、この時は仲間内での談笑に花を咲かせたのだが…… それから暫く経った週末、施設別館のラウンジで読書していたおれはオウカに拉致され、何故か中層区画の商業地へ連れ出されていた。
「賭けに負けた覚えもなければ、約束した覚えもないんだけど?」
若干の不満を乗せて、細めたジト目を向ければ相応に自覚があるのか、彼女は一瞬だけ表情を曇らせて経緯を語り出す。
「仕方ないでしょう、軽々にヴァネット先生の頼みを断らせるなんてできない」
「ソウジの都合が悪いなら、先延ばしにしても……」
「私にとって喫緊の問題に関わるのよ、見なさい」
雑多な街角で立ち止まったオウカが周囲を見渡すと、視線の交わった数名が気まずそうに顔を逸らしてしまう。
幾ら普段着に使えそうなカジュアルさがあるとは謂え、ドレス姿に角隠しの帽子まで被った御令嬢は矢鱈と衆目を集めていた。
「つまり、一般的な服が買いたいと?」
「えぇ、お父様には悪いけど、そろそろ耐えられないわ」
薄桜色の髪を掻き揚げながら溜息して、手持ちの衣服がフォーマルな礼装の類しか無い窮状を嘆く。例え、出掛ける頻度の高い上層区画の街並みが小洒落ていても、やはり彼女が歩いていると浮くのは避けられず、それが中層区画であるなら言うまでもない。
寧ろ、おれも肩を並べて歩くのは気が引けていたので、この機に普通の少女達が好むような衣服を購入する腹積もりなら大歓迎だ。
「…… と思っていた時期が、おれにもありました」
目星を付けていたらしき女性向け服飾店の前で立ち止まり、入口に向かうオウカを見送ろうとしたら、外で待つことは許されず手を掴まれて現在に至る。
一見すると華奢な身体の何処に過剰な膂力があるのか、強壮な人型幻獣たる鬼人の性質を持つ彼女に抗うすべは無い。
(おかしい、細胞移植で同じ因子を分けて貰ったはずなのに……)
どうにも落ち着かいない雰囲気の店内で首を捻っていたところ、試着室に籠っていたオウカが群青色のカーテン少し開き、ちらりと新鮮な姿を見せた。
慣れない服装に照れつつも、ややタイトな黒のパーカーに丈の短いスカートを着こなし、白くて健康的な脚を露わにしている。
「動きやすさを重視してみたけど…… どうかしら?」
「あぁ、良いんじゃないか。それならフードで小角が隠せるし、何なら帽子を被っても違和感がない」
ざっと上から下まで視線を送り、忌憚のない意見を述べれば、我が意を得たりと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ、私もそう考えてこれを選んだの、やっぱり正解だったようね。でも、帽子はコーディネート的にありなの?」
片手でフードの端っこを摘まみ、可愛らしく小首を傾げて問い掛けてくる。
不覚にも心拍数が跳ね上がったのを誤魔化すため、怪しまれない程度に視線を脇へずらし、襤褸が出ないように自然な態度を装った。
「フードはそのままに帽子だけ被った人を街中で見掛けた事があるし、大丈夫だと思う」
“元々が綺麗だから” と内心で付け足せば、額の小角に軽く触れたオウカが逡巡しつつ、帽子も買うべきかと悩み始める。
その分だけ拘束時間が伸びて、居心地が良いとは言えない女性向け服飾店に留まる状況が続くため、自滅した気がしないでもない。
案の定、帽子選びにも同伴させられたものの…… 彼女のお眼鏡に叶う物は見つからず、試着した衣服の購入を済ませてから別の専門店へ向かう流れとなった。
結局は悩んだ末にシンプルな鍔つき帽を選び、一通りの買物を終えた後はカフェで一休みしてから、第七孤児院への帰路に就く。
「ん~、さっきのお店、不味くは無いんだけどさ… 特段に美味しくもなかった。先生やミコトへのお土産、買い損ねたわ」
「何気に毎日食べている遠坂さんの料理が上手いんだろうな」
「それは否定できないわね……」
小さく頷いたオウカと一緒に進む先、外縁区画へ続く路地から、不意に獣耳を持った亜人の子供がふらりと歩み出てきた。
足取りが覚束ず苦しそうに倒れ込んでも、周囲の人々は一瞥するだけで、気に留めずに通り過ぎていく。
「はぁっ、薄情なものね……」
同胞意識が強く、財閥幹部の娘として “ノブレス・オブリージュ” の思想を持つ御令嬢が溜息を吐き、声を掛けようと一歩踏み込めば断末魔のような悲鳴が響き渡った。
「ひぎッ、う、うぁあァアアァアァア――ッ」
「ッ、これは……」
思わず絶句する中で、蹲っていた子供の身体がボキボキと音を立てて膨れ上がり、急激な細胞分裂の果の果てに体高2mを越え、四肢や身体の各所に甲殻を持つ大猿型の幻獣となり果てる。
それは一瞬かつ非現実的な出来事であり、唖然としていた近くの女性目掛け、素早く振り抜かれた獣腕が直撃してしまう。
「ッ、ぐぎぃッ!?」
奇声を上げた犠牲者は凄まじい速度で建物の壁面へ叩き付けられ、真っ赤な血飛沫の花を咲かせて事切れた。
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